2-22 甘くて幸せ? 日曜日

 日曜日だけれど、今日はお父さん外に出かけました。夜まで帰って来ません。


 ででーん!


「お父さんのいない間に、奈苗の三時間クッキングー」


 お父さんが居ない事を良い事に、台所で一人、三分間クッキングの真似事をしてみる。


”ナナエ、何やってるの?”


(いや、料理ですよ?)


「今日はチョコレートを作ります。

 チョコレート。

 どうしてって、4日後は2月14日バレンタインデーですからね。

 今から用意しておくのです」


 材料をテーブルに並べながら一人で喋っていると、気になったのかりるちゃんがこっちに来た。


「チョコレート?」

「そうよ、りるちゃん、チョコレート。甘くておいしい食べ物よ?」

「おいしいもの食べたい!」


 りるちゃんも喜んでいる。期待に応えれるように頑張って作らないとね。


 私は今日は朝から機嫌が良かった。

 どうしてって、昨日家に帰って来た後で、お父さんから、「明日からは普通に学校に行っていい」と言われたからだった。

 イナンナ様が降臨した事についても、お父さん(それと、多分霧峰さんも)が方々に手を回してくれているんだろう。それ以上の事は何も聞けなかった。聞かなかったというのも事実だけれど、私はお父さんの事を信じているから。聞かなくてもいい事は聞かない方がいいと思うしね。


 あれだけ行きたくないと思っていた学校が、一日で行きたいと思うようになるのも現金な話だとは思うけれど、仕方ない。

 これで普通になれるんだから。

 ……とは言え、魔法はすぐに使えるようになるとは思わないけれどね。


「さて、チョコレートの作り方だけれど……どうすればいいんだろう」


 気分を取り直してから、私は材料を並べたテーブルを見てちょっと思案する。


”ナナエ、大丈夫なの?”


「大丈夫ですよ。味の事を考えていただけですから」


 何味が好きかなー……って、例えばお父さんとか、りるちゃんとか、あとは……

 水代先生の顔がちょっとだけ脳裏に浮かぶ。


「甘い方が好きー」


 あ、イナンナ様の質問に声で反応していたらしい。りるちゃんがそう返答した。


「じゃあ、りるちゃんのはたっくさん甘くしてあげるね」


 不自然さを出さずに淀みなくそう答えてから、私はチョコレートを湯煎で溶かし始めた。



 三時間後



 ……冷えて固まって出来上がったチョコを一口食べたりるちゃんが、私から逃げた。


 泣いて逃げた。


 逃げてから泣いた。


「おいしくない!!!! ななえきらい!!!」


 ……私も、出来たチョコを一口食べてみた。


”おいしくない!!! ナナエ料理下手くそ!!!”


(イナンナ様、味分かるんですか……?)


”わからないわよ。でも、あなたの顔を見ればわかるわ”


 食べた私もこう言いたかった。



(おいしくない!!! 奈苗料理下手くそ!!!)



 うるさい、泣きたい。

 どうしてこうも不味くなっているのか。チョコレートって溶かして味付けて固めるだけでしょ?

 ちゃんと料理の本を見てやったのに。


”……ねぇ、ナナエ。料理の本、いつ見てたの?今そこに何もないわよね?”


(えーと、二、三か月前ぐらいかな。記憶をたどって作ってみたんだけれど……)


 どことなく視線を外すように上を見てごまかす。


”で、その結果がこれ?”


(う……)


 どことなく私の顔に汗が浮かんでいる気がしなくもない。


(チョコレートに砂糖を入れて、洋酒とナッツを少々入れて、後は隠し味に、ちょっとこの黒い飴を溶かして入れただけなんだけれど。

 多分隠し味が隠れていなかったのが不味かったんですかね?)


 そうイナンナ様に話しかけながら、私は飴のパッケージを手に取る。

 その飴はお父さんがヨーロッパに出張に行った時に買ってきたもので、ずっとずっと家に放置されていた食べ物だった。

 アルファベットだけれど、英語ではなくて、多分、北欧語あたりでパッケージが書かれているため名前はちゃんと読めないのだが、お父さんが捨ててしまえと言っていたものを、もったいないからという私の一存で保存していた一品だった。


”どうしてそれを入れようと思ったの?”


