2-6 何それ?

「えっ……どういうことですか?」


 昨日から何故? と、どうして? と、どういう事? と、疑問と質問しか出てこない気がする。


「ここからは、ナイショの話だ」


 と、霧峰さんはお父さんの方を見た。お父さんも小さく頷く。


「一昨日は詳しく説明しなかったが、俺もベール教でのお仕事があってな」


 ベール教とは、大神マルドゥク様を主に据える世界最大の宗教のことである。

 うちの宗教でもあり、お父さんも今はそこでそれなりな立場にいる。


「確か……霧峰さんって、教皇位継承者なんですよね?」


 その繋がりで、教皇位継承者だと説明した霧峰さんとお父さんは知り合いなのだそうだ。一昨日の事を思い出したけれど、その時はあまり深い事は聞いていなかったはず。


「ああ、覚えていてくれたか。一昨日も言ったけれど、教皇位継承の14位なんて、継承リストの紙切れをはみ出して、裏側に書いてあるようなもんだ。

 リストに名前があるだけで、絶対に回ってこないやつだな」

「だから、偉い人とはいっても時間も好きに取れるから、お父さんの所に立ち寄りに来たと言ってましたよね?」


 最初に話をした時に、偉い人なのに随分とざっくばらんな感じの人だなという印象を受けた事を思い出す。


「大体間違っていないさ。ここに来た理由の半分は、りるを預ける為にだしな」

「半分?」

「ああ、それが半分だ。もう半分はな」


「正義の味方をするんでしょ」


 と、霧峰さんの代わりに、りるちゃんが言葉を続けた。

 その後すぐに「ふふーん」と鼻歌を歌いながら、ポットから急須にお湯を入れてお茶を作ってみんなに淹れている。


「正義の味方?」

「カズオミ、そう言ってた。正しい事をするんだって」


 私の言葉に、りるちゃんはそう答えた。


”はぁ?”


(それは私のセリフです、イナンナ様)


「そうだな、りる。まぁ、半分は正しい事をしに来たわけだ」

「正しい事?」

「正確には、正すために来た、だけどな。

 簡単に言うとだ、悪い事をする輩がここらに居ると聞いたもんで、退治しに来たわけよ」

「はい?」


 意味わからない。パッと思いついたのは桃太郎の鬼退治みたいな感じだったのだけれど、先を聞くにつれて私は見当違いを思い知らされる。


「一昨日の襲撃事件はな、悪い輩からの襲撃があると情報があったんで、街全体に悪い輩を誤誘導するような魔法を掛けて、囮の家で待ち伏せしていたんだよ。

 魔法の耐性が高いと聞いていたから囮には引っかからないと思っていたのに、奈苗ちゃんまで来るとは思わなかったけどな」


 ……霧峰さんが語っていることは最初に抱いたイメージとは全くかけ離れていた。


 それに、街全体に魔法……? そんな大掛かりな事、出来るの?


 ぽかーんとしている私を置いて、茶菓子でも用意しましょう、とお父さんが台所に行った。

 霧峰さんは、お父さんが居なくなったことも気にせずに話を進める。


「さて、全員勢ぞろいしたところで、待ち伏せされているとも知らずに悪者たちは色んな武器で襲い掛かります。ですが、襲われた方はちゃんと用意済み、ガチガチに守って、逆にパンパンドンドン。かくして、罠に引っかかった悪者たちは退治されました。

