3-3 お父さんは? りるちゃんは?
「ご実家で、火事があったそうです。ご家族の一人と連絡がつかないそうです」
どうして? と疑問を挟む前に、体はすぐに動いた。
「鞄とコート取ってきます」
夜野さんや先生たちを置いて視聴覚準備室から飛び出して、教室に戻るや否や、自分の鞄とコートをひったくる様に持って出ていく。
車が迎えに来てくれているって事は、正門前に行けばいいはず。
廊下は走るな、なんてルールは全部無視で、階段も三段ぐらい飛び降りて玄関に向かう。
走りながら私は教頭先生の言葉を思い出していた。
ご家族の方が車で迎えに来てくれているから、早く行って下さい。と、ご家族の方と連絡が取れない。と、そこには大事な事が二つ。
つまり、迎えに来てくれる人が一人、連絡が取れないのが一人。
私に家族は……今は二人。お父さんとりるちゃん。
単純に考えて、どちらかがどちらかということ。
朝の話を思い起こしたくはなかった。……どちらが連絡が取れない方なのか、予測出来てしまうから。
”ナナエにしては随分と行動が早いじゃない。どうしたの?”
(どうもしないですよ、イナンナ様)
そう思いながら、玄関でコートを急いで羽織る。
(私、全然冷静でないですよ。いつも通りの私ですよ。
だから……早くしたいんですよ)
早くして何になるのか、そこまでは考えが纏まらない。
けれど、多分、私は何事もなかった結末を望んでいて、それを早く知りたくて急いでいるんだと自分に言い聞かせ、そのままをイナンナ様に伝える。
急いでローファーを履いて玄関から出たところで、黒塗りの車がすぐに目に入った。
普段見ない車を見て、それだ。という確信を持つ。
車の色と同じ、黒づくめのスーツの男の人が傍に立ち、私を確認したところで車のドアを開けた。
私は、そこで、腰が、砕けて、地面に座り込んだ。
「ななえ、大丈夫!?」
りるちゃん……
車から出てきたのは、りるちゃんだった。
「大丈夫ですか!?」
と、黒づくめの男の人も助けに寄って来たが、頭を横に振った。
目には水が潤んでくるのに、喉には水分が足りなくなって言葉が出ない。
「……ぅさ……は……」
お父さんは、どうしたの?
「稲月さんのお嬢様、で、間違いなさそうですね。立てますか?」
私の事なんて、どうでもいい。
「……ぅさん…………」
お父さんの事を教えてよ!
傍まで寄ってきた黒づくめの襟首を掴み、問いただそうとする。
実際に出来たのは、ぺたりと座り込んだ状態で、両手を上にあげるだけだった。
声が出ないだけでなく、ショックで下半身は動かなかった。
「……持ち上げて運んだ方が良さそうですね」
こんな距離なのに、この黒づくめには私の声は聞こえていないのか。
泣きそうな気持ちと、爆発した感情が私を支配する。
だけれど、その激情にさえも体は反応せず、私は何も意思表示が出来ないまま、黒づくめに軽々と持ち上げられ車の後部座席に押し込められた。
「緊急事態なので、お体に触ったことに関してはご容赦ください。出来る限りの事は車内で説明致します」
りるちゃんも私に続いて車に入れられた後、車のドアが閉められ、黒づくめは運転席に座る。
「ななえ、大丈夫?」
横に座りながら、見上げるように私を覗き込むりるちゃんを見て、ほんの少しだけ……本当に少しだけ落ち着くことが出来た。
「……大丈夫よ」
絞りだした私の声は、私の声とは思えないぐらい酷い。
「霧峰様の言った通り、ご家族の方を一緒に連れて来て正解みたいでしたね」
やけに静かに道を進む車の運転席から声が掛かる。
……霧峰。
もやもやとした悪意の矛先が、その名前を突いた気がする。
「私は田中と申します。本来は霧峰様の警護役を仰せつかっています」
と、黒づくめの田中さんは言った。
「……その、大変申し訳ないのですが、詳しい事は、私の口からではなく霧峰様から伺って下さい。
私の今の職務としては、お二人を無事に霧峰様の所へ運ぶ事なので」
また霧峰と言う単語が出た。どうしてあの人が出てくるのか。お父さんでなくてあの人が。
「……お父さん、無事なんですか」
無理やり言葉を絞り出す。
これが一番知りたいことだった。
「すみません、お答えできません」
「……家、本当に火事だったんですか」
「すみません、お答えできません」
「……霧峰さんって、今何をされているんですか?」
「……すみません、すべて私にはお答えできません」
これ以上は、田中さんに問えなかった。
でも、丁寧に田中さんは答えないと言ってくれたことで、私の中で一つのパズルが組み合わさっていた。
霧峰が何か危ないことをしている。家は火事になり、お父さんは無事ではない。
もしかしたら、何も起きないと霧峰が言っていたことが、起きてしまったのではないかと言う想像。
霧峰は悪と戦っていると言っていた、だから銃撃戦みたいな事までしていた。
……私は霧峰が強いと思っていた。だから、彼の大丈夫と言う言葉を信じていたのに。
悪意の矛先が向かっていくタイミングで、横から細い声が聞こえた。
「……カズオミは、多分今も頑張っていると思う。それに、……家が燃えてると聞いたとき、すごく驚いてた」
りるちゃんは、下を向いてそう言った。
「りるちゃん、その時の事、教えてもらえる?」
「うん。二人でお昼ご飯食べようとしていた時に、カズオミにデンワ?が来たの。その後、大きな声で色んなこと言い始めて……
カズオミ、すごく怖かった」
それは、怒っていたのだろうか。
「その後、この車で大きな家に行って、カズオミは降りて、りるにはななえを連れて来てって言われて来たの」
「そっか……」
静かになったりるちゃんを見ているうちに、徐々に落ち着いてきた。
私だけじゃなくて、りるちゃんも大変なんだと思うと、少しだけ動く力が戻ってきた気がする。
りるちゃんの頭に手を置いた後、軽く撫でてあげると、ゆっくりとりるちゃんは私に体を預けてきた。
「ごめんね、りるちゃん。心配かけちゃって」
……小声過ぎたのか、返事は無かった。
代わりに、返事をしたのは田中さんだった。
「小さいお嬢様が言った通り、この車は霧峰様が滞在なさっている駅前のホテルに向かっています。安全運転を心がけていますが、もう少しで着きますよ」
もう少しでとは言われたけれど、車の制動に気づかないうちにそれは止まっていた。
「着きました。霧峰様はあなたを待っています。おそらく貸切ってある一階のカフェテリアに居るかと。
…………お気を強く持って下さい」
先に降りた田中さんの手でドアが開けられた後、半分寝かけていたりるちゃんと一緒に車を降り、ホテルに入った。
正面に霧峰さんの姿は見えない。
内装も思った以上に高そうな高級ホテルで、入り口から見てフロントの反対側に位置するところに大きな広がりのあるカフェがあった。
仕切りのロープで区切られた一角にあるカフェは、本来の宿泊客ではなく、十数人がせわしなく動き回り、携帯電話で電話をかけていたりと、まるで市場のような賑わいをしていた。
私がそこに気づいたのと時を同じくして
一人の姿が動きを止めた。
続けて私に気付いた数人が動きを止める。
そして、最初に止まった一人が、私の元に寄ってきた。
それは、
「爺さんを……守れなかった。すまない」
そう言って深々と頭を下げた後、
「こんなはずじゃなかったんだ。俺の失策だ。本当に済まなかった」
霧峰さんは、教皇位継承の順列に並ぶと言っていた人は、呆然と立ち尽くす私に土下座までしていた。
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