(だって、チョコと同じで黒いですし……

 なんか変な臭いしますけど、少しぐらいなら入れたら化学反応して美味しくなるかな?って思って)


”……控えめに見ても最低ね”


 ……お父さんに昔言われたことがある。

 私は料理下手だから、少しでも凝ったものは作らない方がいいと。


”あんまり変なもの作ると、それに嫌われるよ”


 ……扉の向こうから恨みのこもった視線を飛ばすりるちゃんを見ながら、あんまり変なものは作らないようにしようと誓ったのでした。


 あ、その……サルミアク?とか読める飴の箱は捨ててしまい、残ったチョコは冷蔵庫にしまっておいた。

 チョコはもったいないし、他の人に食べさせるのは忍びないので、後日ゆっくり私の胃の中に捨てていこうと思う。

 お父さんとりるちゃんには後で買えばいいかな……


 部屋から逃げた後、ドアの外からのぞき込んでいるりるちゃんのジト目は、その後も続き夕飯後までは治らなかった。

 夕飯も……私の作ったものは食べたくないとりるちゃんが言い張ったので、店屋物を取らないといけなくなり、その分、私の来月の小遣いが減らされることになってしまったのでした。



* * * * * * * * * *



「疲れた」


 夜も更け、寝る体勢を整えて布団に入ってからそう独りごちる。

 多分、もうこれから、死ぬまでは一人の時は無いとわかっているけれど。


”お疲れ様”


 聞こえてくるイナンナ様の声。


「イナンナ様、何か言いたげでしたよね。今日とかずっと」


 考えるだけで伝わるけれど、わざと口に出してみた。


”あら、気づいていたの?”


(だって、イナンナ様が妙に静かだったんだもの)


 思考の会話に戻す。


”それで気付けるなんて、なかなかやるじゃない”


(気付きますよ。今までと違いますしね)


 褒められている気がしない。逆に気がささくれ立つ。


「それで、何が言いたかったんですか?」


 念を押すようにわざと声に出すと、独り言をする変な人だよねと思ってしまう。今は、部屋に誰もいないからいいけれど。


”これから、どうするつもり?”


 それは、凄くシンプルで重い質問だった。


(どうもしませんよ。普通の学生生活を送るつもりです)


 それが今の私の望み。普通の魔法使いとしての学生生活が出来れば御の字だった。


”出来ると思う?”


(……)


”賽は代わりに投げちゃったから後は頑張ってね。

 そうそう、私は私の用事があるから、過度に期待してもダメよ? じゃ、おやすみ、ナナエ”


 私が何を言うまでもなく、そこでイナンナ様はあっさりと話を打ち切った。

 本当にそれはあっさりとした言葉で、だからこそ私に反論も思考の猶予も無いものだった。

 ただ一つ思ったのは、頑張れるといいですけどね、の一言だけだった。


 その後、ホントどうしようかなぁと考えようとしたのも束の間、今日の睡魔は思ったよりも早く、私を夢の世界へと連れて行ってくれたのでした。



* * * * * * * * * *


 そして、私は夢を見る。


 これは新しい夢で、多分朝起きたら意味のない記憶に戻ってしまうような夢。

 私は、知らない誰かと話していた。そして、何かに飛び込む。

 私は、知った顔とも話をしていた。

 誰だこれ? うん、この顔は男の人だ。

 顔を叩かれそうになった。腕を掴んで防ぐ。

 女の顔を叩くなんて、酷い男だ。

 誰だろう、この顔。

 男で知っている人は数少ない。

 お父さん……いや、ちがう、もっと若い。

 これは多分。


* * * * * * * * * *



「おはようございます、イナンナ様」


”おはよう、ナナエ。わざわざ声に出さなくてもいいのに”


 いつもの時間に起床した。

 ああ、今日も普段通りの月曜が始まる。いつも通りの億劫な月曜かなぁ……って思っていて、夢の事なんてすっかり記憶から無くなっていた。

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