3-4 霧峰さんの懺悔

 人目を憚ることなく、霧峰さんはずっと頭を地面にこすりつけたまま、しばらくの間上げなかった。

 

 「もういいですよ」と私が三回繰り返したぐらいでようやく顔を上げた霧峰さんの表情は、後悔とか悲しみとか怒りとかいろんな感情がごちゃ混ぜになったもので、多分私の表情と同じものだった。


 その表情を見てしまったら……もう私は霧峰さんに何も言えなくなっていた。


”…………”


 声は聞こえないがどこかでイナンナ様の気配がする。そう感じながら、私たちはりるちゃんも連れて上階のスイートルームに場所を移した。


「りるちゃん、ここに寝かしておいていい?」


 移動している間にずっと眠そうにしていたりるちゃんが、寝息を立てて寝てしまっていた。

 スイートルームの名の通りの部屋の大きさと、それに負けないぐらいの大きなソファが目に入ったため、そう霧峰さんに聞いた。


 霧峰さんは、「ああ」と言ってから、ついてきた黒づくめの田中さんにこう言った。


「いや、ハタナカ、寝室の方で寝かせてやってくれ」

「わかりました。……あと、今はタナカです。外では間違えないようにしてください」


 田中さん? ハタナカさん……?? どういう事……?

 とりあえず背中におぶっていたりるちゃんを黒づくめの田中さん(?)に渡す。


「偽名だよ。もっとも、俺が間違えたら世話はないがな」


 そう言いながら霧峰さんは大きなソファに腰を下ろし、私にはテーブルの反対側のソファに座る様に促した。


「さて……どこから話せばいいものやら」


 私が適度に弾力のある革張りのソファに腰を下ろしたあと、霧峰さんはそう言った。


「……すまない。話を始める前に少し飲み物でも飲ませてくれ」


 と、テーブルの上にあった水差しを持ち上げると、コップがあったのにダイレクトにそれを飲んでいた。

 最初はのどを鳴らしていたものの、途中から水が口から溢れて高そうな服を水浸しにしていく。それを気にしないかのように、ついには霧峰さんは水差しの中の水を全て頭から被った。


「……何してるんですか」


「……頭を冷やしただけだ。冷静になりたかったんでな」


 いつの間にかりるちゃんを寝かしつけて来た田中さん? ハタナカさん? が隣に立ち、タオルを霧峰さんに渡していた。


「この一滴でもいいから、じいさんに掛けてやりたかった」


 タオルで頭を拭きながら霧峰さんはそう呟く。

 水分を取ってから、真相を待つ私にようやく霧峰さんは話をし始めた。


「言いたい事は色々あるが、まずは起こった事のみを簡潔に話す。聞く準備は大丈夫か?」


 首を縦に振る。


「今日の昼前、11時前後に稲月家が爆発炎上した。

 プロパンガスのボンベの付近や、コンロ当たりが粉々になっていたと聞いているから、公にはガス漏れからの引火して爆発って線で判断されるだろう。

 じいは……お前のお父さんは、爆発に巻き込まれて一部分しか見つからなかった」


 ああ、授業中に見た煙は、きっと私の家だったんだ。


 泣かない為にも、両手を強く握りしめる。話にその先があると既に理解していたから、それを知るまでは泣くわけにはいかない。


「実際の所は俺とお前のお父さんに敵対する勢力からの襲撃だ。お前のお父さんを警備をしていたSPも一人が重症を負い、残りの全てはダメだった。

 運よく生き残ったSPの一人から辛うじて襲撃の時の様子を掴むことが出来たんだが、あっという間だったそうだ。迎撃どころか、魔法で防壁も張る時間もなかったらしい。

 大型トラックが家の前に停車して、短時間でSPの制圧、後にグレネードランチャーのような爆発物を家に向かって発射して早々に立ち去る。

 SPの配置も掴んだ上での襲撃で、グレネードの爆発位置もキッチンとは随分と手際が良さ過ぎる話だがな」


 霧峰さんは、一旦区切って遠くに視線を合わせた後、私に改めて視線を合わせる。


「改めて言うが、これは、こんな事にならないと思い込んでいた俺の失態だ。敵がそこまで実行力を持っていると予想していなかったんだ。

 この安全な国で、ここまで根が伸びていたことに気付いていなかったんだ……」


 そう言って、再度頭を下げて来た。

 今までの様子を見ていて、もう既に霧峰さん自体を怒る気はなかった。

 正直、言っている事の半分ぐらいしか理解していなかったのもあるけれど……かわりに、私には知りたい事が別に出来ていた。


「……いつも、こんな事をしているんですか?」

「……いつも、ではない。今回は特に大きい相手だ」

「お父さんは……霧峰さんと一緒の仕事をしていたんですか?」

「ああ、良いパートナーだった」


 一呼吸する。


「……お父さんを殺した相手は誰なんですか?」


 これが知りたい核心。


「それは……言えない」


 重く口を開いた霧峰さんの回答は私の予想通りだった。


「それは、霧峰さんが言っていた神と人間の敵なんですよね?」

「ああ、そうだ」

「どうして霧峰さんは、知っているのにお父さんの仇の事を教えてくれないのですか?」


 だから、直球でそう問いただした。

 霧峰さんがどんなに苦い顔をしたところで、私の知った事ではない。

 私か霧峰さんか田中さんか誰かの息と、唾をのむ音でさえ聞こえてきそうな静寂が流れた後、霧峰さんが口を開いた。


「相手は、強いんだ。

 この平和な国で、国家権力に捕まらずに銃や爆弾を必要なだけ用意できるだけの力がある。

 それに、武器や武力を持っていてただ物理的に強いだけじゃない。魅力的な力も持っていて、それを武器にして表からでも裏からでも自在に自分たちの根を広げる相手なんだ。

 その結果に、既に二回、直接的に攻撃してきたにも関わらず、こちらでは肝心な所の情報はまだ掴めていない。それに、今回の件は逆に身内のどこからか情報が漏れたに違いないんだ」


 感情がにじみ出る様な声で霧峰さんは話を続ける。

 膝の上で強く握りしめたその両手から、じわりと赤い液体が滴り始めていた。


「頼む。仇は俺が撃つ。だから、お前は静かにしていて欲しい。俺に、じいさんの一人娘まで危険な目に合わせるような事をさせないでくれ」


 それは、何かにすがるような懇願だった。

 霧峰さんはお父さんの事を大事に思ってくれていたのはわかった。それに、私の事も同じように。


 それでも、


「……嫌です」


 それでも、霧峰さんの言い分はわかるけれど、かと言って引き下がれるわけはない。


「……だよなぁ。

 そう言うと思ったよ」


 霧峰さんは重い表情のままそう言った。

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