4-21 ぜんざい

「思っていたより、りるちゃんて体力あるのね……」


 と、うどん屋に着いてから夜野さんが言った。

 夜野さんはちょっと息を切らしていたけれど、当のりるちゃんは子供なのにここまで息も切らさずに来ていた上に、店のドアを開けるなり待ちきれないとばかりに開いている席に突進していた。


「りるちゃん、体すっごい細いけれど、毎日私と同じぐらいご飯食べるからね。多分どこかに貯めてあるのよ。羨ましい話だけれどね」


 そう言いながら私もうどん屋ののれんをくぐる。


「いらっしゃい、稲月さん。今日来るって聞いていたから、待っていたわよ」


 店に入るなり、待ち構えていたかのように調理場のカウンターの中から声が掛かった。


「あ、おばさま。いつもいつもうどん奢って頂いてありがとうございます」


 と、頭を下げる私。


「いいのよ! そんなにかしこまらなくても! 折角の読子の友達なんだし、気にしないで食べていって。稲月さんならいつ来てもいいのよ」


 夜野さんのお母さんは相変わらず威勢のいい声で私に返し、それを夜野さんが咎める。


「お母さん! 折角の友達って余計!」


 それは、いつも通りの夜野さんと夜野さんのお母さんのやり取りだった。

 二人の視線がチラチラとすれ違い、明らかにいつもとは何か違う事をやりとりしている、なんてことに気付かなければ。

 なんだか最近少しだけ目ざとくなった気がする。いや、その前にもう何回か来てるせいでやり取りがわかったのが原因かな?


 そんな事を思った私は、コートを掛けて席に着いたところで、すぐに小声で夜野さんに問い質した。


「夜野さん、来る事以外に何かおばさまにいった?」


 ピクッと体が震える夜野さん。


「何か言ったのね?」


 夜野さんが口を割るのは早かった。

 今日来るという話から始まって、色々と最近の話をしているうちに、私の家に何が起きたかと言う話までしてしまったらしい。


 頭をちょっと押さえる私。

 別に夜野さんのお母さんなら問題ないんだろうけれど、こうやって情報って漏れるんだなって別の事を考えてみたりもする。


「ううん、夜野さんなら別にいいんだけれど。あんまり広めないようにしてね」


 私が夜野さんに刺せる釘はこのぐらいだった。


「ごめんね、稲月さん」


 珍しくしょんぼりして小さくなっている夜野さん。

 過ぎた事だし特に気にすることも無いよと、すぐに謝罪を受け入れた所で、私達はおやつタイムにすることになった。

 というか、時間もまだ三時過ぎだし、うどんタイムには早すぎるって事で。


「多分このぐらいに帰ってくるって読子が言ってたからね。甘いものも用意しておいたのよ」


 夜野さんと帰りの時間の話なんて何も言ってなかったけれど、そこまで計算していたんだ。

 なんて思っている間に、夜野さんのお母さんはお盆に塗りの黒い椀を三つ載せて持ってくる。

 中身は、黒と白の対比が綺麗な白玉団子の入ったぜんざいだった。


「冬限定の甘味よ。夜はうどんも食べるでしょうから、ほどほどに食べてね」


 そう言うなり、お茶と木彫りのスプーンを一緒に出してから、スッと夜野さんのお母さんはカウンターの中に引っ込んでしまった。


 ……毎度の事に近いけれど、用意周到な二人の好意を押し返す事は私にはできなかった。


「いいの? って聞くより、すみません、いただきますだよね、これ」

「そうよ。でも、甘いものは別腹って事で、本命用の腹は用意しておいてね」


 夜野さんに一応確認してから、覚悟を決めた私は甘いものに取り掛かる。


 その前に、先に手を付けたりるちゃんが叫んでいた。


「甘い! 美味しい!」


 フーフーと少しずつ取って冷ましながら、それでも早く食べたいとばかりにりるちゃんはスプーンを口に運ぶ。


「うん、美味しいね。あんが甘すぎなくていい感じ」


 遅れて食べた私もそれに同意する。

 実際、あんこの甘さが程よく、白玉も表面はつるっとしてるけれど中はもちもちで美味しかった。


 りるちゃんほどではないけれど、夢中になって半分以上食べ尽くしたところでハッと我に返る。


 ああ、そういえば、とふぅと大きく一呼吸をする。


 今更ながらに私は肩の力を抜いた。

 うん、龍神教のイベントから何事も無く帰って来れた。

 その事を改めて実感していた。


「うん、おいしい」


 と、もう一度口にする。

 無意識にでも気づくまでは気を張っていたみたいで、いざこう言って肩の力を抜いてから食べる一口は、さっきよりも格段に美味しい気がした。


 そして、ちょっと呆けた状態で残りのぜんざいを見つめていたら、私は夜野さんが私を覗き見ている事に気付いた。


「おいしい?」


 私の心の変化を表情から読み取ったのか、綺麗な笑みを浮かべて聞いてくる夜野さん。


「うん、美味しいよこれ」


 そう言ったものの、私は恥ずかしくてちょっと顔をそむけてしまった。

 何と言うか、夜野さんはたまに妙に艶やかと言うか、綺麗すぎる笑顔を向けてきて恥ずかしくなる。


 そんな私の心中を読んだのかどうかはわからないけれど、夜野さんはこんな事を言った。


「気にしないでいいのよ。今日は気を張っていたのは私も同じだから。

 先生への連絡は私の方からするから、稲月さんは稲月さんの方で関係する人に連絡して?

 今日はそれ以上考えないでゆっくりしましょ?」


 そして、身を乗り出して私の耳元に顔を寄せ、他の人に聞かれないようにこう続けた。


「無事に帰ってこれたんだから、それだけで十分な今日の成果よ」


 椅子に座り直したところで夜野さんの顔をしっかりと見た私は、安堵の感情だけを顔に乗せて、「うん」とだけ答えたのでした。

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