3-11 夜野さんが

「稲月さん、どうして突然魔法の練習なんて始めたの?」


 沈黙の後、真剣な顔持ちで夜野さんが聞いてきた。


「……」


 彼女を見たけれど、それにすぐに答えることは出来なかった。


 やる気になった事を言うのが恥ずかしかったからじゃない。


 理由がお父さんの仇を討つことだから。

 お父さんの仇を討つ、一言で言うと簡単だけれど、それは危ない事だ。

 私はそれがどれだけ危ないのか分かっているから。


 だから、どう答えていいのかわからなかった。

 夜野さんは何も知らない。だからそんな危険な事に、私のエゴに彼女を巻き込むわけにはいかない。

 でも、どうせ当たり障りのない答えをしても、夜野さんはすぐに気づくだろうけれど。


 口を開いて何か当たり障りのない事を話そうと思ったけれど、その返しが浮かばなかったから再度口を一文字に閉じる。

 次の口端は、また夜野さんからだった。


「稲月さん、親の仇を討とうとか考えてない?」


「えっ!?」


 目を見開いて彼女を見据えた。


「どうして知ってるの?」


 暗にそれが正しいと認めてしまったと、言った後で気づく。


「水代先生から聞いたのよ。稲月さんのお父様が死んだ事、事故じゃなくて事件だったって」


 そう言った彼女はいつもの仁王立ちポーズに戻って言葉を続ける。


「稲月さんの事だもの、一人で仇を討とうとか考えていたんでしょ?」


 再認されるように問われたそれは、事を確信した言い方だった。


「……わからないとでも思った?」

”……あなただけよ、わからないのは”


 夜野さんの言葉に合わせるように、頭の中でイナンナ様が小さくつぶやく。


「ホントに……」


”……馬鹿ね”


 それはハーモニーを成して、私に頭痛を覚えさせた。


「ごめん……でも、これは私の事だから」


 ずきんと痛みが響く頭を押さえながら、視線を外してそう言った。

 その言葉はどちらに向けたのかはわからない。


 イナンナ様はその答えに返答はしなかった。けれど、夜野さんは私に問いただす。


「それはイナンナ様が降臨したせい? それともあなた自身の意思なの?」


「私自身の意思よ。イナンナ様は関係ない」


 私の回答は明確だった。イナンナ様は関係ない、これは私がどうしてもやりたい事なのだから。

 そして言葉を続ける。


「私自身の手で、どうしてもお父さんの仇を討ちたいの。それにね、あまり言えない事だけれど、これってすごく危険なの。だから、私一人でやらないとダメなの」


 真剣に返したつもりだった。でも、それを聞いた彼女はこめかみを抑えて頭を振る。


 ……なんか説明がおかしいかったかな。

 夜野さんを巻き込みたくないの! って直接言えばよかったかな。


 私が自問している間に発せられた次の彼女の言葉はこうだった。


「うぬぼれない事ね」


 そして、仰仰しいポーズをとって私を指差す。


「イナンナ様の力を借りるならまだしも、1人で仇討なんて無謀よ」


 うん、一人でやるのは無謀なんて十も承知してる。だから、イナンナ様の手を借りてまずは魔法の練習からと思ったんだけど……


「そもそも、稲月さんは魔法をほとんど使えないんでしょう? 幾ら何でも今から努力してもすぐに成果を出すことは難しいわ。いいえ、短期間だと無理と言っても過言では無いぐらいね。何をするにもそんな貴方だと危険よ。だから、私も手伝うわ」


 正論の刃が私を打ちのめしていく……って、あれ?

 ちょっと待って、今夜野さんなんて言った?


 夜野さんの言葉の最後を思い出す。


「手伝う!?」


 どうしてそうなるの夜野さん!


「ちょっと待って、話聞いてた夜野さん!? 危ないのよ? 命の危険があるぐらい危ないのよ?」


 危ない事を強調して強く言ったけれど、夜野さんはそれでも私に向き合う。


「だったら、なおさらあなた一人で仇討なんて危険でしょう? 練習を始めたのはいい心がけだとは思うけれど、そのままだと仇討の前にあなたの身が持たなそうだわ」


 肩を竦めたあと、腕を組み直してから彼女は更に続ける。


「第一ね、今日は朝からあの様子だし、放課後もすぐに帰ってしまったから気になってこんなところまで探しに来て見たら爆発音が聞こえたのよ?

 何があったか心配するじゃない!

 近くまで来たら稲月さんは気絶して倒れてるし!」


 強い圧力は言葉だけでなく、ずいずいと物理的にも圧を出して私の方に近寄ってきた。


「確かにね、水代先生にあなたの面倒もを見るように言われたのもあるけれど」


 そのまま私の目の前に立つ夜野さんは、体がどこか触れそうなぐらいの距離まで近づく。


「私は純粋にあなたの事が心配なのよ」


 ゴクリと唾を飲む私。

 目の前に立つ彼女の目は、真摯にそれが本当だとばかりに訴えかけて来る。


 でも、ちょっと距離近い。いや、すごく近いよ夜野さん。


 目を逸らそうとしたら、させまいとばかりに顔がもっと近くによってくる。

 大事な話なのは分かるけれど、体が触れ合いそうなぐらい近いのに、そんなに顔まで近づけてきたらダメだって。


 一歩後ずさりするが、二歩ぐらいの距離が詰められる。

 気持ちはわかるけど、どうすればいいのこれ。


 何だか色々ドキドキしてきて目を逸らすことさえ出来ない。そんな私の状況にようやく気づいたのか、夜野さんはここに来て顔を逸らした。


「そりゃぁね。正直言うけれど、私にも下心が無いわけではないわ。あなたがイナンナ様の加護を受けているなら、近づけば私にも恩恵のおこぼれぐらい貰えないかな? とか考えなかった訳じゃないのよ?

 それに同情心って事もあるし。イナンナ様の加護を受けたあなたを羨む人も多いのは知っているけれど、私はその先の話も聞いてしまっているから……」


 それだけ聞くと酷い人のようにも聞こえる、でも、私にはなんとなく言葉の裏にある夜野さんの本心が伝わってしまった。


「でもね、私のいつもの行動を考えると打算づくに思うかもしれないけれど。稲月さん、あなたは私の大事な友達なのよ。だから心配したっていいじゃない!!」

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