2-15 おめでとう、と静かに
職員室で他の先生たちに事情を話した後、私は学校に呼び出されたお父さんと先生とで、三者面談を受けていた。
「と言うわけです。稲月さんのお父様」
「それは間違いないのか?」
「ええ、その場で私とクラスの生徒全員が見届けました」
お父さんと水代先生の会話には、いつになく重苦しい雰囲気が漂っていた。
「本当に、「依り代と為す」と言ったんだな? 間違いないのか?」
お父さんが、強く念を押して確認をし、「間違いありません」と先生が返す。
それを聞いて脱力し、ソファーに深く腰を沈めるお父さん。
「この件は、我が校始まって以来初めての事になります。
後ほど、校長の方から今後に関して相談させていただくかと思いますが、その際はよろしくお願い致します」
(あー、神様が降臨するのって、やっぱり初めてなんだ)
二人の会話の重さ具合から、私は事の大きさを感じる。
”それはそうでしょ”
(ですよね、イナンナ様)
一旦話のキリがついたところで、先生は私の方を見て、仰々しく頭を下げた。
「この度はおめでとう、稲月さん」
そして、頭を上げてから、改めてお父さんの方を向いてこう言った。
「これは一私人としてですが、お父様、心中お察しいたします」
先生、それって褒める言葉では無いですよね? 言葉間違ってますよね?
「……」
当然、お父さんもそれには返事をしなかった。
お父さんの顔はずっと渋いまま。
「先生?」
と。私は代わりに声を掛ける。
振り向いた先生に「おかしいですよ?」と、声を掛けようとした時、イナンナ様からの声が響いた。
”止めときなさい。あなたの父親の心中を察してあげるべきよ。ナナエ”
(え? どういうことですか?)
”鈍いナナエの為に教えてあげるわ。
以前説明した筈よ。神降ろしをして私の依り代になると言う事は、いずれあなたという存在は消えてしまうと。
いずれ子供が消えてしまう未来を知っていて、それを素直に喜ぶ親がいるかしら?”
すーっと私の顔から血の気が引いていく。
ストレートに言われると私にも理解は出来たけれど、その言葉はザックリと心に刺さった。
(お父さんと先生は、それを知っていて?)
”そうよ。だから、私は隠しておいてと言ったのだけれどね”
(そう……なんですね)
最初に会ったときにイナンナ様が存在を隠しておいてって言っていたのは、私への配慮もあったんだ。とようやく私は理解する。
とは言え、理解は出来ても、感情的なところはついてきていなかった。
(もうなんか、イナンナ様のせいで私の人生めちゃくちゃじゃないですか!)
言った所でどうにかなるわけじゃないと心の中ではわかっていたけれど、それでも感情から来る思いは強く出てイナンナ様に届く。
けれど、反応はあっさりとしたものだった。
”その件はすでに謝ったわよ。普通の人生にはさせないって。
それに、私の予定も狂っているからおあいこ様よ”
(……そうでしたね。イナンナ様、隠れたかったのに正体バラしちゃいましたもんね)
覆水盆に返らずというか、熱くなった心に、一気に冷や水を浴びせられた感じがした。
前後を塞がれて前にも後ろにも行けないような気分が私の中に広がる。
元には戻らないし、この先の先は考えたくない状況が待っている。
はは……あはは。はぁ。
ああもう、いい加減開き直った方がいいのかな?
開き直って考えてみると、なんかこの状況が悪魔の契約みたいな気がしてきた。契約したらいいことあるけれど、最後に魂取られちゃうやつ。
今の私の状況も同じで、期限ありで最後には死んじゃうけれど、これからはイナンナ様の力を使っていい人生送れそうだよね。魔法も使えるようになるかもしれないし、依り代となったことで今みたいな生活よりもっといい生活できたりもしそうだし。
いい生活……そうね、いつも贅沢なホテル暮らしとか、今までの煎餅布団じゃなくて、高くてやわらかくてふかふかのベッドとか? ご飯も、毎日バイキングで美味しいもの食べられるとかだったらうれしいかな。
ん、そうだ、イナンナ様の力使ったら、私にも彼氏できるかもしれないじゃない。どうせ無理ってずっと諦めてたけど。
彼氏……と考えた所で、その先の事まで妄想を膨らませてみる私。かっこいい彼氏と学校帰りに、箒で二人乗りしてデートとかしてみたいなぁ。晴れた日に魔法で空中に霧雨を吹いて、出来た虹のリングを箒で潜っていくやつ。
現実的にそんな事できるとは思っていなかったけれど、テレビドラマで見たシーンは私にも憧れるものがあった。
彼氏がいたら、出来たらやってみたい。うん、すごく。
相手は誰だろう……年上がいいな。かっこ良くて大人の人……うん。お父さんまでとは言わないけれど、包容力のある大人の人が良い。
「稲月、何か言いたいことがあるのか?」
そこまで考えた所で、先生の言葉で私は現実に引き戻された。
「あああ、いえ、なんでもないです!」
決して水代先生を彼氏役に当てはめて妄想していただなんて、絶対にそんなことは無いです! とは当然口には出さなかった。
「そうか、色々大変だとは思うが、これからも学生生活を全うしてくれ」
水代先生からは事務的な口調でそう言われ、イナンナ様からは詰めたい口調でこう言われた。
”邪な事考えていても、私は助けないわよ”
どっちにも「はい」としか言えない、そんな状況だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます