3-16 閑話・夢・知らない始まり

 これはいつもの明晰夢。

 今日は絶対に見ると、寝入る瞬間にわかってしまった悪夢。


 子供の頃はよく見ていて高校生入りたての頃になると見なくなり、最近また見始めた夢。その理由にようやく私は気付いた。

 多分、この夢を見るかどうかはその日の魔力の消費量に関わっているんだろうと言う事に。

 だから、暴発させるぐらいの魔力を使った今日は夢を見るだろうという、予感にも似た確信が出来ていた。


 そして夢は始まる。沢山の魔力を使った今日はいつもよりも精度を増して。ストーリーさえも長く。


* * * * * * * * * *


”くそっ! どうしてこんな機械とか言う玩具で連絡しないといけないのかしら!”


 彼女は耳にイヤホンを掛けて、そこから伸びた小さなマイクに話しかけていた。

 やはり話している音は聞こえない。でも、その代わりに彼女の考えだけが、まるでイナンナ様と話している時のように私には聞こえていた。


 彼女、それはいつもの夢の中の私。私が見ることが出来るのは同じ彼女の視点だけだった。だから、彼女がどんな姿形をしているのかは今まで知りようが無かった。


 でもちょっとだけ、いつもよりも夢の話が前から始まる今日は状況が違った。


 彼女は見知らぬ街を一人で歩いていた。おどろおどろしい曇天の中を一人でゆっくりと。マイクでずっと話していたけれど、それは私には聞こえない。

 ふとした拍子に、彼女はショーウィンドーに映る自分を見る。


 それが私が初めて見る彼女の姿。


 りるちゃんより大きい130cm前後の小さな体で、青い目に白い肌。柔らかく伸びた銀色に近い髪は適当に後ろで結わえてあった。

 今まで私に似た人だとずっと想像していたけれど、初めて見るその姿はどちらかと言うと……そう、テレビで見た事のあるロシア人のイメージに近いものだった。

 彼女はシンプルなワンピースを着ていて、いかにも少女と言わんばかりの風体をしていたが、手にはそれに似つかわない180cmは有りそうな槍を掴んでいた。


 飾り気もなく全体的に無骨だが、穂先が鋭くきらめくその槍については別段驚かなかった。

 いつもの敵を叩く為に使うものだろうし、いつも夢の中でおぼろげに見ていたから。

 それよりも、私には、私である彼女の姿の方が衝撃的だった。


 もっと力強い体のイメージだったのに、こんな少女だったなんて。

 そして似たような単語で彼女は考える。


”よりにもよってこんな体にするなんて!

 急に呼び寄せるだけに済まず、あり合わせの体で何とかしろとは。まったく扱いがなっていないわ!

 事が済んだらどうしてやろうかしら”


 こんな体……?

 うっすらと疑問が浮かぶが、地団駄を踏む彼女から私に伝わってくる強い憤慨によってそれは押し流されてしまった。


”いや、どうせなら、あいつに少しぐらい焦って貰って、それから倒せば少しぐらいこの留飲を下げれるかしらね”


 彼女は存外に物騒だった。

 黙っていれば綺麗だっただろう外人の少女が、体に合わないサイズの槍を振り回して、美貌を崩しかけないぐらいの品ない薄ら笑いを浮かべるその姿は鏡越しにでも私に悪寒を抱かせる。


”まぁいいわ。私情より先に、まずやることはやってしまわないと”


 そうして彼女はまるで豆腐を切るかの如く、ショーウィンドーのガラスに槍を通して切り分けた。ショーウィンドーの大きな一枚板のガラスは一息の間に縦横無尽に槍の穂先が通った後、正方形のコースターになって崩れ落ち、地面に落下した衝撃で粉々に砕け散る。


”まぁまぁね”


 それに満足したのか、頷いた後で彼女は正面を向く。同じくしてその視界を共有する私は、視点が通りの正面に向いた時点でその先にうずくまるいつもの巨体を認識した。


 それは夢の中で見る巨竜の事だった。一つの区画には少し足りないぐらいではあるが、十分過ぎる巨体は四本の短い脚で支えられている。その巨体故に使えるのかわからないが巨大な蝙蝠のような羽を二枚備え、首と尻尾は胴に負けないぐらいの長さを誇り、さらに全身は青黒く光沢を持った鱗肌に覆われていた。顔はいつも通りの顔だと思うが、ここからだと流石にはっきりとは見えない。

 家屋の並んだ街並みに悠然と居座るその巨竜は異様と言うか、夢の中でしかありえない光景だが、それに慣れてしまった私にはそれだけだと特段に凄いとも思えなかった。


”じゃあ、そろそろ始めるわね”という彼女の思考。


 それが開始の合図だった。

 巨竜に向けて、向かって左の方、一区画ぐらい離れた位置から風のような強い力が放たれた。

 力は巨竜に当たり、かすかに動けるようだが巨竜は動きを封じられているようだった。

 風が出たのを確認した後で彼女は高速で移動を始める。一歩目で車の制限速度をはるかに超えた速度になった。信号が見えたと思ったらすぐに後ろに流れて見えなくなる。歩幅も広がり、走っているというよりはトントンと飛んでいる様な走り方だった。


 500mほど距離を詰め最初の位置から半分ぐらいになった時点で、巨竜の頭が軋む様にゆっくりとこちらに振り向く。


 巨竜と彼女の視線が交差した瞬間、

"気付かれるのが早い! 行けるところまで詰めて、それから回避するしかない!"

 と彼女は即座に判断を下す。



 そして、もう一区画走ったところで、巨竜はその口を開け、黒い何かを彼女に向けて放射した。


 ここら辺から先は、私がいつも見ている夢の場面だった。

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