 と、まぁ、これは奈苗ちゃんも見た事だな。めでたしめでたし」


 大手で色々なジェスチャーを交えて話した後、ぱんぱんと拍手を二回で彼は話を締めた。

 そう思ったけれど、まだ霧峰さんの話しは終わらない。


「これで終わりと言いたい所だったんだけれど、調べてみたら悪者たちは予想以上に根が深そうでね。退治にはもう少しかかりそうなんだ。

 だから、俺は終わるまではこの街に居る予定だよ」


 所々は御伽噺のように聞こえたけれど、私には全くもって全然ピンとこなかった。

 結局のところあちこちがうやむやになっている気がするし。


「その……悪者って何なんですか?」


 だからこう尋ねた。


「それは……だな、詳しくは言えないけれど、人間と神様の敵ってヤツだ。

 人間と神の敵を退治するんだから、正義と言えるだろう?」

「霧峰さんは、それをやっていると?」

「そういう事だ。

 本当に教皇位継承なんて単なる紙切れさ。どこにでも行けるってだけの肩書だけで、やってることは単に悪事の尻拭い役だな」


 やれやれとばかりにジェスチャーした後、ピッとボックスからティッシュペーパーが飛んできて、霧峰さんはそれを掴んで鼻をかむ。


「いいね、魔力感知器アラームの付いていない家ってさ。

 防災だなんだで最近の家には義務化されているから、魔法使って下手な事すると煩くて叶わんのよ」


”相当魔法使えるわね、この男。魔力量も隠しているけれどかなり多いわよ”


 突然そうイナンナ様に言われても、私には彼がどうやって魔法でティッシュペーパーを掴んだのかさえさっぱりわからなかった。

 鼻をかんだ後の丸められたティッシュは、上手な放物線を描いて屑籠に入る。


”今のも見えた?”


(あれも魔法だったんですか?)


”いや、なにも使っていないわ。ナナエを試しただけ”


 あ、ちょっとイラっとした。


 それに反応したのは霧峰さんだった。


「まぁまぁ、奈苗ちゃん。そんなに怒ったような顔するなって。

 危ない事に巻き込んだ事は謝るさ。学校の事件も早く犯人を見つけるように手助けするよ。

 それに、りるを引き取って貰って感謝もしているしな」


 そう言われても、イライラしたのはイナンナ様にだし、学校の事件は……解決しなくてもいいんですけど。と思って口ごもったところで、続けられた言葉はこうだった。


「そうだ、お詫びがてらに、週末にテレビゲーム機でも買ってあげようか。おもちゃ屋で今人気なんだろ? りると二人で遊ぶといいんじゃないか?」


「本当ですか!?」


 思わず大きな声が出てしまう。

 

(……つい、ですよ?)


 頭の中で誰にともなく言い訳をする私。

 ついでに、ついちょっとだけ、身を乗り出してしまってもいた。


 決して、今までの話が全然現実味が無くてついていけなかったからじゃないです。

 その……決してテレビのCMで見ていて、ずっとやって見たかったとかでもないですよ?



”ナナエ、その自分に言い訳する癖、見苦しいからやめたら?”


 うっ。

 その心の痛みの元は、別の所からも連鎖して私に突き刺さる。


「若、そこまでは私が許しませんぞ」


 それは、茶菓子と一緒に戻って来たお父さんの一言だった。

 降って湧いたような良い事なんてあるわけもなく、私の一瞬のトキメキはしおしおと消えていった。


「だ、そうだ。残念だったな」


 憐憫を感じさせる霧峰さんのその表情がさらに痛い。

 父が茶菓子を配り終えてから、霧峰さんはちょっとだけ居住まいを正して最後にこう言った。


「話を戻すが、簡単に話を要約するとだ。今、俺はちょっと危ない連中を相手に、そうだな、戦争みたいなことをしているわけだ。

 それの一環で、昨日や一昨日のような事が起きてしまったわけだな。

 とは言え、心配はしなくていい。一応、一昨日の件で件の輩に警告はしたから今後この家には被害や影響は出ないと思うよ。

 それに、迷惑を掛けたくないから俺は今晩からホテル暮らしに切り替えるしな」


 そこまで話し終えた後、彼はお茶とお父さんの持ってきたどら焼きに手を付け始める。

 固まったままの私を置いて、りるちゃんはとっくにどら焼きとお茶に夢中になっていた。



 神様が頭の中に居て、妹がいきなり出来て、お父さんの友人は戦争中で、それに巻き込まれたみたいで……? なに、これ?


 私はと言うと、矢継ぎ早に起こった事柄を挙げるだけで、ええと、精一杯で、お茶を飲むことさえ忘れていた。


”ナナエ、今すぐにでなくていいから、後で考えて整理してみなさい”


(そうします、イナンナ様)


 色々な事が続き過ぎた私の頭は既に限界で、その一言にすがるしかなかった。



「奈苗、何も問題はない。明日からは普通に学校に行くように」


 最後に、お父さんの一言でこの場は〆られる。


 ああ、こんな状況でもやっぱり明日は学校行かないといけないのね……

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