4-13 夜野さんの失態
…………目を開くと確かに朝だった。
いつも通りの六時ちょっと前。私の体内時計に狂いはない。
”おはようナナエ”
(おはようございます、イナンナ様)
居場所も間違いなく私が寝たベッドの上だった。
もう既に見慣れた天井と部屋の中。うん、変わらない。
変わりない。そう、何も変わりない。
(私、昨日の夜寝相悪くありませんでした?)
気取られないように、イナンナ様に当たり障りのない事を聞いてみる。
”寝相? 昨日は大人しく寝ていたわよ。思ったよりも疲れていたみたいね”
……この返答だと、どちらかわからない。だから、続けて聞いてみる。
(そうですか。
もう一つついでに聞きたいのですが、イナンナ様って私の体を動かす事が出来るんですか?)
”簡単に出来たらこんな状況になっていないわよ”
と即答で帰ってくる返事に対して、私は何かを察する。
それが何かはっきりとは言えないけれど、いや、考える事さえ出来ないけれど、漠然と何かを察する。
言えない。言える訳が無い。読まれるから、考える事すらできない。
りるちゃんが起きる前に洗面所に行って、念入りに歯を磨く。もったいないと思って使った後捨てずに再利用していた使い捨ての歯ブラシで丁寧に歯を磨いた後、それを捨てた。
歯ブラシとかはどうせ毎日新しくなるんだから使い捨ててもいいんだけれど、どうもいつもの生活的にそれが出来ないんだよね。
と、余計な事を考えて、思い浮かんでいる大事な事を糊塗していく。
考えてはいけない、読まれるから。
ああ、そう言えば。
余計な事で思い出したけれど、今日は服何着ようかな?
日が経つのがすごく遅く感じているけれど、実は今日は事件が起きてから最初の週末だった。
それがどうしたかって言うと、私には制服以外の服が無かった。霧峰さんにお金は貰っていたけれど、買いに行く時間を作っていなかった訳で。
あー、何着ようかと考える前に選択肢ないか。
余計な事ついでに、私は別の事も考えてみる。
制服もあながち悪いわけでは無いかもしれない。
制服なら、今日もし何かがあって、正体を隠さないといけない状態になった時に個人の特定は難しくなるんじゃないかな?
学生だって事と、どこの学校はまではわかるけど、街中とか人の多いところなら他にも制服を着てる人が居たりして、私だとバレなくなるんじゃないかな?
そんな事を考えてみたのだけれど、ホントかなぁ……? とちょっとだけ自分でも疑問だった。
疑問と言えば、もしこれで夜野さんがいつものお嬢様ファッションで来たらどうしよう? って事も。
方やいつもの学制服、方やお嬢様。ああもう勝てないこれ。
はぁ……と息を吐く。
結局の所、私の目の前にあるのは制服だけだった。
いい加減考えるのに飽きた私は、次とばかりにりるちゃんの服とコートを選びにかかる。
どういうことだか、彼女の服だけは潤沢にクローゼットに掛かっていた。
……誰の趣味だろうこれ?
似合いそうな服は多かったけれど、逆に誰が選んだのか気になる物ばかりだった。
多分、霧峰さんの部下の女の人が選んだのであって、彼自身ではないと信じたい。
フリフリでかわいい服を一旦選びかけたが、結局私は暖かそうで動きやすい服を選択した。
かわいいより、何かあった時の事を本当に考えないと。何事も無いようにしないといけないんだけれどね。
何を着せてもりるちゃんは可愛かったし、気に入ってくれているみたいだからよかった。
そして、そんなこんなをやっているうちに、私は今朝の夢の事をすっかりと忘れることが出来たのでした。
* * * * * * * * * *
レストランでいつもの朝バイキングを済ませ、田中さんに友達と遊んで来る旨を告げて、私とりるちゃんはホテルを出る。
九時ちょっと前に辿り着いた駅前には、やっぱりと言うかお嬢様ファッションをした夜野さんが……
居なかった。
かわりに居たのは、ジャージに厚手のウールのコートを着て、せっかくの美貌を隠すようにキャップを被ってマスクをした夜野さんが居た。
……怪しいってそれ。すっごく怪しいよ夜野さん。
視線が合ったけど、私から逸らす。
どう見ても夜野さんの格好のそれは不審者だった。
流石に顔もマスクで隠されていると、いつもの彼女らしさが全く出ていない。
”ナナエの何か悪い所でも移ったのかしらね?”
悪い所って何ですか! と反論したいところだったけれど、そんな事を考える余裕もないぐらい彼女の格好は怪しかった。
「おはよう、稲月さん。さっき目があったと思ったんだけれど、気づかなかった?」
私達の所に来た夜野さんはいつも通りの口調でそう言った。
「お、おはよう」
ちょっと引きながら、ついでにというか、視線を合わせようにしてあたりを見まわす。
変な目で見られてないよね?
幸いにもあまり人は多くなく、気にしている人もいないようだった。
「ちょっと! 稲月さん、朝から何? その態度は?」
と、声を荒げる彼女に、私はしーっと指を立てた。
夜野さんの目の色が瞬時に変わり、私にさらに近づいてから静かに耳打ちをする。
「何? もう何か怪しい事があったの?」
うん。でも、夜野さんはわかっていないよね。
頷きだけした私は彼女と横でぶらぶらしているりるちゃんの手をそっと取って人目に付かない端っこにゆっくりと移動した。
「こんなところでどうしたの?」
と、何も気づいていない夜野さんに私は端的に告げる。
「その恰好、すごく怪しいよ夜野さん。不審者みたい」
マスクと帽子の間から見える目がクッと見開いた後、夜野さんは自分の格好を確認する。
数秒考える様子を見せた後でどんどんと羞恥で赤くなっていく彼女の様子は、私が言うのもなんだけれど、恥ずかしくてあんまり見ていられないものだった。
「こ、これはね、稲月さん? 何かあった時に個人特定されない方が良いかなと思って……」
彼女は私と同じような意見を出してきたものの、珍しくというか、逆に怪しいと言うところまでは考えが回っていないようだった。
「と言う事で、私は制服にしたの。その方が自然でしょ?」
そんな夜野さんに仔細説明をしたところで、彼女は固まっていた。
固まってしまった彼女に逆に私は提案する。
「ねぇ、とりあえず、私の住んでるホテルに行かない? 私のサイズで合えば制服貸してあげるから」
頷きこそしたものの、その後の夜野さんの行動は輪をかけておかしかった。
自分の姿に気付いたのか、人目を気にして隠れながらコソコソと動く彼女は不審者度がさらに上がっていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます