4-9 二人の密談

 追い出されるように霧峰さんの所から部屋に戻った私は、りるちゃんが寝ている事を確認した後でベッドに潜り込みながら一人でずっと考えていた。


”相談には乗るわよ?”


 なんてイナンナ様にも言われたけれど、さっきの霧峰さんとの会話に関して、少しだけ一人で考えた。


 色々とあったけれど、霧峰さんの真意は最後の一言に尽きるのだろう。

 私に危ない事をするな、って彼の意図は良く分かった。


 でも、それともう一つ考えた事もあった。今晩の話、いや、朝の話から全ては、もしかしたら私に釘を刺したいだけの茶番なんじゃないかって。


 起きた出来事自体は本当だろうし、言いたかった真意も本当だろう。でも、どうにも霧峰さん自身の態度は気に入らなかった。

 酒に酔って暴れるなんてらしくなさすぎる。偉い人なのにありえない。


 だからこそ、状況を利用して、自分を偽ってまで、私に動くなと釘を刺したかったのだろうと私は思う。


 周到に使える状況は何でも使う、それでいて私を守ることを優先に考えてくれている。

 そう考えた方が短い付き合いではあるが、霧峰さんのイメージとして合致する。

 それに対して、私自身が反感を感じるところはあるのだけれど。


 そこまで考えた所で、|(人型起動兵器への対策、考えないといけないですね) と私はイナンナ様に話しかけていた。

 霧峰さんには悪いけれど、彼の思惑とは全く正反対に、これが私がすることの一つの目標になってしまった。

 お父さんの仇を討つために。


 そして、一人と一神の会話は深夜まで続く。



* * * * * * * * * *



「おはよう、稲月さん。昨日は大丈夫だった?」

「うん、特に問題なかったよ。今日はちゃんと遅くなることの許可も取れたし、夕飯時に、昨日の人にりるちゃん連れて来てくれる事もお願いできたよ」


 次の日、学校に着いてから開口一番の夜野さんとの会話はこうだった。


 昨日の件のおかげで、今朝は霧峰さんも田中さんも二人とも、私に対する態度が普段と違っていた。片や反省を込めて、もう一方は感謝を込めて。

 正直二人の態度にはむず痒さを覚えたけれど、これを使わない手は無いとばかりに予定をねじ込むことができたのだった。

 夕食はうどん屋さんで取るという話はすんなりと通り、りるちゃんの送迎をお願いする話も二つ返事で田中さんは了承してくれたのでした。


「でも、それだと時間が……」

「それも大丈夫よ。りるちゃんは七時過ぎに連れて来てもらう予定にしているの。学校終わってからでも、十分に話をする時間あるから問題なしよ」


 予定ちゃんとしてる! と言った私に、そんな珍しいものを見たような顔をして見ないで夜野さん。


「うん、それならいいわね」と切り返してくれたものの、内心ちょっとは傷ついたよ……


(私だって傷つくんですよ?イナンナ様?)


”……”


 頭の中で別のツッコミどころに対して水を向けるも、こっちも反応は無かったみたいです。



* * * * * * * * * *



 授業は滞りなく進み、昼になる。

 今日の昼休みは、珍しく普通に食堂で昼食取ることになった。


 と言うか、水代先生が忙しくていつもの部屋を開けてくれなかったからね。

 今日も資料が見れないのは痛手ではあったけれど、仕方ないと割り切るしかなかったわけで。


 食堂での食事中はずっと、私に対して好奇の目が向けられていた。

 表向きにはかん口令は敷かれていたはずなのだけれど、夜野さんから聞かされていた通りに、学校の中には事実とうわさがごちゃ混ぜになった私の話が溢れていたらしい。


 そんな中で、お互いに目配せだけしてあまりしゃべることの出来ない昼の時間を過ごした私は、午後の魔法の実技の授業はいつも通り見学で過ごしていた。


 体育座りのまま、実技室の隅っこで小さくなったまま、いつものように二時限分。

 でも、今日の私はみんなの動きをちゃんと目で追っていた。

 イナンナ様にサポートしてもらって、魔力を感知できる状態をキープしたまま、みんなの魔力の動きを目で追うトレーニングをしていた。


”感覚のコントロールぐらいなら、ちょっとサポートするぐらいで出来そうね”


(そうですね、この視界に慣れれば動きながらでも大丈夫そうです)


 授業中ずっと私の視界には、普段の光景と共にチラチラとした眩しい光が映っていた。

 強さ弱さだけではなく、現実への転換の工程もなんとか目に留めれるように頑張っていた。


 ……なんて頑張っていたものの、結局の所は二時限目の途中で車酔いみたいな気持ち悪さを覚えて止めてしまったのだけれど。


 そんなこんなで、授業も終わり、魔力の光に酔っていた私は、「大丈夫?」と夜野さんに心配されながら帰路に着いていた。

 


* * * * * * * * * *



 三度目の《夜之うどん屋》に着いた時に思ったのは、やっぱり古びた佇まいのうどん屋だなって事だった。

 入り口をくぐると出汁のいい匂いが鼻を衝くが、客はまばらだった。夕飯時にはちょっと早いから当たり前と言ったらそうなのかもしれないけれど。

 夜野さんのお母さんに挨拶をして、そのまま調理場の横にあるドアから生活スペースになっている二階に上がる。


 案内された夜野さんの部屋も全体的に年代を帯びたような様子はあったけれど、内装自体はすごく可愛らしくまとめていた。


「着替えてくるからちょっと待ってて。暖かいお茶も持ってくるね」


 夜野さんはそう言った後、衣装棚から動きやすそうな私服を選んで、部屋を出ていった。


「ああ、この部屋に対して言いたい事はあるだろうけれど、何も言わないで。恥ずかしいから。お母さん以外の人に見せたのも何年振りかわからないぐらいなの」


 出ていく前にそう言うあたり、本人も気にしているのだろう。

 外聞はお嬢様で、実際はひなびたうどん屋の娘で、趣味は完全な少女趣味……私と全然違うなぁ……


”ナナエはがさつで愚直でわかりやすいぐらい一本調子だものね……”


 聞こえない。うん、イナンナ様の声なんて聞こえない。


 着替えて戻って来た夜野さんは、一目見てうどん屋の仕事着だろうという姿だった。

 

「この服好きなのよ。気楽だし」


 とぶっきらぼうに言うが、恥ずかしそうにしているのは隠せていなかった。

 畳んだ制服を部屋の隅に置いた後、その上に載せてあった紙を取る。


「それは置いといて、昨日ね、時間を無駄にしちゃだめだと思ったからちょっと調べてみたの」


 そう言って彼女は、座卓に数枚の紙を広げた。

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