2-20 衝撃のうどん屋

「ここ、安くて美味しいから」


 と、夜野さんに勧められて、私たちが最後に連れてこられたのは、街中からちょっと離れたうどん屋だった。

 ちょっと古めかしい感じの建て構えで、《夜之うどん屋》と木板に屋号が書いてあった。


「ランチタイムも営業しているけれどね」


 そう言う夜野さんを先導に、私達は店に入る。

 店の中は古さはあれど小奇麗なうどん屋で、カウンターの中に体格の良い中年のおばさんが一人。土曜の夜なのにカウンターにまばらにしか客はいなかった。


 店員のおばさんが夜野さんを見て一言。


「いらっしゃいませーって、なんだ。読子よみこかい。おかえり」


 ん?

 お帰り?


「夜野さん、ここって……?」


「うん? 私の実家よ。やのうどん屋。安くて美味しいうどん屋よ」


 《夜之うどん屋》……よるのうどんや、じゃなくて、《》なのね。


 一度も聞いたことが無かった。クラスの万能委員長と評される夜野さんが、うどん屋の娘さんだったなんて。その物腰から推測するに、私より良家の育ちかと思っていたのに。

 今着ている服だって全然ここのイメージとかけ離れているし。面と向かってこんな事言っちゃダメだけど。

 でも、デキる委員長が実はうどん屋!ってなんかすごいと感じてしまう。

 単純に、デキる委員長ってつけるだけで何でもかっこよく感じてしまう私はダメなのかな。


「テーブル席は空いてるから適当に座っていいわよ」


 頭の中で夜野さん凄いと繰り返しながら、促されるままに私とりるちゃんは空いているテーブルに着く。

 夜の七時を回ったぐらいなのに、テーブル席は全て空いていた。


「あんたが友達を連れてくるだなんて、どういった風の吹き回しだい?読子」

「客が少ないから連れて来たのよ」

「客が少ないは余計だよ。それにしても、珍しい事もあるもんだね。初めてじゃないかい?」


「……そうかもね」


 厨房のカウンターを挟んで、夜野さんと、夜野さんのお母さんらしきちょっと体格の良いおばさんが話をしている。


「……あの方、夜野さんのお母さん?」


 話が切れた際にこっそり聞いてみる。


「そうよ」


 と、言った後に、夜野さんはちょっと大きな声でおば様に呼びかけた。


「お母さん。こちらはクラスメイトの稲月さんと、妹さんよ」


「あ、は、はじめまして。稲月です。いつも夜野さんにはお世話になっています」

「おせわになっています!」


 椅子から立ち上がって二人で挨拶する。りるちゃんも挨拶はしっかりできている。


「稲月って、あの有名な稲月の娘さんかい?」


 顔を見てから、おば様は私に聞いてきた。

 お父さんはこの街で有名だから、その稲月で多分間違いない。そう思って私は頷く。


「そう、読子は友達が少ないから、よろしくしてあげてね」


 その言葉を受けて、にっこりと微笑む私。でも、内心は結構焦っていた。

 「わかりました」なんて絶対言えない。実際お世話になってるのは私だし、友達の少なさは間違いなく私の方が少ない。ゼロだし。


 そもそも、夜野さんは友達少ないの?と言う疑問の方が先に浮かんでくる。


 確認しようと思って夜野さんの方に顔を向けると、彼女は睨みつけるようにじっとこちらを見ていた。


「コートは壁のハンガーに掛けていいから。さ、早く座って」


 その表情のまま彼女は私達に早く座ってと急かす。


「なんでも好きなもの食べていいわよ。手前味噌だけれど、味は保障するわ」


 コートを脱いだ後で席に着くや否や、メニューを手渡してくる夜野さんは、普段と違う、なんだろう? ちょっと赤らめたような? 表情をしていた。


 メニュー渡しながらその表情って……保証するとは言ったけれど、うどん、本当は美味しくないのかな?


 おかしいとは思ったけれど、突っ込みはしなかった。本当にそうなら突っ込んだら可哀そうだし。


 メニューを見た後で、私はたぬきうどんを注文した。理由は値段。かけうどんはちょっと寂しいし。

 字がまだ読めないりるちゃんも、同じものを頼んであげた。

 二人でこれなら予算内で間に合う。


 そして、出てきた私たちのうどんの上には、大きなかき揚げと大エビの天ぷらが各自一本ずつついてきていた。


 うん、これは私の知っているたぬきではない。


「あの、おば様、これ……たぬきうどんじゃないですよね?」

「揚げ玉もちゃんと入ってるよ。あとはサービス。読子の初めての友達だしねぇ」


「えっ?」


 たぬきうどんじゃないたぬきうどんにも驚いたけれど、夜野さんのお母さんの言葉に聞きなれない単語が混じっていた気がする。


 初めての友達……?


「お母さん!」


 続けて、テーブルを叩く音と一緒に、あまり聞いたことのない夜野さんの大声が響いた。


「なんだい読子? あんた、そんな格好してお高く留まってるからダメのよ。もう少し普通にしたらどうなんだい? それに、客が居なくなったからってあんまりうるさくしちゃダメだよ」


 夜野さんのお母さんは大声なんてどこ吹く風とばかりに受け流す。


「ほら、あんたの所には油揚げ二枚乗せといたよ。一枚はサービスだからね」


 そう言われて、すぐに夜野さんは静かになった。

 テーブルを叩いた衝撃でどんぶりから汁が零れていないか確認するそぶりを見せた後、彼女はゆっくりと私に言った。


「……うどん、美味しいから食べてみて」


 と、ほんのり顔を赤らめながら、私とは目を合わせずに自分のうどんを見つめている夜野さんを見て、ようやく気付いた。


”ナナエはほんと鈍いわよね”


 それはイナンナ様に言われなくてもわかっているけれど、夜野さんが恥ずかしがっているんだって、ようやく私は気付いた。

 だから、さりげなくここは水に流して、うどんを食べて褒めてあげよう。


 そう思って、まずは汁を一口飲んで、それからうどんを啜る。


 あ、これ普通に美味しい。


 汁は醤油濃い目の黒い色で、しょっぱいのかと思ったけれど、塩分よりもダシが良く効いていて美味しく飲めるレベル。

 かき揚げも揚げたてでサクサクしていて、つゆの染みているところと染みていないところの差がこれまたおいしい。

 海老は……うん、大きい衣がつゆを沢山含んで美味しかった。

 最後に、うどんだけれど、ちょっと太めの白いそれはすごくコシがあって、噛めばうどんの自体の味がして、黒いうどんつゆとのコントラストも美しく、とても美味しかった。


 一口一口美味なるうどんを味わっていく。ふと気になって横を見ると、りるちゃんは先にうどんも天ぷらも食べ尽くしていて、ついでに汁まで飲み干していた。


 早いよ、りるちゃん。


「うどん、気に入ったみたいね」

「うどん?」

「そう、うどん。その食べ物の名前よ」


 夜野さんにうどんを教えてもらったりるちゃんが、空になったどんぶりと夜野さんを交互に見る。


「うん、うどん美味しかった。納豆よりも美味しかった!」


 私は頭を押さえたのでした。

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