今の私は女神様と一緒みたいです

2-1 無事の確認

「ななえ、起きて」


 目を覚ますと、眼前に見知らぬ子供が居てこちらをのぞき込んでいた。

 いや、私知ってるこの子。

 昨日偉い人と一緒に来た子だ。確か名前は……


「りる……ちゃん?」

「うん」


 そう、りるちゃん。

 お父さんの知人が昨日連れて来た、五歳ぐらいの痩せ気味の女の子。

 ショートヘアとオーバーオール姿は男の子みたいで、男の子と間違えたら手を噛まれたんだっけ。


(……うん? あれ? 私は……? ここどこ?)


 りるちゃんから視線を外し周りを見回すと、そこは足稲山のベンチではなかった。どうしてか、私は家の自室で布団の中で横になっていた。


”ああ、私と一緒に昨日の記憶を見ていた間にね、意識不明って事で運ばれたのよ”


(うん。はい。

 頭に響いたこの声はイナンナ様ですよね?)


”当たり前でしょ。寝ぼけないで”


 私が考えたことに対して答えが返って来た。

 ……夢みたいな出来事は夢じゃなかったらしい。


 夢?

 そういえば、滅多に他人を入れる事の無い私の自室なのに、どうしてりるちゃんがいるのだろう?

 私とこの子ってそんな関係だっけ?


 その質問をぶつける前に、

「カズオミ呼んでくる」

 そう言ってりるちゃんは出ていった。


 ……出ていったけれど……カズオミ……?


 寝ている状態からゆっくりと上体を起こしている間に、そっちの疑問は解決された。


 すぐに部屋に戻って来たりるちゃんが連れて来たのは、お父さんと、お父さんの知人の霧峰きりみねさんだった。

 この二人は、昨日私の家に来ていた人達。ああ、そう言えば霧峰さんって、たしか下の名前カズオミだっけ。

 霧峰さんは、お父さんよりも背が高くて180cm近くは有りそうな身長に、端正でどことなく見た事のある顔に特徴的な泣き黒子のある人だった。


 ……どうしてこの人がここに?


 疑問を持って彼を見たけれど、なんとなくその顔が何か気に入らなくて、私は霧峰さんからお父さんに視線を合わせる。

 お父さんは年に似合わないがっしりとした体つきで、いつも通りの飾り気の全くない服を着ていた。睨みつけるような厳つい表情もいつも通りで、正直、なんか逆に安心する。


「奈苗、大丈夫か?」


 言い方は素っ気ないけれど、十分お父さんは心配してくれていると私にはわかった。

 いつもお父さんは私に不愛想なのだ。でも、態度は不愛想でも心配は人一倍してくれるのが私のお父さん。


「うん、お父さん。今平気……」

「そうか。それは良かった。

 奈苗、何が起きたか記憶にはあるか?」


 だから、こうやってお父さんが単刀直入に聞くのもいつも通りの事だった。


”ナナエ、記憶にない事にして。特に私の事は誰にも秘密にするのよ”


 どう答えようか一瞬止まったけれど、イナンナ様の声に従って考える前に首を横に振る。


(イナンナ様、たしかお忍びで来てるみたいなこと言ってたよね……)


「どこまで記憶にある?」


”足稲山に来たところまで、よ”

「足稲山に来たところまで……かな」


 これもイナンナ様の回答のままに答えた。


「そうか……」


 お父さんに嘘を言うのは少し気が引けたけれど、一応それでお父さんは納得したようで話を続ける。


「おまえは足稲山の麓で倒れていたそうだ。

 そちらの霧峰さんが倒れているお前を見つけて運んで来たのだ」


 私はお父さんと霧峰さんの顔を交互に見た。私がどんな表情をしていたのかわからないけれど、二人はほとんど同じタイミングで小さく頷く。


 ああ、だから私は今ここに居るのね。


 それで納得……は私には出来なかった。


 記憶に蘇る白黒の戦闘と、その結果のボロボロになった我が家。


 そのまま私は部屋の中をくまなく見回したけれど、私の部屋の中は殺風景ではあっても依然と何も変わっていなかった。

 壊れたのは居間と玄関だけなのだろうか?

 ……多分そんなことは無いと思うけれど。


 しばらく何も言わないでいた私に痺れを切らしたのか、お父さんが促してくる。


「奈苗、体調が悪いのはわかるが運んで来て頂いたのだ、若に礼ぐらいせんか」


 その言い方に何か私は違和感を覚えた。

 でも、特に何がとはわからなくて、言われるがままに、布団の中から上体だけ起こした姿勢から「ありがとうございます」と軽く彼に一礼する。


「ふぅん」


 そんな私を見て返した霧峰さんのふぅんは、どこかで聞いたことのある口調だった。

 私をまじまじと見ながら、彼は続けて質問する。


「体に不調はないか?」

「いえ、ちょっと頭が痛いぐらいで、別に特には……」


 本当は別の意味の頭が痛いだけれど、特に体に不調は感じていないと思う。


「そうか。大事無さそうなら良いが、もし体調が悪いようなら病院にちゃんと行くんだぞ?」

「……はい」


 客人を相手している手前、大人しく「はい」とは言ったが、私は本当の所、大の病院嫌いだった。検査や入院とかばかりで病院にいい思い出なんてさらさら無い。


「大人しく返してはいますが、本当は奈苗は大の病院嫌いでしてな」


 ああ、お父さんそれ言わないで! お父さん空気読んで!


「とは言え、丈夫に育っているので、滅多な事では風邪も引きませんから大丈夫ですよ」


 私の気持ちは届くことなく、お父さんは半分フォローになっていない返しを霧峰さんにする。


「まぁ、無事に成長しているなら良いさ」


 お父さんに返した霧峰さんの答えには、多少なりとも親心がこもった響きが含まれていた。

 頷くお父さんを横目に、その言葉から私は既知の違和感を受け取る。


 違和感の理由は、イナンナ様に見せられて思い出した記憶の中にあった一つの事実のせいだった。

 私はお父さんの実子ではない。養子である事は結構前にお父さんから教えられていたのだけれど、今回知った事実は、霧峰さんが赤子の頃の私をお父さんに預けた本人だと言う事だった。


 だからなのか、妙に私を見る目が生暖かいというか……

 変な優しさが入っている気がするのだけれど、それがどうも違和感と言うか嫌悪感と言うか……

 どうしても私には受け入れがたい気分になる。


 そんな事を感じている私に、霧峰さんは全く違う話を持ち掛けた。

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