4-14 龍神教へ行こう

「ねぇ、お祭りって何?」


 道すがらそう聞いてくるりるちゃんに私達は説明する。


「色んな食べ物があったり、金魚のすくいとか、型抜きとか射的とか、遊ぶところもあるよ」

「型抜きとか、それだけでわかるかしら?」

「あ、わからないか。先のとがった道具を作って、お菓子を切って形を作るのよ」


 説明を聞いて小首をかしげるりるちゃん。


「へー? それって面白い?」

「うん、ちゃんとできたらね」

「じゃありる、やってみたい!」


 なんて、今はこうやって普通の話をしているけれど、実はついさっきまで夜野さんと私はゴタゴタしていた。

 切っ掛けは、私の着替えを貸すためにホテルに戻った時に、私の予備の制服を着た夜野さんが言った何気ない一言だった。


「ん、この制服、上着の方ちょっと小さいかしら?」


 私と夜野さんは背丈的には対して差はない。太さ細さも大して変わりはない。ちゃんとフィットするはず。

 そう思って貸したのだけれど、一つだけ大きな違いがあった。


 何を隠そう、隠す事の出来ないそれは、胸の大きさだった。


 胸部の大きさは色々と隠しきれるものではなく、向こうは向こうで太っていると勘違いして気にしていたし、私は私で胸が無い事を気にしていて、お互いの誤解が解けた後、今度はものすごく気まずい空気になってしまったのだった。


 そんなこんなをやっているうちに予定は大きくずれて、目的の龍神教の施設に着くころには11時を超えたあたりになっていた。


「ねぇ、ななえ? ほんとに今日は勉強しなくて良かったの?」


 私の方を向いてりるちゃんが訊ねる。


「うん、大丈夫よ。勉強は他の日でもできるし、せっかくお祭りがあるんだから三人で楽しみましょ?」


「うーん。うん」


 珍しくりるちゃんにしては歯切れの悪いうんを返す。


「大丈夫よ、りるちゃん。私が責任を持って稲月さんの面倒は見ますから」


 それに対して夜野さんが、その言い方どうなの? ってツッコミを入れたくなるようなフォローを入れていた。

 二人の会話を聞いて苦笑いを堪える私。

 そして、何故かりるちゃんは夜野さんに食って掛かる。


「ううん、ななえはね、りるが守るの!」


 いや、あの、守るって……


 お父さんが死んだと聞かされたあとで、泣いている私にりるちゃんが言った私を守るって話 。

 多分そこの繋がりだと思うけれど、りるちゃんの心の中でその話はどれだけ大きく残っているのだろう?


 そして、それを何度も友達に公言されるダメ姉の気持ちはどうすればいいんだろう?


 色々投げ出したい気分を表に出さないようにしながら、ひきつった笑顔のままいる私をよそに、夜野さんは事も無げにこういった。


「ええ、じゃあこうしましょう? りるちゃんは奈苗さんを守る人。私は勉強を教える人。それならいいでしょう?」


 それを聞いたりるちゃんは、ちょっと考える仕草をした後ですぐにこう言った。


「うん! ななえは泣き虫だからりるが守る! 勉強はうどんのおねぇちゃんが教える!」


 そして二人はにっこりと握手をしていた。 


 私、もうなんか逃げていいかな今日…… 


”いいわけないでしょ”


 そうイナンナ様に言われずとも、気分的には完全に八方塞がりの状態だった。


(いいわけないのはわかってますけどね……)



* * * * * * * * * *



 どうにもこうにも、その後はりるちゃんと夜野さんの話は私の事を中心にして盛り上がっていて、目的地の龍神教の施設に来る頃には一人だけやられてぐったりしてしまっていた。


 目的地が近づくにつれ、向かう人の数が増えていく。そこには徒歩だけではなく、バスや車で来る人や、箒で来る人まで様々。


「結構みんな興味あるみたいだね」

「怪しさより、物珍しさなのかしらね?」


 と、二人で呟く。


”……虎の穴に入るようなモノなのに、良くもまぁ危機感のない輩が多い事”


 それに被せて入るイナンナ様の警告じみた一言。


 周りには老若男女、ベビーカーを押す親子連れまでいる始末だった。


(虎の穴ってどういうことですか?)


”魔力を感じてみれば……いや、その前にそこに入ればすぐにわかるわ”


 理由を深く尋ねる前に、私たちは龍神教の施設の正面にある門をくぐる。

 その瞬間。

 表現のし難い嫌な気分が一瞬だけ体を走り抜け、完全に潜り抜けた時点ですぐに消え去る。


(イナンナ様、今のは?)


”探知の結界ね。結界自体には実害はないわ。怪しいものが来たらわかる様に確認するための結界のようだけれど、いくつか記録されてるわね、これ”


(記録?)


”ええ、表向きには普通の危険者対策の結界で通るけれど、この中でちょっとでも魔力使ったら、目をつけられて後で送り狼でも送られるかもしれないってことよ”


 それを聞いた私は足を止めた。

 

 正門から施設までの道には、既に出店の屋台がずらっと並んでいた。

 施設のから駐車場の方に繋がる小道に人が流れているみたいだったから、駐車場の方がお祭りの主会場なんだろう。


 そして振り返って正門の方を確かめる。

 今はまだ正門から10歩と離れていない。


「……どうしたの?」


 と、夜野さんが声を抑えながら聞いてくる。


「ううん」


 ……感じた? ではないと言う事は、夜野さんにはこの結界は作用しなかったのか、それとも気付かなかったのか。


”ここに居る間、緊急時以外は私は手を出さないようにするわ。どこでどう見抜かれるかわかったものじゃないから。

 せいぜいナナエは普通の人間を装って。

 バレなければ、きっと何もないと思うわ”


 イナンナ様の警告を聞き流した後で、私は夜野さんとりるちゃんに話しかける。


「人多いから、迷子になった時の約束しておいた方が良いかなって」


 それに対する二人の反応は反対だった。


「……そうね」

「迷子?」


 私の言った意味を深く解釈しようとしている夜野さんと、迷子と言う言葉の意味自体わかっていなかったりるちゃん。

 私は先にりるちゃんの方に説明を入れる事にした。


「私達と離れて見つからなくなった時の話よ」


 と、屈んでりるちゃんと視線の高さを合わせてから、私は正門を出たあたりを指さす。


「もし、私達と離れて見つからなかったときには、あそこの門の外に出て待っていて? 見つからなかったらすぐにそこに行くから」


 立ち上がってから夜野さんと目を合わせ、互いに頷いて確認をする。


「りる、迷子になんてならないよ?」


 りるちゃんは不思議そうに私にそう言った。

 子供ってそうやって言うけれど、いざと言う時には泣いたりするもんだもんね。

 ちゃんと言い聞かせないと。


「もしなったら、の話。なってからだと困るでしょ?」


「ううん、ななえの匂いわかるから大丈夫だもん!」


 ブッと吹き出した私のつばが、りるちゃんに掛からなかったのだけは幸いでした。

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