4-5 田中さんの懇願

「霧峰様がお嬢様の帰りが毎晩遅いと心配されていたので、本日はお迎えに上がりました」


 私達が校門を出た所で待ち構えていた田中さんは、仰々しく挨拶をした後でそう言った。


 そのままいつもの真面目な顔でこちらを向いている田中さん。意志が固そうだと感じた私は、夜野さんと目を合わせる。

 頭を振って何か合図をするわけにもいかないし、ちょっとだけそのまま悩み込んでしまう。


「うどんの件、明日でいい?」


 結果、言えたことはこれだけだった。


「そう……ね。親族の方が心配されているのであれば、無理は言えないわね」


 話に乗ってくれたようで、補足するようにお互いに目配せをする。


「うん、前もって言っておけば大丈夫だと思うし、出来ればりるちゃんも連れて行くよ。この前うどん美味しいって言っていたからね」

「そうね、それであれば私もお母さんに言っておくわ。腕によりをかけて作ってもらうようにするわね」

「いや、そこまでしなくても大丈夫よ。ふつうでも普通に美味しいから!」


 なんて話をしながら、全然良く分からない目配せとアイコンタクトとで私たちは雰囲気を交換していた。


「じゃぁ、また明日ね」

「ごきげんよう、稲月さん」


 車に乗った後、私を見送る夜野さんの佇まいはしっかりとしていて本当にお嬢様のようだった。

 完全に彼女の姿が見えなくなったあたりで、気を取り直した上で私は田中さんに話しかける。


「何かあったんですか?」


 運転している田中さんはその声に微動だにせず運転を続ける。

 それでも、彼の返答が普段より少し遅かったのを私は感じていた。


「ご友人と約束があったところを邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」


 いつも通りの相手を気遣う田中さんの言葉。気になるのはその後だった。


「先ほど霧峰様の名前を出しましたが、今回は私の独断での事です。

 重ねて申し訳ないのですが、お嬢様、私の事を助けてはもらえないでしょうか」


 と、田中さんは私に助けを求めていた。


(えっこれ、どういうことですか?)


”私だってわからないわよ! 本人に聞きなさい”


 イナンナ様に聞いたことをそのままに本人に問い直す。


「どういうことですか?」


「大したことでは……いえ、実際は大したことではあるのですが、ホテルに戻り次第、霧峰様の相手をして欲しいのです」


 相手をする?

 相手をするっていうと……?


”娼婦の真似事かしら?”


(いや、そんな事田中さんが頼まないですよ! それに相手は偉い人ですよ!)


 と反論してから、(あ、偉い人だからこそなの?) と、別の考えも頭をよぎる。


「ああ、もちろんいかがわしい話などではないのです。単に話の相手になってほしいと言う事でして」


 と田中さん。

 私もそれを聞いて少しホッとする。


「今朝の定例報告の後、霧峰様が烈火のように怒り出してしまって。それ以来止まらないのです。

 上官を悪く言うのは気が引けるのですが、普段は飲まないのですが昼間からやけ酒のように飲んでいる有様でして。

 普段は止める側の人間なのですが、原因の一旦は私にもあるために制止できないのです」


 珍しく声に疲れが出ている気がする。そして、バックミラー越しに見えた田中さんの顔にはちょっとだけ青く痣が出来ているようだった。


”状況自体は本当そうね”


(そうですね。でも問題はどうしてそんな状況に? って話ですよね)


”そうね”


 今のところの理由を聞いた上だと、私には拒否する理由は無かった。


(お父さんを殺した人達の関連する話なんでしょうか……?)


”私に聞かないで。って言いたいけれど、その可能性は高いと思うわ”


 うん、なおさら拒否する理由はない。


「でも、私、本当に何をすればいいんですか? 話をするだけでいいんですか?」

「ああ、はい。出来れば夕食も一緒に取っていただいて、霧峰様に酒を止めさせて頂ければ非常に助かります」

「霧峰さんって、酒癖悪いんですか?」

「そういうわけではないのですが、今は色々と大変な時期でして。霧峰様に決めてもらわないといけない事項が多すぎるのです。そんな状況で酒に入り浸ってしまわれているので……」


 その後の嘆息は小さかったが、私には聞こえてしまう。


「酒を止めさせて元通りにさせればいいって事ですね」

「ええ、そうして頂ければ本当に助かります。

 代わりと言っては何ですが、あとで何か私からも埋め合わせはさせて頂きますし、小さいお嬢様の方は今晩もしっかり面倒を見ますんで」


 酔っぱらってグデグデになった霧峰さんから何か情報を聞き出せる機会が出来て、田中さんへも恩を売れる。

 これってなんかすごいいい仕事じゃない?


「わかりました。出来るかわからないけれど頑張ってみます」


 利益にばかり目を向けて私はそう答えた。実際にどうなるかまでは深く考えずに。

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