4-4 下校前のひととき

「……開かない」


 ? え?


 いつの間にか着いていた視聴覚準備室の前に立ち、夜野さんはドアを開けようとしていた。


「どうしたの夜野さん?」


 ガチャガチャとドアノブを回すが、鍵が掛かっているようだった。


「鍵掛かってる?」

「うん。いつも大体空いてるのに、先生空けてないのかな?」


 諦めて彼女はノブから手を放し、腕組みを始める。


「職員室に取りに行く?」

「ううん、多分今は職員会議中の時間よ、入れないわ。きっと例の議題だから長引くんじゃない?」


 話が話だけに、会議は長引くだろうしまともに取り合ってくれない可能性は高いよね。


「取に行けもしないか。それなら今日は待つのも厳しいかな」

「そうね、資料を見れないのは痛手だけれど」


 ドアに向かいながら思案を続けている夜野さんは、私の方を振り向きざまにこんな事を言ってきた。


「ねぇ、今日はうちに来ない?」

「え?」

「え? じゃなくて、ちょっと情報の整理をしたいのよ。稲月さんから話を聞きたいのもあるけれど、こんなところで話をしていちゃ不用心じゃない?

 どこまで大きな事なのかは今の所だとわからないけれど、この話をするなら誰にも聞かれない所の方が良いかなって思うの」

「昼休みに見たメモが本当なら、ううん、本当だと信じて行動するって事?」


 その言葉はすんなりと私の口から滑り出る。

 正直な所、まだ具体的に私に何が出来るかと言う想像はついていなかった。

 それでもと考えた所で、私の頭の中で流れる水墨画の様に映ったお父さん達の戦闘が思い起こされる。その光景がまた起こるとしたら、どんなところでも用心するに越したことはないと思ったから。


 頷く夜野さんに向けて私は言葉を続ける。


「学校で話をしたら確かに誰かに聞かれるかもしれない。それがまずいってのはわかるけれど、今度は夜野さんの家の方が心配だよ。

 もし私の家と同じような事が……」


 それ以上私は言葉を続けなかった。

 すでにかなり夜野さんに首を突っ込まれているとはいえ、具体的な所までは多分知らないだろうし、それをわざわざ説明するつもりも無かった。


 結局の所、私は彼女を私の復讐に巻き込みたくないと思っているから。


 どうせ ”もう遅いわよ” なんて、イナンナ様から声が掛かると予測はしていたけれど、先に反応したのは小首をかしげた夜野さんからだった。


「あのね? 稲月さん。

 友達の家にうどん食べに行くぐらいは何ともないと思うのだけれど?」


 思い詰めている私は、全く対照的な素振りをする夜野さんを見て逆になんというか気が急いてしまう。


「いや、あの、夜野さんの家が狙われたらどうするの? 夜野さんにまで私のせいで何かあったら責任持てないわよ!」

「大丈夫よ稲月さん。それに声を抑えてくれるかしら? その方が私は心配だわ」


 口を閉じて廊下を見回す。

 誰もいない。よかった。


「考えて御覧なさい、稲月さん。

 もし何かあるのなら、もうあるはずなのよ。事件が起きてから三日は経っているでしょ?

 危ない事か何かがあるなら既に多少でも兆候はあったはずだし、今あなたがここでこんなことやっているって事は、何事もなかったんでしょ?」


 言われてみれば確かに、何もなかった。

 しかも、私にはボディーガード的な人が全くがついていない。その状態で何もなかったと言う事は……


「たし……かに……。大丈夫なのかな?」


 なんだか言いくるめられたようで釈然としないが、言われてみれば筋が通っている気もする。

 そして、釈然としないのか何か言いたげな雰囲気をイナンナ様も出している気がした。


「そう、そうよ。あなたは単に友達の家に行くだけよ。それならば問題ないでしょ? 学生の良くやることで普通の事よ!」


 未だ釈然としきれない私に迫る様に夜野さんが言ってくる。というか、物理的にも迫っている、迫っているって。

 二歩下がったところで、しぶしぶながら私は彼女に了承したのだった。


”大変ねナナエは”と一言イナンナ様に言われながら。



* * * * * * * * * *



「夜野さん、家についてでいいから電話貸してくれる? りるちゃんが晩御飯待っていると思うから、食べられないって連絡しないと」

「ええ、それは大丈夫よ。というか、彼女は一人で置いていて大丈夫なの?」

「あ、うん。ボディガードみたいな、ベビーシッターみたいな人にお願いしているから大丈夫よ」

「そうなんだ」


 なんて会話をしながら、外靴に履き替えて私たちは玄関を出る。さほど遅い時間ではないけれど、冬の太陽は夕暮れからもう沈みかかって来ていた。

 そして、校門の先には見慣れぬような見知ったような黒い車が一台止まっている。


”何かあったかのかしら”


 私が思うや否や、イナンナ様から同じ声が上がっていた。


(用心は、しておきます)


 私の雰囲気が変わったことを察したのか、夜野さんが目配せをしてくる。


「大丈夫。だと思うよ」


 目を合わせる余裕はない。だから、私は彼女にだけ聞こえるように小声でそう返した。


 眼前にあるのは、以前の焼き直しのような光景。

 校門の先に止められた黒い車の横には、りるちゃんの子守をしていたはずの田中さんが直立して立っていた。

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