2-21 食い違う何か

「足りないならまだ食べる?」

「たくさん食べられないなら、酒のアテみたいなものだけれど一品料理もあるわよ」

「お茶ぐらい飲む?」


「あ、ううん、お茶だけ貰おうかな……」 


 食べ終わった後、どこぞのおばさんかと思うぐらい夜野さんは世話を焼いてくれていた。

 食べ物はまだ食べようと思えば食べられるけど、財布の中身が心もとなかったので私は全部断った。

 サービスとは言われたけれど、上天ぷらうどんの値段は1500円近くて、それが二人分だと手持ちが……な状態だし。


 りるちゃんはもっと食べたそうにしていたけれど、私が話をしている間は大人しくしてくれていた。


「夜も遅いし、そろそろ帰るね」


 貰ったお茶を飲んで一息ついた所で私はそう切り出した。

 そろそろ時間って事もあるけれど、こう、なんか、友達? と話すことの少ない私には、場が持たなくなってきていた事もあって、切り出すタイミングはここしかないって思ったのが事実だった。


「あら、もう帰るの? まだ居ても構わないよ?」

「もう八時過ぎたし、そろそろ家に帰らないと」

「そう……そうね。親御さんに連絡してみたらどうかしら? 親御さんが良いならもう少し居ても……」


 引き止めたい雰囲気をバリバリ出している夜野さん。

 夜野さんってこんなキャラだっけ?


 連絡してみたら? と言いながら出された携帯電話は、丁重にジェスチャーだけでお断りした。あんなものを触って壊したら困る。

 魔力のコントロールが出来ない私には、何の気なしに携帯電話を渡されて触った瞬間に異常な量の魔力が流れて壊れてしまう。そんな事を既に片手では済まなぐらい経験しているのだから。


 代わりに、お店に置いてあるピンクの公衆電話を使った。

 20円先に入れておいてから家に電話を掛ける。


 ジリリリリ ジリリリリ ジリリリリ


 三回目で電話が取られた。


「はい、稲月です」

「あ、お父さん?」

「うむ、奈苗か。今どこにいる?」

「今、友達のうどん屋さんにいるの。これから帰るから30分ぐらい後になるかな」

「うどん屋か。もしかして、よるのうどん屋か?」

「あれ、お父さん知ってるの?」

「ん? うむ、たまに使っているからな。それより、今日は遅いからタクシーで帰って来なさい、金は着払いで問題ない」

「……わかった」


 そのあと、いくつか要点だけ簡素に伝えて20円、6分の未満で電話を終える。


 ……お父さんの羽振りの良すぎ。どうしたのだろう? 普段は絶対、タクシーなんて言葉すら出さないのに。


「稲月さん……どうかされたの?」

 

 あー、驚いてる表情見られたかな。


「ううん、お父さん、タクシー使って帰ってこいってさ」

「そう……それなら仕方ないわね……」


 いつものかっこいい夜野さんはどこに行ったのやら、残念そうな表情を隠さない彼女は新鮮な感じだった。


「あ、でも、また食べに来ていい? りるも気に入ったみたいだし」


 うんうんと頷くりるちゃん。かわいい。


「うん、ぜひ来てくださいな! 今回みたいに天ぷらまでサービスは出来ないけれど、大盛りぐらいならお母さんにお願いできるから」


 夜野さんも凄く必死そうなのになぜか綺麗に見える。

 多分私とは人種が違うんだろう。そうに違いない。


 私が帰ると言ってからも夜野さんの引き留め攻勢は続き、振り切ってタクシーに乗るのも一苦労した。タクシー代は流石に自分で払う事になったけれど、最終的にうどん代は奢ってもらってしまった。

 おかげで、タクシーに乗ってからは疲れて終始無言だった。


 ……私の中にいるイナンナ様以外は。


”一言だけ確認するけど、気付いてる?”


(何がですか?)


 後部座席に深く腰を掛け、りるちゃんに表情を見られないように下を向く。


”あの、夜野って女の事よ”


(夜野さんが何か? 態度が普段よりおかしいって事ですか?)


 イナンナ様が何かを感じていた。そしてそれを言いたそうにしているのは薄々私も気づいていた。


”……そうね。隠しているの、丸見えだったもの分かるわよね”


(そうですね、隠していましたよね)


”ええ、下心、丸見えだったわね。神が降臨したから仲良くなろうだなんて、やっぱり愚物は愚物と言う事ね”


(えっ?)


 それは私の想像と全然違う方向!


”いつナナエに私の事を聞こうか、あわよくば眷属に取り立てて貰えないかと聞こうか、って態度バレバレだったものね。

 ナナエも上手だったわよ。うまくそんな質問さえさせないように会話誘導をしていたものね”


 褒められたのは嬉しいけれど、とりあえずりるちゃんに顔を見られないようにしていて良かった。

 今の私の顔は多分変な表情をしている筈。


 一呼吸おいてから、イナンナ様に話しかけた。


(それ、私が考えている夜野さんが隠している事と違いますよ。

 夜野さんは、彼女自身が友達が少ないって話を、必死に隠そうとしていただけだと思いますよ。

 まぁ確かに、昨日の今日でイナンナ様の話を全くしないのはちょっとおかしいですけれど、夜野さんにそんな下心あったんですかね……?)


”…………”


 いい推理だと思ったのだけれど、この後イナンナ様は無言になって、最後には私に聞こえるように、はぁ、とため息をついたのでした。


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