2-4 普通じゃない

 あ……あれ?


 突然、空気が変わった気がした。肌寒かった空気が生暖かくて、真夏の息苦しさを覚えるような重さに変わっていった。


 これは……魔法で何かしている……?


”探られている。ナナエ、気をしっかり持って”


 イナンナ様にそう言われたけれど、探られているの意味が分からない。

 でも、体に纏わりついてくる空気が気持ち悪くて、私はお腹に力を入れて全身を緊張させた。昨日の夜と同じことだけれど、今回は意識して魔力をおこす。


 肉体を流れる魔力は、意識を集中するとそこに集まる性質を持っている。

 魔法はそうして集めた魔力を変換させて使うのだけれど、今の私が問題を起こさず出来るのは、その魔力を熾すところまでだった。


 体の中で軽く魔力を熾しただけで、纏わりついていた不快感はすぐに遠ざかった。


 軽く魔力を熾すだけで私の体からは魔力が漏れ出していた。

 漏れた魔力は、ごく薄くはあるが可視化できるぐらいの密度で体を包んでいる。この魔力だと魔法は使えないし、実害も特にない。けれど、今までの経験的に外からの魔力での干渉を防ぐことだけは出来るものだった。


”……冗談でしょ……なんなのそれ”


 イナンナ様が驚いた声を出している。それに対して私もちょっと驚く。


 これは私の力。魔力容量の過多。少し熾したぐらいで体から魔力が漏れて、可視化できるぐらいになるのだ。

 魔法を使う事はトラウマにはなっているけれど、私だって小学生の時の事件から何も努力しなかったわけではない。魔力を出して留めるだけ、これが今の私が被害を出さない程度に出来る事だった。


 魔力と言う名の薄絹を纏ったような状態になっている私に対して、霧峰さんは手をこちらに伸ばしかけ、一旦止めた。


「そう怖い顔をするな。せっかくの美人が台無しだぞ」


 私にはかけられたことのない言葉だった。

 一瞬だけ顔を上げた私に対して、魔力に怖気ることなく伸びた彼の手が、その頭を軽くポンと叩く。


「何はともあれ、元気になったようだし、詳しい話は飯の後にでもしてあげるよ。

 朝食は用意してくれるんだろ?」


 続けてそう言った霧峰さんの素振りは特にどうと言う事もないようだった。

 正直、何があるかと構えていた分、私の方が拍子抜けしてしまっていた。


「あ……はい」

「じゃぁ、向こうでテレビでも見て待ってるわ。ああ、新聞は勝手に取らせてもらったから、気にしないでいいぞ」


 短い会話を終えた後、彼は何事も無いように居間の方に入って行った。


 入っていったのを見届けた後で、ふぅ……と一息つく。

 拍子抜けした瞬間から私から緊張感はすでに抜けてしまっていて、体から出ていた魔力もそれに伴って淡く消えていた。


”彼もそうだけれど、あなた、人間?”


 誰も居なくない場所で私だけに響いたイナンナ様の言葉に対して、もう一度息を吐く。



 人間扱いされないのは私にとっては禁句だった。



 私が幼少の頃には、この魔力量のせいで周りから神童扱いされていた。昔からコントロールは出来なかったけれど、大人になればいずれ出来るようになるだろうと言う事で期待されていたから。

 そして、例の事件の後は悲劇の当事者として、また、噂程度に事件の犯人ではないかと揶揄されて、結局、周りからは普通の人扱いされずに腫れ物扱いされてきたのだ。

 その結果と言うか、今の私は人間扱いされない言い方をされるとすごく勘に触るようになっていた。

 

(私はちゃんとした人間ですから。人間扱いしてくれると助かります!)


 苛立ちを隠さずにイナンナ様に向けて思考する。

 そのあと、しばらくの間はイナンナ様が何か言っていた気がしたが私の頭が冷えるまでは耳に入らなかった。

 と言うか、お風呂の用意をしてもう一息つくまで、ずっとイライラしていてあんまり記憶にない。



 あ、お風呂と言えば、結局私はりるちゃんを連れて一緒に入ることになった。

 霧峰さんに確認したら、昨日の夜はお風呂に入っていないとの事だったので、眠そうにしているりるちゃんを抱えて行き、全身しっかり洗ってあげた。

 どうもお風呂は好きでないらしく、しばらく嫌がっていたけれど途中で観念したのか大人しくなってくれた。


 りるちゃんはショートカットで、整った顔立ちをしている。それを見るとやっぱり男の子みたいだった。言ったら噛まれるから、言わなかったけれど。


 第一印象と言うか、色々と思い出したことだけれど、最初の時にりるちゃんを触ろうとしたら噛まれたのは衝撃的だったしね。


”歯形でもついた?”


(ちょっとだけつきました。すぐに治療してもらいましたけどね)


 と、りるちゃんと一緒に湯船につかりながらイナンナ様に無言での返答を返す。


 ……何の気なしに声を掛けられたから普通に返してしまった。


 もう頭も冷えたし良いかと思ったのだけれど、イナンナ様に言われたさっきの件はまだちょっとだけ心に残っていた。

 よりにもよって、神様にでさえ人間扱いされないなんて。


”名誉だと思うけど?”


(名誉ですか。ありがたいので、お風呂と一緒に流しておきますね)


 滅多に朝風呂は入らないけれど、名誉と共に汗や汚れを落としてみれば、気分はすっきりした。

 風呂を上がってすぐに、私はりるちゃんの体を拭いてあげる。

 冬の朝風呂は、風邪を引きやすいからね。


 りるちゃんの体は、五歳ぐらいの頃ってこんなに細いものなのだろうか? と思うぐらい、あばらが浮いて痩せ気味の体型をしていた。

 多分、私と同じ身寄りのない子か、虐待でも受けて預けられた子なんだろう。と勘ぐってみる。


 ……そして、魔法の素質もあるんだろうな。


 もしそうなら、私は魔法の使えないダメ姉になるのかな。


 やっぱり前途多難だなぁ……

 そんな事を思いながら、お風呂で綺麗になった私とりるちゃんは朝ごはんを食べに食堂室に向かった。

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