3-5 真実と決心
「……だよなぁ。
そう言うと思ったよ」
霧峰さんは重い表情のままそう言った。
そして、私を向いたまま、田中さんに向かって手を上にして出した。
「本当ですか?」
「ああ、筋書きは俺が予想していた通りだろう? たしか、今持っている奴にはサプレッサーはついてるよな?」
「……はい。使用につきましては、後で使用申請の書類の方お願いします。それと、確かそのソファーは持ち込みなので傷をつけても大丈夫かと」
あまり私には理解できない会話を終わらせた後に、田中さんは懐から取り出した何かを霧峰さんの掌に置く。
「やりたくないけどな。こんな事は」
自然な流れで霧峰さんは手に持った何かを私に向けた。
「何かわかるか?」
……黒い円柱が先端についたそれは。……銃?
パスっ
その音は、私がそれを銃と理解したのと同時だった。
「やっぱりサプレッサーつけてると全然迫力が出ないな」
そう言って、霧峰さんはその銃を、私に見えるようにゆっくりとした動作で田中さんに返す。
「こういう世界だから、どうか首を突っ込まないで欲しい」
左手を私の座っているソファーの体に近い位置に置く。そして、感触を確かめた後恐る恐るそこを見た。
視界に入ったそこには、感触と同じく、指でも入りそうな穴が一つできていた。
音はおもちゃの銃よりも小さいものだったけれど、確かにそれは本物の銃で、狙いを外されていないなら私に当たっていた。と認識する。
「…………」
イナンナ様に見せられた、私が気絶していた間の光景が脳裏に浮かぶ。
たった一つでさえ反応できなかった銃弾が、豪雨のように降り注ぐ光景。
お父さんの仇を討つためにはそれを乗り越えなくてはいけない……のね。
「はい、しか私には選択肢が無いんですよね?」
「ああ、それ以外はダメだ。俺だって、じいの娘にこんな脅しめいた事までしたくは無いんだ。それに、もしお前に何かあったら……じいにあの世でどんな顔向けをしていいかわからない。
だから、わかってくれ」
どうしてだろうか。
お父さんが殺され、教皇位継承者に頭を床に擦り付けさせて、挙句に銃口を向けられるような非日常的な体験をしたと言うのに、私の頭は静かに物事を考える状態になっていた。
多分それは、私が目的を見つけたから。
そう分析できるぐらいに私は冷静だった。いや、もしかしたら、既に冷静ではないのかもしれない。まぁいいや、どっちでもいいそれは。私は私に出来る事をやるしかない。
「わかりました。言う通りに大人しくします」
そう口で言いながら、頭の中ではイナンナ様に話しかけていた。
(……イナンナ様、後で話があります)
”いいわよ”
返答は早かった。私の考えている事全部筒抜けなんだし、わかってるよね。
「そう言ってくれて助かる」
やっとここで、霧峰さんは一息大きく息を吐いた。どれだけ気持ちが張り付いていたのか、私にでさえ良く分かるぐらいに大きい一息だった。
「二週間……いや、十日でいい。その間は大人しくしていてくれ。その間にカタをつけてやる。
その間の生活はここのホテルを使ってくれ。部屋は既に用意してあるし、生活で必要なものは全てこちらで用意する」
霧峰さんは息を吐くことが出来たが、こっちはまだ息を詰めたままだった。聞かないといけない事はまだある。
「学校はどうすればいいですか?」
「どこで襲撃があるかわからんし、出来れば行かない方がいいが」
「お父さんなら学校は休むなと言うと思います」
「……そうだな。であれば、警護にタナカを付けてやる。間違いのない人選だ」
今となっては、私は学校に行く必要があると思っていた。それに、監視が無くて一人で居る時間が欲しい。
そういう意味でホテルに居るのはダメだと思ったし、警護なんてもっといらない。
「警護なんて必要ないです。行き帰りぐらい、一人で出来ますよ。
田中さんは霧峰さんの方を守っていて下さい」
啖呵を切ってから、ちょっと失敗したかなと思い直す。
私がこんな言い方しても全然説得力出ないよね。どうすればいいかな……
”空城の計とでも言ってみなさないな”
「そう、空城の計です」
意味は理解できなかったけれど、イナンナ様に促されるままそう呟いた。
霧峰さんの顔に驚きが出た後、前よりも暗い表情に戻っていく。
「はっ……関係者の娘でもあり、神が降臨したと噂の娘をノーガードにしろって事かよ。危険だが、確かに……下手に護衛をつけるより効果的でもある……か?
悪手過ぎるからこそ、普通に考えたら怪しすぎて逆に手は出なくなるな。それに、護衛が必要ないなら、タナカをこっちで使えるのも利点としては大きい」
口から洩れる霧峰さんの言葉で、私もその意味を理解する。
(それ、私結構危なくないですか?)とイナンナ様に聞きたかったが、この際そんな事は言えない。
「まだ学生の小娘だと思っていたが、もう立派にじいさんの娘として育っていたんだな」
そう言った霧峰さんの目は、お父さんが私を見る目のようで……
ああもう、気持ち悪い。
「ええ、私は稲月の娘です。だから、大丈夫です」
嫌悪感は表情には出来る限り出さずに、けれど、胸はここぞとばかりに張ってそう答えた。
「わかった」
そう言って頷いた霧峰さんの表情は暗いながらも真摯なまなざしだった。
「奈苗ちゃんの言う通り、護衛は一人もつけない事にする。一応学校や関係各所に連絡は入れるが、明日からも普通に生活するようにしてくれ。
もう一度言うが、奈苗ちゃんの為にも十日でカタをつけてやる。だからそれまで大人しくしていてくれ」
「はい」
そう言って、話は終わりになった。
寝ているりるちゃんを起こさないように抱き上げると、田中さんに連れられて私は階下に用意された部屋へと案内された。
普通よりちょっと広めなツインベットの置いてある部屋で、勉強用に用意してくれたらしい机の上には教科書が、片方のベッドの上にはビニールに包装されたままの新しい制服が置いてあった。
ここが私の新しい住処。
空いているベッドに寝ているりるちゃんを滑り込ませる。
私はお父さんの仇を討つまでは、泣くわけにはいかない。強くならないと。
……りるちゃんの寝顔は可愛かった。その寝顔だけは昨日と全然変わらなくて……
寝ているりるちゃんの頭を撫でてあげながら、私はその布団にポタポタと幾つかの染みをつけていた。
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