4-10 夜野さんの調査

「何これ?」


「龍神教のパンフレットよ。昨日稲月さんと別れた後で駅前に行ったら配っていたの」


 お祈りするだけで魔法が使えるようになりました。

 神の奇跡! 古傷があっという間に消えた!


 なんて扇情的な文言と写真のパンフレットが数枚。それらは昔先生に見せて貰ったのを思い出す。


「胡散臭さ満点だよね」

「ホント、これを信じる人の気が知れないわ」

「神様だってちゃんと居るんだし、ベール教だけ信じていればいいのに」


 神様はここに居るんだし、とまでは彼女に言えなかった。


 ベール教は大神マルドゥク様を筆頭に色々な神様が属している。そして、それらの神が目に見える形で日々世界に影響を及ぼしている。

 それ故に世界で最大の宗教となっているのだし、ポッと出来た宗教が何か新しい神をあがめた所で、ベール教に属していない神が現れる訳が無いのだからそれは胡散臭い邪教になるのだ。


「稲月さんはホントに敬虔なベール教の人なのね」

「うん、お父さんもそうだったからね」


 そう、だからこそ。無意識に手に力が入る。


「そんな稲月さんにこれを見せるのは気を引けるけれど……」


 私の様子をどうとらえたのか、彼女は少し遠慮がちに新しく別のパンフレットを私に手渡した。


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 2月16日土曜日

 施設建立記念 龍神教祭開催!


 日頃の感謝を地元の方々に還元いたします。

 イベント盛りだくさん!

 食べ物やゲームの出見世は全て100円!


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「イベント……?」

「そう、ちょうど明日なの。行ってみない?」


 それは龍神教主催のお祭りのパンフレットだった。

 午前午後で龍神教のセミナーがある以外は格安の縁日と言った風に見える。会場は駅前からそう遠くない所に新しく出来た龍神教の施設だそうだ。


「お祭りを主に見せているけれど、施設の設立記念の方がメインみたい」

「つまり、これに書いてある会場って……」

「そう、龍神教の新しい施設って事」

「なるほどね」


 用意周到に市内地図を持ち出してきた夜野さん。


「ちょうどここ、再開発があったところの建物と敷地が全て龍神教の場所って事になるわね」


 と、指さしたところのエリアには、数年前に廃業になった工場の名前があった。土地の大きさからしたら、高校の敷地と同じぐらいの広さはあるかと思える。


「結構規模大きそうね」

「そう、だからこそ行く価値があるかなって。

 人が少ないなら逆に心配だけれど、もし沢山人がいるなら危ない事になる事はなさそうじゃない?」


 夜野さんのその言葉を受けて考える。主にイナンナ様に向けて。


(人がたくさんいても信者で洗脳儀式って事……あったりしませんかね?)


”あってもおかしくはないわね。ナナエなら問題はないでしょうけれど”


(物理的な点では夜野さんの言う通りですかね?)


”暴力行為は人が多ければ多いほど可能性は少なくなるわ。とは言え、毒の可能性は低くはないわね。解毒ももちろん出来るけれど。

 それよりも、相手の狙いを考えてみる方が早いんじゃない?”


(龍神教がどうしてそんなイベントを行うかって事ですね)


 人集め? デモンストレーション? 他に何があるだろう?


”罠”


(罠、誰かをハメる……洗脳儀式と大して変わらないですよね)


”まぁ、そうね”


 そこまで考えた所で口に出す。


「夜野さん、そんなに簡単に言うけれど、これ結構危ないと思うよ?」


 と、イナンナ様との会話の中身を掻い摘んで話をする。

 驚きと怪訝さを混ぜた表情を取る夜野さん。


「確かにそうね。

 でも、行くことにも利点もあると思うの。

 敵情視察って言ってしまえばその通りだけれど、龍神教に関わる話が本当かどうかわかるかもしれないじゃない」

「……それで、もし本当なら?」

「私はすぐに先生に連絡ね。稲月さんはその……親族の人に連絡でしょうね」


 そう彼女は言った。


「でも、危険なのは変わらないよね?」

「そう、だからよ。稲月さん」


 ?


”なるほどね”


 とイナンナ様が言う。


”ナナエの周りの人は、よくよくあなたの事を知っているみたいね”


「どういうこと?」


 と、私は両方に尋ねる。


「もし私が止めても、稲月さんなら一人で行くじゃない」


 夜野さんからの返された言葉に、一瞬だけ真顔になった私が居た。


「……うん。確かに、そうかもしれない」


 ぐうの音も出せずにひりだした言葉に、彼女は畳みかける。


「正直ね、隠そうかと思ったの、これ。

 でも、もし稲月さんが自分でこれを見つけていた場合の事を考えたらね、多分一人で行くと思って。

 一人で行かせる可能性があるなら、最初から見せて二人で行った方が危なくないかなって思ったの」


 返す言葉は無かった。


「危ない事は絶対しない、何も問題なさそうだったら普通に出店でも楽しんでくるって事で行ってみない?」


 もし断って一人で行こうとしても、明日は多分拘束されるよね。行くか行かないだと……行くんだろうし。

 危ない事にならなければそもそも問題ないはずだよね。


「わかった。行こうか。でも、危ない事は無しね。何かあったら二人ですぐ逃げる」

「うん」


 結局の所、私は夜野さんの綺麗な笑顔の返しと、周到な計画に負けたのでした。

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