1-5 振り返った日常
それは、本当にテレビのチャンネルを変えるような切り替わり方だった。朝食を食べていた場面が一瞬真っ暗になったかと思うと、次に目に映ったのは、コートを着て家からちょうど出るタイミングの私の姿だった。
(何これ? どうしたんですか?)
時間が飛んだ事に気付くのに一瞬かかる。
”記憶を飛ばしてるのよ。必要な所だけ見ていけばいいわ”
私とイナンナ様が会話している間に、昨日の私は行ってきますと言ってから、ステンレスの鍵で家のカギを掛けて出ていった。
私が魔法を使わないのは、こんなところにも影響していた。
お父さんは魔法が使えるけれど、この家のシステムは全て普通の人用の家だった。
魔法使いの家庭なら普通は個人が識別できる魔力紋でのロックが出来るのだけれど、この家は普通の家鍵だった。
暖房や調理器具も、全て
「うう、寒い……」
小走りに駆けながら昨日の私はそう呟いていた。
それに反応してイナンナ様が聞いてくる。
”アレ、使わないの?”
(あれ、ですか?)
と、今日の私が返す。私の視界に入ったのは路線バスだった。
(使えればいいんですけれど、生憎家から学校はルートが大回りになっていて歩く方が断然早いんです。20分も歩けば学校に着くんだし別にいいんですけれどね)
ふぅ、とため息のような声が漏れ聞こえる。
”そっちじゃないわよ。わかっているんでしょ?”
学校に近づくにつれ、地面にぽつぽつと影が増えていく。
まばらに影は飛び去る中、私の目の前に二つの影が同じ速度でついてきていた。
上を見るとちょうど太陽と被る位置当たりに、二人の学生がそれぞれ箒に乗って空を飛んでいた。
(箒なんて乗れませんよ。魔法使えないんですから。それに箒の飛行免許も取ってませんし)
これがイナンナ様の求めていた解答だってことは私にもわかっていた。
昨日の私はまぶしさに目を凝らして上を見る。それは、いつも私に絡んで来るクラスメイトの
昔は色々とゴミとか投げて来たり声を掛けてきたものだけれど、最近はこうやって影を落とすだけになっていた。
それでも、私の気持ちを落とすは十分すぎる物だったけれど。
”だからやり返したんでしょ。気持ちよかった?”
(……良くないです)
* * * * * * * * * *
良くないのは、私の気分だった。
気持ちよくないと返答した瞬間、視界がグルっと回転して、場面はまた違うに所に飛ばされていた。
催した吐き気が収まってから目を開けると、そこは昼休みの時間。
午前中の実技の時間とかが飛んでいたから良かったと思ったけれど、今の場面も十分に私の気分が悪くなるところだった。
昨日の私は視聴覚準備室で学級担任の
この場所はある意味、私のシェルターみたいなものだった。クラスで虐められることの多い私を匿ってくれるための場所。
でも、最近は特に何もなくても先生はここに呼んでくれるようになっていた。
私はサンドイッチと牛乳のテトラパックを、先生はいつも通り焼きそばパンと缶コーヒーを取る。
先生はいつも通りのスラックスにワイシャツ姿。細身でよくあるシルエットの体型だけれど、普通の人と違う点が一か所だけあった。
記憶の中の世界だというのに、否が応でもそこに目が行ってしまう。
”ああ、そういう事なのね”
(そういう事です)
イナンナ様がそうなのねと言った事、それは先生の右腕だった。
先生はなんの違和感も無く、ごく普通に
「そんなに気になるのか?」
パンを持った手を私に向けてくる。
先生の本当の右腕は、例の、過去に私が起こした暴走事故の時に消えてなくなっていた。
「はい、そうです。
もう二度と、あんなことはしたくないです」
「そんなに気にするな、稲月。
もう今となっては何も不自由はないさ。かえって操物技術は上達したしな。
昔から、魔法使いの部位欠損は名誉の負傷と言われてるぐらいだしな。こうなったところで悪い事ばかりではないさ」
そう言いながら、先生は焼きそばパンにかじりつく。
先生はその義腕を魔法を使って器用に動かしていた。
それを見て”確かに上手いものね”とイナンナ様が褒める。
確かに上手いのだけれど、原因が原因だけに、私にはそれをすんなりと受け止める事は出来ない。
記憶の世界の先生はパンを半分ぐらい咀嚼した後で、同じことを昨日の私に尋ねていた。
「……まだトラウマは消えないのか」
「無理です。多分これは消えません」
「そうか……」
先生の方は折り合いをつけたのかもしれないけれど、私の方はずっとトラウマを引きずっている。
「いずれ時が来ればトラウマが消えるときが来るさ、稲月はあまり焦らずに今のままで頑張ればいいと俺は思うよ。
だから、くれぐれも短絡的な解決策をしようだなんて思わないでくれよ?
家出とかだけじゃなくて、新興宗教にハマるとかそう言った事も最近多いからな」
私があんな事をしてしまったのにも関わらず、先生はいつもこうやって私の事を気にかけてくれていた。
先生が居なかったら、多分もうとっくに学校はやめていたんじゃないかな、私。
虐められることなんて毎日なんだし。
もう少しだけ私は先生といる光景を見たかったけれど、記憶の再生はそこで止まり、それが叶うことは無かった。
”ナナエがどんな人なのかは分かったわ。そろそろ大事な所を見せてあげるわよ”
イナンナ様のその言葉の直後に、再度かなり強い吐き気が私を襲う。
一瞬思考も途切れそうになったけれど、この瞬間、ああこれはまた場面が変わるんだろうなと流石の私でも予期出来ていた。
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