2-13 私の決断

 案の定と言うか、クラスの中は進路の話で持ち切りになっている。

 私は顔を伏せた状態のまま、まずは近くにいる男子グループに耳を傾けてみた。


「お前どうするの?」

「え、俺の家、農家だからさ。頑張ってニヌルタ様の所に選ばれないがどうか試してみようと思うんだ」

「しっぶぃなぁー」


(ああ、神魔法の方専攻する人、他にもいるみたいですね。

 農家の家系で、農業神ニヌルタ様ってのは確かになかなか渋い選択ですね。うまくいったら家が助かるでしょうし)


「断然ギルガメッシュ様でしょ」

「あ、俺も俺も」

「バカじゃん、おまえら絶対無理だろ」


(それに比べて、見栄えを求めるこちらの男子たちは無謀ですよね。

 人の神のギルガメッシュ様は男子の一番人気ですけれど、これもイナンナ様以上に眷属が出た話なんて聞いたことすらないレアな神様ですし)


”……”


(イナンナ様はどう思います?)


 ……気配はあるのだが、無言だった。

 待っても返事が来ないので、他のグループに耳を向け直す。


「私は普通に魔術科でいいかなぁ。近代魔術史とかやりたいし……」

「私はイナンナ様がいい!」

「えー、高望みー!」


 女子は女子とて、やっぱりこういう声も多かった。


(イナンナ様、ご指名されていますけど)


 そこに居る感じはあるのだけれど、イナンナ様に話を振ってもやっぱり返事はない。


(……答えないんですね)


 机に伏したままで聞き耳を立てたままでいると、他の女子がちょっと気になる話をするのが聞こえた。


「イナンナ様を選べるのって、夜野さんぐらいじゃないの?

 成績もいつも上位だし、なんか気品を感じるのよねー。クラスメイトの私が言うのもなんだけれど。

 イナンナ様って、そう言うの好きそうなイメージじゃない?」


 これは……正直、私もそう思ったことがある。

 今の状態になる以前に進路の話考えていて、イナンナ様を専行する人がもしいようものなら、夜野さんぐらいじゃないかって。


(どう思います? イナンナ様?)


 そこの所をどう思うのか聞きたかったのだけれど、またも返事は無かった。


(突然返事が無くなると、心細くなるんですけど……)


 イナンナ様は私の声を理解しているとは思うので、なるべく伝わるように考える。


 いつもは四六時中居たら居たで煩いと感じるのに、急に静かになると何が起こったのか心配になってくる。

 もしかして、イナンナ様は私が説明下手で怒ってるとか?


”そう言う訳ではないわ。ちょっと考え事をしていただけ”


(あ、出て来ましたね)


 返事が返ってきてちょっとだけ安心した。


 ここでキーンコーンと始業のチャイムが鳴り、クラスメイトは各自席に着き始める。

 誰も話しかけられないタイミングでゆっくりと顔を上げたのだけれど、私とイナンナ様との脳内会話はまだ続いていた。


(ところで、イナンナ様)


”何?”


 一つだけ、私はイナンナ様との関係で聞きたい事があった。


(イナンナ様が考え事している時って、私には何も伝わらないんですか?)


”当たり前じゃない。私の考えている事まで伝わっていたら、気持ち悪いわ”


(でも、私の考えていることは、話しかけてないときも全部伝わってますよね?)


”当たり前じゃない。あなたの考えている事は全部筒抜けよ?”


 ああ、やっぱりそうだ!

 イナンナ様と私関係って、私のプライバシー全然ない!


(それって、不公平じゃないです?)


 その気持ちを素直に言ったけれど、イナンナ様は笑いながらこう私に返した。


”ふふっ。

 神である私と、供物エサであるあなたが対等であることの方が不公平よ、ナナエ”


 それは、ぐぅの音も出ない完全な神様理論だった。


”言ったじゃない、ナナエはただの人間扱いして欲しいんでしょ? だから、これが相応なのよ”


(はい、確かに私そう言いましたね)


 イナンナ様にまで人間扱いされなくてイラついた事を思い出す。

 その時確かにそう言った……よね。これは全く持って勝ち目がない。


 さらにイナンナ様はいいタイミングとばかりに、私に追い打ちをかけて来る。


”ところで、ナナエは進路希望はどうするの?”


 もはや、私にはその回答を引き延ばす事は無理そうだった。


(普通に魔術選択ですよ。実践的な事は絶対にダメなんで、基礎魔力工学とか研究しようかと思っています。

 魔力の発生や維持のメカニズムがわかれば、何か私の事に役立てれるかもしれないですしね)


”ふぅん……”


 私だって、一応はちゃんと自分の進路を考えていた。でも、その答えはいつも通りイナンナ様に軽く流されてしまう。

 ちょっと肩透かしを食らった気になったのだけれど、返事はそれだけかと思って私も流してしまっていた。


 本当はこの時に、イナンナ様が何を考えていたのかちゃんと聞けばよかった。そう思った事は後の祭りではあるんだけれども。



* * * * * * * * * *



 クラスメイトが着席した後で、担任の水代先生がプリント用紙の束を持って教室に入って来た。

 教壇に上がって一言。


「さっきの授業中の事は知っての通りだと思うが、その罰として、朝倉は今日から五日間の停学処分となった。

 事件の後遺症も考えられる状態だから退学処分とまではいかないが、少し頭を冷やしてもらう事になる。

 数人まだ休んでいるクラスメイトがいるのはわかっているが、ここにいるお前たちも、よく考えて行動して欲しい。むやみやたらに魔法を使うのは禁止だぞ」


 あ、はい。


 直接的な視線は刺さらないものの、教室中の重い空気がなんだか私の所に集まってきていた。


「この時間は予定通り、進路相談と決定を行う。詳しくは先週話した通りだ。

 各自、進路は決めて来たか? 決めた奴は配った用紙に名前と進路を書いてくれ。一応、第三候補まであるからちゃんと書くようにな。

 魔術以外で専攻決めた奴は、定員を大きく超えた場合は考査があるが、基本的には第一志望が通ると思っていいからな。

 ただでさえ定員割れが続いているから、やりたいことがある奴は無理だと思わずに書くように。

 それと、もし白紙で出した奴は合同オリエンテーションの後で最後のカウンセリングをするからな」


 話し終えた後、水代先生はプリントを配っていく。

 前から後ろに手渡されるプリント紙には、クラスと名前と専攻を書く為の空欄があった。


 クラスの中がざわついて、個々人がそれぞれ思い通りに専攻を書いている。


 ……私は、一言、第一志望の所に「魔術」とだけ書いた。


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