2-2 どうしてこんなことに
「ところで、奈苗ちゃん。
こんな時で悪いんだが、昨日の件は考えてくれたかな?」
え? 昨日の件?
霧峰さんの言う事に何の心当たりもないけれど、もしかして、私、一日以上寝ていた?
小首をかしげる私。
「ああ、りるを妹にする件だよ」
”そうなの?”
(いや、それは私が「そうだっけ?」と聞きたいところです)
イナンナ様のツッコミに、私はそう思考で返す。
思い起こすと、昨日私が気絶する前にそんなことを言われたような?
てっきり学校の事件を根掘り葉掘り聞かれるとか、居間の事件の話を聞くのかと思っていたのに、肩透かしを食らった気分だった。
「りるもこう見えて喜んでたんだぞ? それに、ここに連れてきてからは心配して奈苗ちゃんの傍にずっと付いていたんだからな」
そうなの? と言う私の問いには、静かに「うん」と、りるちゃんからの返事が返ってきた。
「それは私は別に大丈夫です。後は、お父さんが良いならですけど」
それは別に拒否する理由はなかった。かと言って今の私の状況で、ちゃんとした姉が出来るかと言うところには不安を覚えたけれど。
”どうして?”
(いや、イナンナ様がいるからですよ)
”……”
返事は無言だった。
私が大丈夫と言った後で、霧峰さんはお父さんの方を向いてニヤッと笑う。
「と言う事だ、ジイさん。あ、いや、
奈苗ちゃんから許可が貰えたら良いんだよな? ちゃんとこの通り言質はとったぞ」
「……若、一本取ったとは思わないで下さいよ。貸しですぞ」
若? なんでそんな変な呼び方してるのお父さん?
そう思った直後、一つ私は感じていた違和感に気づく。
それは、普段は誰にでも気を張っている筈のお父さんが、妙に親し気に霧峰さんに接していたことだった。
爺さん呼ばわりさえされたのに何も言わず、今もくっくっと笑う霧峰さんに対して、お父さんは相変わらずのしかめっ面をしていたけれど、それでもどこか気を許している感じがある。私にはそれがすごく珍しかった。
じろじろと見る私の視線を感じたのか、お父さんは私に話を振る。
「奈苗、色々聞きたいこともあるだろうが、今日はゆっくり休みなさい。
明日は臨時休校になったと学校から連絡があったから、込み入った話は明日にしよう」
……私には、いつも通りの有無を言わさない口調のまま。
ほどなくして、皆は私の部屋から出ていき、自室は一人の空間に戻った。
枕元に置いていってもらった湯冷ましを含み、一息つく。
今気が付いたけれど、案の定というか、着ている服は制服のままだった。あれだけずぶ濡れだったのに服に水気は一つも無かった。
多分、誰かが魔法で乾燥してくれたんだろう。
”大丈夫よ、誰もあなたの服を脱がせてまで貧相な体を見たい人なんていないわ”
(イナンナ様、余計なお世話です)
音は無く、思考で私はそう返した。
”起きるのが遅くて心配したわ。
記憶回想の後は普通ならすぐに目を覚ますものなのよ。
ナナエを治療した時に何か後遺症でも残してしまったのかと思ったけれど、その様子だと大丈夫そうね”
(私はあそこでしばらく気を失っていたんですね)
”ええ。起きなかったあなたをカズオミが運んできたのは、彼が話していた通りよ”
そこまで聞いてから起こしていた上体をパタンと倒し、布団に横たわる。
(ここ、天国とかじゃないですよね。
私、まだ生きてますよね?)
”ええ。ナナエ、大丈夫よ。あなたは生きているわ。
これからは私も扱いに気を付けるようにするから、とりあえず今日はゆっくり休みなさい”
考える事が追いつかない私は、二度目のゆっくり休みなさいに従って布団の中に潜り込む。
今日起きた事が多すぎて、私の中で何も整理できていなかった。
魔法を使った事。
イナンナ様が憑いた事。
お父さんと霧峰さんと家の事。
……あと、妹が出来た事は……まぁ、いいか。
どうしてこんな事になっているんだろう?
私は普通に生きれればよかったはずなのに。
閉じた瞼の裏に、昨日の事件、炎に包まれた朝倉さんの狂相と混乱するクラスの中の光景が浮かんだ。
その光景は、私の小学校の時の惨事の記憶を思い起こさせる。
心臓の鼓動が突如早くなり、不要なまでに血液を全身に走らせる。いや血液だけじゃない。不安を引き金にして、不意に熾った私の魔力が体内を暴れるように走り回りだす。
全身に感じる高温のような何かは魔力の暴走だった。暴走は、言ってしまえば魔力を持たない人の高血圧のようなもので、下手をすると体に障害をもたらす。
魔力を落ち着かせないと!
ううん、いや、私が落ち着かないと!
布団の中で祈るように手を組んで体を丸めた。
発生した魔力を体内でスムーズに循環させ、全身からゆっくりと魔力を出していく。
そんなに難しいことじゃない。だから大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、魔力を出していくイメージを作る。
体の中に作った円環に魔力を回して、脱水機のように外に飛ばしていくイメージ。
くるくる回して、ゆっくりと外にはじき出す。くるくると、くるくると。
体感で五分もしないうちに、体内の魔力はすっかりと飛んで行ってしまった。
代わりに、魔力の浪費で疲れた体にやって来た睡魔が、私をネガティブな考えから救って暗闇の中に放り込んでくれたのだった。
* * * * * * * * * *
その夜、私は久しぶりに悪夢を見た。
子供の頃は頻繁に見ていた悪夢で、大きな竜と戦って食い殺される夢だった。
明晰夢のように鮮明で、でも人の顔は見えなくて、怖くてファンタジーな夢。
ストーリーはいつも決まって同じだった。久しぶりに見たその夢は、怖さより懐かしささえ感じさせてしまうもので、最後に私が竜に食べられて朝を迎えるところまで一緒だった。
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