3-21 夜野さんの思いつき

「検査でね、私の魔力が無色だって結構早くにわかってたんだ。

 でもね、無色なのは珍しいから、バレたら嫌だって思ってね。みんなと同じで居たいと思って、口を動かさないで早口で詠唱できるように頑張ったの。

 みんなが特性に気付いて無詠唱をし始めるころには、ほとんど無詠唱に近い感じで詠唱できるようになったわ。

 いつも魔法使っている時にものすごく小声で詠唱してるの気づかなかったでしょ? 稲月さんなら気づいてたりするかな?」


「ううん」


 すぐに首を振った。

 高校で夜野さんと知り合ってから、普段の魔法で一度もそんな詠唱していただなんて気づかなかった。


「応用で腹話術とかも出来たりするんだけどね。学校では絶対にやらないけれど」


 そう言って彼女は両手重ねて、影絵の犬の形にした。


《コンコン魂、こんこん流れて、コンコン魂

 リンリン燃やして狐火よっ》


 犬なのに狐なの? って気が付いたのは、その手で出来た犬の口から小さな青い狐火が燃え出た後だった。

 夜野さんの顔は両手の犬を見たまま何も動いていなくて、その詠唱は犬が喋ったようにしか見えなかった。


 狐火はふわりと地面に着地してゆっくりと消えていく。


「この詠唱は私専用のアレンジよ。本来は誰に聞かせるものでもないしね」


 こんなにすごいのに、夜野さんは誇るより、恥ずかしそうにはにかんだ表情をしていた。


「すごい……頑張ったんだね」


 多分私は目を丸くしている。

 あーもう、なんか陳腐な誉め言葉しか出てこない私が悲しい。


「まぁ、それなりにはね」


 それでも、褒められて嬉しかったのか、夜野さんは小さく肩をすくめる。


「それでね、話は大分それたけれど、今の稲月さんに必要なのは詠唱じゃないかと思ったわけよ」


 ……なるほど?


「え、どういう事?」

「つまりね、詠唱で魔法の転換のサポートをしたらいいんじゃないかって思って」


 なるほど。

 それはいい考えだけれど、ダメだ。


 私は夜野さんに昨日のいきさつをかいつまんで説明した。

 転換までいったわけではなく、その前段階の励起の後の集中で爆発したと言う事を。


 今度は驚いたのは夜野さんの方だった。


「集中を失敗しただけでこの爆発ってありえないわ……」


 うん、そのありえない事があったの、夜野さん。


 彼女は頭を抱えていたけれど、その時間は短かった。


「そうよ。最初から詠唱でやればいいんじゃないかしら」


 何かの天啓を得たらしく、頭を上げた夜野さんはすぐに仁王立ちになって腕を組む。


「稲月さん、詠唱で魔法を使おうとした事ってないでしょ?」


 ない……訳ではない。

 小学生の頃はみんなと同じく基礎の詠唱を行って魔法を使おうとしていた。

 もちろんうまくはいかなかったし、そのせいで最悪の事件を引き起こしたことがあったのだけれど。


「なくはないけれど……小学生の頃なら」

「でも、それは転換の所だけでしょ?」

「……うん」


 魔法行使のステップの、励起と集中は普段無言で精神統一をして行い、詠唱を紡いでそれを転換する。それが基礎の基礎の魔法行使の方法。

 詠唱は転換の所だけと言うのは基本だった。


「うん、それであれば励起からすべて詠唱でやってみたらどうかしら? 魔力を詠唱で極力抑えて出すようにしたらコントロールできるかもしれないわ」


 と夜野さんは言った。


”それは試すに値するアイデアね”


 ひゃっ!!


(突然出てこないでください!)


 イナンナ様に突然声を掛けられてちょっと飛び上がってしまった。


「……稲月さん、大丈夫?」

「あ、ううん。大丈夫。ちょっと目が鱗で飛び上がっただけ」

「それ、目から鱗よね? 飛び上がるじゃなくて落ちただけよね?」

「あ、うん、それそれ」


”ひどい言い回しね、それ”


(いきなり出てこられてびっくりしたんですよ!!)


 二人に対して同時に対応しようとしたら、夜野さんには変な返事をしてしまった。


”私はいつも居るのだから、そのぐらい心積もりしておきなさいな。

 とりあえず言っておくけれど、その女の言った詠唱という着眼点は間違っていないと思うわ。

 可能な限り小出しにして魔力を紡ぐことが出来れば、ナナエでも転換まで魔力を維持できるかもしれない”


 と言う事だけ言った後、イナンナ様は静かになる。


 実際、夜野さんのアイデアは斬新な発想の転換だった。

 今までは、私も含めてみんな集中か転換での魔力のコントロールが出来ないという点に着目していた。

 だから、出力自体を抑えるという夜野さんのアイデアを考えたことが無かった。

 出力の方をコントロールする、しかもそれを詠唱で行うだなんて。


 頭の中でいくつかの詠唱文を浮かべる。ある程度は授業でやっているけれど、もちろんながらそれらは転換以降の詠唱文。

 励起と集中の為の詠唱文なんて今まで習ったことは無いから自分で考えないといけない。

 

「詠唱、助けた方がいい?」


 考えている私に夜野さんが助け舟を出してくる。


「……うん。何かいい韻があれば教えてくれる?」


 本当はこういう事は心から湧き出る言葉を紡いでいくといいんだけれど、私が自分でやると全力で紡ぐ言葉しか思いつかない気がする。


「わかった。小さく出した方がいいのよね? 出来る限り微小なものを選んでみるわね」


 と、彼女も考えながらぶつぶつと単語を口に出していく。

 私も同じく考えていると、イナンナ様のこんな声が聞こえて来た。


”零れる雫 

 一滴落ちて

 水面に波紋を浮かべましょう”


「零れる雫 一滴落ちて 水面に波紋を浮かべましょう」


 どこかしっくりとくるその言葉を聞いて、無意識に声に出して復唱する。

 一滴でいい。本当に一滴の魔力でなら私でもコントロールが出来るかもしれない。

 そう思っていたら、その後の言葉も口から出てきてしまっていた。


「水面に映るは現身よ 

 波紋は広がり雫は換える

 その水すべてを現に返さん」


 水の魔法? そう言えば何の魔法を使うか特に意識はしていなかったけれど、なんだか自分でも納得のいく詠唱文になった気がする。


「いいじゃないそれ」

”いいじゃないの”


 同時に声が掛かるとまた微妙に頭痛がした。


「なんか……これでいいのかな?」


 と、どちらにも問うように私は返した。


「ええ、十分綺麗な詠唱文だと思うわ。私が助ける間もなかったわね」


 と夜野さんが返し、


”一言だけでそこまで詠唱を紡げるなら上出来よ”


 とイナンナ様が太鼓判を押した。


「そっか。じゃあ、私、これでやってみるね」


 そして、私は二度目の挑戦を始める。



「あ、その前に夜野さん、お願いだから私から十分に離れておいてね?」


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