3-15 私の魔法・おさらい
”大丈夫?”
(あまり大丈夫じゃないみたいです)
こういう時に口で会話しないで済むのは楽だった。
夕食のバイキングの時に二口目を食べたぐらいから、私は体調の異変に気付いていた。胃腸が全く食べ物を受け付けない事に。
色んな事を考えてとりあえず食べる選択肢を選んではいたけれど、途中からお茶を飲み続けて誤魔化し続けた。
その結果がこれ。
”たくさん食べていたからどうしたのかと思ったら、無理していたのね”
(ええ、体力の回復の為にも、りるちゃんの為にも、たくさん食べた方がいいかと思ってたんですけど。
吐いちゃったら本末転倒ですよね)
”わかっている以上、私がとやかく言うは必要ないわね”
イナンナ様に弁解する余地も無かった。粗方吐き尽くしてから洗面台で口をすすいだ後、鏡に写る私の顔にはげっそりとした疲れが浮いて出ていた。
”傷を癒すために急激な自己活性をしたのだもの、体のエネルギーは相当使っているわよ。そういう時は休む事が一番ね。人間の体の為には何かを食べて栄養補給をした方がいいのだけれど……”
もう一回何か食べに行こうか逡巡するけれど、今の私に何かを食べる気力は残っていない。
(まずは休みます。食べ物は明日の朝、無理なくちゃんと食べるようにするんで)
”ご飯が食べられるようにぐらい、してあげましょうか? そのぐらいの事ならば簡単に出来るのだけれど”
(……ありがたいけれどやめておきます)
ちょっと考えたけれど、私の返答はこれだった。
こんな些事でイナンナ様の手を煩わせたくなかったから。
それの返事は、呟くように”バカね”と言う一言だけだった。
一通り口を濯いで歯を磨いた後、私はふかふか過ぎるベッドに潜り込んだ。そして、頭の中でイナンナ様との会話を再開する。
(イナンナ様。今日の事で何かわかりましたか?)
”……幾つかはね”
予想に違わず、その口は重かった。
”まず良い点が一つ。ナナエは、単純な魔力のコントロールに関しては問題が無さそうだったわ。励起と集中は上手に出来ていたわ”
(そうですか)
とイナンナ様に返答してから、言われたことに関して思考を巡らす。
集中まで出来ていたと言う事自体は本来喜ぶべきところなのだけれど、現実に起きた事を考えると何も喜べる事ではない。
最終的に失敗した以上、集中できていたのであれば何かが出来ていなかったと言う事。
”ご明察。それにしても、こういう時は変に冷静になるのよね、ナナエって”
(ええ、そのぐらいはわかります)
そうイナンナ様に向けて言った後で、私がイナンナ様に向けて考えた事以外の思考を読まれていた事に気付いた。
”普段からそんな感じだったらいいのだけれど”
(普段からそんなに思考読まないで下さい……)
私の返答には、ふん、とそれだけが返る。そして、イナンナ様は話を続けた。
”悪い点の方を言うわ。
さっきも言ったけれど、ナナエ、あなたの持っている魔力量は人間に制御できる量をはるかに超えているわ。単純にそれが原因でコントロールが出来なくて暴発するのよ。
シンプルなだけに人の手では手が付けようがないわ”
ああ……
それは、私が魔法を使えるようになる事はないと明にも暗にも言っていた。
突きつけられた結果に殴られたような衝撃を覚える。目を閉じているのに視界がぐらぐらになり、めまいを覚えると同時に、閉じた目の裏にある暗さがより深くなっていく。
魔法も使えないならお父さんの仇も打てない……私はこの先どうすればいいの……?
……お父さんの後追い?
首でも括ろうか?
いや、どうせそれなら、自爆覚悟で犯人にアタックした方が……?
私の全魔力を使ったら、一泡ぐらいは吹かせられるんじゃないだろうか。
光の差さないベッドの中で、淀んだ思考の闇までもが深く深く落ちていく。
そんなどん底に落ちていく私にイナンナ様が声を掛けた。
”そう悲観しないで。ナナエ”
その言葉は慈悲深い響きで。
”手が付けようがないとは言ったけれど、それは人の手ではと言う事よ。私が何とかしてあげるわ。助けると言ったからには責任を持ってね”
ちょっとだけ甘い希望が含まれていた。
(どうやって……?)
蜘蛛の糸に手を伸ばすような気持ちで続きをせがむ。
”いくつか案はあるわ。でも、こんなの経験がないから正直なところどれが最良かはわからないの。
明日からいくつか試させてもらうけれど良いかしら?”
その言葉に、(はい)以外の回答を持っていなかった。
”大丈夫。時間が無いのはわかっているから、手っ取り早く結果を出すために明日は少し無理をしてもらうわよ”
そして、続けて答えるべきはいの回答は、頭の中で多分したんだけれどうまく出来た気がしない。
どうしてって、イナンナ様から希望に繋がる言葉を聞いた瞬間に、涙の蛇口が全開になってしまっていたから。
嗚咽だけはりるちゃんを起こさないようにと思って出来るだけ小さくしたものの、目と鼻から流れ出る色んなものは頭に被った掛け布団をじっとりと湿らせていった。
(ありがとうございます、イナンナ様。ありがとうございます)
そして、これは私の本心からの感謝の言葉だった。多分イナンナ様への初めての感謝の言葉。
口に出したら「あ゛り゛がどう゛」になっていそうなぐちゃぐちゃの状態で、私はずっとイナンナ様に感謝の言葉を思考で送っていた。
”……まったく。私だって神なんだから、ちゃんと頼ってもいいのよ?
それに、感謝は事が出来てからで構わないからね”
嘆息をつきながらも、私だけに聞こえるその声はイメージにある優しい女神の物だった。
”そもそも、昔も今も変わらずに私は優しい女神よ。
本当にナナエは私の事を神扱いしない不敬者ね”
そう言うも、イナンナ様の口調は……ありていに言うと慈愛に満ち溢れたものだった。
”さ、ナナエはゆっくり寝なさい。
明日の朝ちゃんとご飯が食べられるように癒しておいてあげるから”
いや、そこまでは大丈夫です。
と言う考えを伝えようとするや否や、私の思考に明るい靄がかかり、そのまま抗えない眠りに落ちていく。
……そして、その明るい靄が晴れる瞬間、私はまたあの夢を見るんだと確信していた。
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