2-5 答え合わせ?
どうしてそうなったかわからない。
みんなが無言で食後のお茶を飲んでいた。
子供の筈のりるちゃんまで、止まることなく番茶を飲んでいた。
何事も無いはずの朝ごはんの時間は無事では終わらなかった。
「面倒くさい話をする前に、この状況か……」
と言ったのは、お父さんの知人である霧峰さん。
「もうしないわ、りるちゃん」
”しない方がいいわね”
(うん、イナンナ様に誓って、もうしない)
どうしてそうなったかわからない……とは思いたいけれど、多分原因は私。
四人で朝食を食べているときに、りるちゃんが「ななえ、何食べているの?」と聞いてきたからあげただけなのだ。
お父さんと霧峰さんはパックを開けた時から嫌な顔をしているそれは、何のことも無い、普通の納豆。
そして私の好物。
欲しいと言うからりるちゃんのご飯に乗せて食べさせてみたら、咀嚼の後にみるみる顔が曇っていき、泣きそうになっていったのだ。
「あれ……美味しくない?」
りるちゃんは全力で首を縦に振る。その動きで味をさらに感じたのか顔がさらに青くなっていく。
「ちょ……大丈夫?」
全力で首を横に振る。動いた事で今度は顔が白くなっていく。
その後は何というか、大泣きされた。
なんとか口の中に入れた分は飲み込んだようだけれど、大泣きしているりるちゃんの口からは十分な納豆の臭いを放って、納豆が苦手なお父さんと霧峰さんを遠ざけていた。
「おえええ、うえぇぇぇん」
そんなこんなで、楽しい朝食の時間は何故か悲惨な時間になったのでした。
* * * * * * * * * *
「お茶、もう少し飲む人?」
三回目の出がらしが入った急須をゆすって味を出す。私以外、全員が手を挙げた。
結局、新しくお茶を淹れ直して全員が落ち着いた頃には、食事が終わってからとうに一時間は立っていた。
「落ち着いた所でようやくお話をしよう。奈苗ちゃん」
話をしだして主導権を取ったのは、お父さんではなく霧峰さんだった。
「まずは君の学校からだ。
昨日、高等部の二年の教室で魔法を使った傷害事件が発生した。犯人は今の所不明。逃走中の恐れあり。幻魔法を使った形跡から、非常に高度な魔術を使える人間の犯行だと推測されている。
被害者の外傷は全員治療済みで、後遺症の心配は無し。生徒間で問題があった線でも捜査されているが、使った魔法を考えるとその可能性は薄いと言う事になっている。
ここまでで、何か問題はある?」
誰にも後遺症が出なかったことに安心しながら、「いいえ」と首を振る。
「じゃぁ続きだ。
それに関連することになるが、稲月家のお嬢様がパニックを起こし、一時間後に足稲山の麓で意識不明で発見、保護された。外傷は無し、朝ごはんも食べたみたいだし、今は見たところ問題なさそうだ。
これも問題ない?」
「はい」
「ここまでが、対外的な情報になるんだけれど」
ここで言葉を切って、霧峰さんは私に向き直った。
「本当は何かした?」
”ナナエは何もしていないわよ? 素直にそう言って”
イナンナ様に言われなくても、私はそう言うつもりだった。
「いいえ、何も。強いて言えば、何もしていない事と、怖くて逃げた事は事実です。みんなが私を疑うものですから……」
「それだけ?」
「ええ。それだけです」
半分は嘘でない。でも、霧峰さんはじっとこちらを見てくるのだから、思わず顔を伏せてしまった。
どうもこの人に見られるのは苦手。
一瞬の静寂が場を過ぎる。
私はこのまま何か、叱責の類の言葉が来ると身構えていたのだけれど、掛けられた言葉は全く違うものだった。
「いやぁ、何もしていないのか。それなら良かった」
えっ?
「奈苗ちゃんは何もしていないんだろう? 稲月家の大事な一人娘が傷害事件の犯人にならなくて良かったじゃないか。何かおかしいかい?」
言葉だけ取ると普通なのに、その言い方に強い違和感を覚える。
”怪しいけれど、隠す気はさらさら無い感じね。これで何か隠しているんだとしたら、大根役者もいいところね”
(私もイナンナ様と同じ意見です。
でも、私達の事だと思われてないってことは、好都合なのでは……?)
”隠したい何かの理由があるんでしょ。他の”
(他の?)
”そう、他の。この調子だと、すぐにわかるわよ”
訝しむ私を置いて、番茶を一啜りした霧峰さんは話を続ける。
「さて、これで奈苗ちゃんの方の話は終わり。そして、ここからがもう一つの話だ」
もう一つの話?
「一昨日の夜に、市内の民家で爆発事件があったらしい。
場所は、ここから学校を挟んで反対側ぐらいに位置するところで、間取りはちょうどこの家ぐらい。爆発の原因は不明で、特に居間の損傷が酷いそうだ」
間取りがちょうどこの家くらいで、居間の損傷が酷い……
「それってもしかして……?」
漏れた私の声に、霧峰さんの顔がニヤッとした。
「うん? もしかしたら、奈苗ちゃんは、魔法で幻を見てそこに行ったのかもしれないな。
そして、運悪く何かの理由で銃撃と爆発に巻き込まれたかもしれない」
”ね? 酷い答え合わせだけれど”
したりと言わんばかりのイナンナ様の声に、口には出さずに私は反応する。
(ね? じゃなくて、そんな事あり得るんですか? 私が家間違えることなんてないですよ。
それに、普通に考えて、銃と爆弾で襲われるような生活なんてしてませんし)
”……私じゃなくて、彼に聞いてみたら?”
もっともな答えを返された私は、そのままの疑問を今度は口に出して聞いた。
「……そんな事あり得るんですか? 私が家を間違える事なんてありえないと思うんですが。
それに私が見たものは確かに本当の……戦争みたいな感じでしたけれど……」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべる霧峰さん。
表情から読み取るに、この回答は予想通りだったらしい。
うんうんと頷きながら彼は話を続ける。
「うん、ここで話を繋げてみよう。
実はね、この民家の爆発事件の犯人は捕まっていないんだ。そして、奈苗ちゃんの学校に現れた幻魔法を使う犯人と言うのもまだ捕まっていない。
犯人は同一人物で、もしかしたら奈苗ちゃんはその犯人に幻魔法を使って幻を見せられたんじゃないかな?」
同意を求める彼に対して、脳内ではイナンナ様が反応していた。
”この回答、まだしらばっくれている感じがするわね”
(と言うか、言っている事、嘘ですよね? 学校の事件の犯人はここに居ますし)
”……”
無言になってしまったイナンナ様を置いておいて、真相を知りたい私はどう聞けばいいかを考える。
「でも、その……夜の家の時には、お父さんも霧峰さんもいましたよね?」
出て来たのはこの質問だった。暗に幻を見たのは私だけではないはずと含みを入れてみる。
「りるも居た!」
りるちゃんありがとう。
思わぬ援護は、さっきからずっとお茶を飲み続けていたりるちゃんからだった。
霧峰さんが私達を一瞥する。
二人から反論されるのは予想外だったらしく、彼は小さく肩をすくめた。
「そうだな、この言い訳はちょっと苦しかったな」
そう言ってから、お茶を啜り直してふぅと深く息を吐く。
「まぁ、当事者にとっては苦しい話だが、これもまた対外的にしている話だ。
凶悪事件が多発、犯人はまだ捕まっていない、ってな。
学校の件はちょっと予定外だったが、これからも事件はまだ増えると予測している」
挟んだため息からは、さも厄介事だと言わんばかりの雰囲気が漂っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます