3-12 親友になった瞬間

「でもね、私のいつもの行動を考えると打算づくに思うかもしれないけれど。稲月さん、あなたは私の大事な友達なのよ。だから心配したっていいじゃない!!」


 夜野さんは最後の言葉を言ってから視線を下に逸らしてしまった。いつもの腕組みのポーズも彼女の気分を現したかの如く崩れている。


 そんな夜野さんに、私は心に浮かんだ疑問をそのまま吐露した。


「……どうして夜野さんはそんなに私の事心配するの?」


 そこまでに親しくは無かったよね? とまでは言えなかった。

 それを聞くなや、キッとキツイ視線を向ける夜野さん。


「今の説明でわからなかったって言うの?」

「うん……ごめん。あんまり正直わからなかった」 


 ……だってこんな事初めてだもの。


「ああもういいわ。こんな事恥ずかしいから、二度と言うつもりはないわ。だから良く聞いて」


 と、いつもの仁王立ちポジションに戻る。


「私もね、事故でだけれど父が死んでるのよ。15年前だから、写真でしか知らないような父親だけれどね。

 そのせいで、子供の頃からお母さんがお父さんの写真を見て泣いているのを見て育ってきたの。

 だから、他の人よりは家族を失うことに関して敏感なのよ」


 それは、夜野さんの知られざる身の上話だった。


「それに……」

「それに?」


 それに、で言葉が切れた夜野さんに続きを促す。


「それに、あなたが初めて出来た友達だからよ!!! 家に友達呼んだのもあなたが初めてなんだから!!

 私ね、物心ついた時から、うどん屋であくせく働いているお母さんを助けようと思って頑張って来たの!

 友達の遊びのお誘いとかね、最初の方は私的なお付き合いをする時間が無かったから断っていたの。

 でも、学校で成績が結果が出てくるようになってきたら、今度はみんな私が別格扱いにして、友達付き合いなんてしてこようとしなくなっちゃって……。私は私で皆のイメージを崩さないようにと思って、良家のお嬢様みたいなこと演じちゃってるし。そうしたらまたクラスでは浮いちゃうのよ。

 その結果はこれよ。笑えるでしょ? 頑張った挙句に学年で一番になっても、この年で友達がゼロなんて……」


 堰が切れたように勢い良く切り出し始めた夜野さんのそれは、最後の方になってか細い声に変わっていった。


「そんな時に、あなたが出てきたのよ。最初は単なる手がかかるクラスメイトかと思っていたけれど、あなたの話をうわさでも聞いているうちに気になっちゃってね。

 大変な境遇なのはわかってたし、友達になって助けたりできたらなって。

 今までは切っ掛けもなかったし、私の手も振り払われていたけれど……」


 確かに、思い起こせば夜野さんは事あるごとに私の事を気にかけていたかも。


「だから、この前街で会ったときは、チャンスだって思ったわ。普通で私的なお付き合いができるって、色々手助けすれば友達になってくれるかなって思ったのよ。

 色々な事があった後だし、裏を読まれるのはわかっていたけれど、それでも頑張ったんだから私……」


 うどん屋での夜野さん……あのお節介はそういう事だったんだ。


(なんか強引な所もあったけれど、やっぱり夜野さんいい人じゃないですか)


 とイナンナ様にも確認を取る。


 反応は”ふん……”とだけ。


「そうだったんだ」


 夜野さんって、実はすごい人じゃなくて、私に似て不器用な人だったんだ。その不器用さが私と親近感を覚える原因になったのかもしれない、多分。


「ありがとう、夜野さん」


 凄くあっさりとした返答なのはわかっているけれど、私も負けず劣らずの友達不足のコミュニケーション苦手な人なの。

 だから、ありがとうと言うのが精いっぱいの感謝だった。


「そんな……ありがとうだなんて…………」


 涙を浮かべてまるでヒロインのような赤ら顔でこちらを見る夜野さんは、すごく綺麗だった。

 そのまま二人で視線を合わせ続ける。


 私は彼女の膝がぐらついて倒れそうになるまでその顔をジッと見て……


 危ない!!


 夜野さんが完全に崩れ落ちる前に、その細い腰に手を回して抱きとめた。

 夜野さんとの距離が近くて助かった。


「あ、あれ……ちょっと魔法で疲れちゃったかな……」


 私にもたれ掛かる夜野さんは、いつにない弱々しい姿をしている。

 そして、私の胸に当たる夜野さんの柔らかさ(特に彼女の胸!)がどうにもこうにも言えない気分を私に与えていた。


「大丈夫?」

「……大丈夫と言いたいけれど、魔法使いすぎたみたいね。それだけ稲月さんの怪我が大変だったのよ?」


 と、私に支えられたままの夜野さんが言った。

 夜野さんを支える姿勢を変えながら、私の空いている方の手で自分の背中を確認する。


 怪我をした感触こそ全くないものの、着ていたコートは地面にぶつかった時に擦り切れたのか背中を中心にボロボロになって、スカートや制服も一部破れていた。


 ……何これ?


 治療されたせいなのか、大怪我をしたという実感か全然湧いていなかったけれど……これは結構な怪我だったんじゃないの?

 現実に恐恐とする私にイナンナ様が話しかける。


”詳しい事は後で説明するわ。体は大丈夫だと思うから普通に帰るといいわ”


(……ちゃんと説明してください、イナンナ様)


 脳内会話を済ませてから、改めて夜野さんにこう言った。


「……ごめんね、心配かけて」

「もっと感謝してもいいのよ?」


 それは普段夜野さんが言わないような言葉だった。それに甘えて私は感謝の言葉を紡ぐ。


「ありがとう、夜野さん。ホントにありがとう。気にしてくれて」

「……いつも通り、当たり前の事をしただけよ……」


 支える私と、支えられている夜野さんの立場が全く逆になったけれど、これはこれで良かったのかな。

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