3-13 帰宅じゃなくて帰ホテル
「一人で歩けるから大丈夫よ」
と言い続ける夜野さんの肩を支えながら山を下り、私たちは帰路についていた。
「友達って、お互いを助けるものなんでしょ?」
そう私が言うと、それ以上は夜野さんは何も言わなくなってしまった。
いや、ぶつぶつと「だからって稲月さんに助けられるなんて」「それでいいの? 私」とか言っている気がするけれど、気にしないでおこう。
「今は夜野さんの方が疲れているんだし、私は家まで送っていくね」
「それなら、家で夕飯ぐらい食べていかない?」
「そうしたいのは山々だけれど、りるちゃんが多分待っているから。夜野さんを送ったら今日は帰るね。そのかわり別の日に行っていい?」
「そっか……」
女二人で他愛もない? これが普通? なのかわからないけれど、そんな話をしながら歩く。
お互い友達がいない者同士、ぎこちなさはあれどそれなりに話は続いていた。
「稲月さん、家、焼けたんだよね……。今はどこに住んでるの?」
「駅前のホテルだよ」
「それって、あそこの高級ホテル?」
「そう」
「高いんじゃないの?」
「多分ね。お父さんの知り合いが全部助けてくれてるからお金の事は全然わからないんだけれどね……」
この一言の後で夜野さんの歩みが止まった。
「稲月さん、その人って信用出来るの?」
お互いに顔は合わせなかった。でも、夜野さんが訝しげな表情を浮かべているだろうことは想像がついた。
「多分ね」
と、曖昧な返答をする私。
正直なところ、霧峰さんの事は信用出来るか出来ないかと言われれば、あまり出来ないと私自身でも思っていた。
……その、彼を咎める気はすでに無いのだけれど、彼が居なければ私のお父さんは死ななかったんじゃないか? という思いは少し残っているのだ。
「そう……」
”そう……”
夜野さんの声に反応したかのように、鋭い頭痛が頭を貫く。
反射的に空いている方の手で頭を押さえようとして、持っていた鞄を落としてしまった。
「稲月さん、大丈夫?」
「大丈夫よ、夜野さん。ちょっと頭痛がしただけ」
そう言って夜野さんを支えたまま、鞄を拾い上げる。
夜野さんの声に合わせてイナンナ様がつぶやいた気がしたけれど、気のせいだったのかな。
私と夜野さんが歩みを戻してからちょっとしてから、夜野さんが呟くようにこう言った。
「互い結構やられてるわね」
「……そうね。全部私が原因だけれどね」
「そうね」
間髪入れずに夜野さんから肯定される。
ごめんね、と私が返したあと、どちらが先だったかはわからないけれど夜野さんと私は少しだけ笑っていた。
「ふふっ……やっぱり稲月さんは稲月さんですわね」
「ふふっ……私は私だからね」
* * * * * * * * * *
夜野さんを送ってからホテルに戻って来たら、時間は8時をとっくに超えていた。
「こちらは、今晩と明日の朝の食事券になります。あと、お召し物の方ですが、汚れているようですのでクリーニングの方に出しておいてください。お着換えの方は部屋の方に用意しておきますので」
鍵はあるからチェックインは必要ないけれど、ホテルに着いてから、フロントでチェックイン代わりに顔を見せて食事券を受け取る。
エレベーターで最上階一つ前の階で降りて、ちょうど真ん中の所にある部屋が私とりるちゃんの今の家だった。
ちなみに、その上には霧峰さんが泊まっている場所だそうだ。
ただいまと言って部屋の鍵を開けて入ると、りるちゃんはベッドの上で既に寝息を立てて寝ていた。
……そして、私の勉強机にするはずだった場所では、大量の書類と格闘している田中さんが居た。
「申し訳ない」
と、振り向いて私を見るなり開口一番謝る田中さん。
「警護の任務の他に普通の書類仕事もありまして、時間を無駄にしないためにもここで仕事をしていたんです。すぐに出ていくのでお気になさらずに」
そう言って、彼は書類をかき集めてブリーフケースに手際よく詰めていく。
私はその間入口のドア付近にずっと居て、田中さんと距離を取っていた。何も言わないのも失礼かと思って世間話程度に当たり障りのない口を開く。
「……お仕事、忙しいんですか?」
「ええ、皇国からの貸し出しの身ではありますが、霧峰さんには重用されているようでして」
「……田中さんって、ベール教の人じゃないんですね」
何気ない一言のつもりだったけれど、田中さんの動きが一瞬止まった。
「……ええ。まぁ、出向元より、霧峰さんとの付き合いの方が長いぐらいですけれどね」
と、そこまで言ってから、手際よく書類を詰め終えた田中さんはパチンとブリーフケースの蓋を閉じる。
気まずいと思ったのか、田中さんは再度頭を下げてこう言った。
「すみませんでした。警護の為に小さいお嬢様と一緒に居たのですが、やはり女性が住む部屋に男が居るのは衛生上良くないですね。
明日からは隣に部屋を借りて、書類仕事はそちらでやるようにします」
これでタバコの匂いでもするようなものなら、衛生上とか確かにわかる話だと思ったけれど、生憎私の横を通って部屋の外に出ようとする田中さんの体からはタバコの匂いどころか何の匂いもしなかった。
部屋を出てから、振り返って最後に田中さんはこう言った。
「ああ、小さいお嬢様は夕食をまだ取っていません。お嬢さんと一緒に食べるんだといって待っていたのですが、疲れて寝てしまったようです。もし起きたようでしたら一緒にご飯を食べてあげてください」
「……はい」
きっちりと必要な情報だけを置いて出ていった田中さんを見送ってから、私は静かにドアを閉めた。
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