1-4 振り返った昨日
「おはようございます、お父さん」
「おはよう、奈苗」
今は朝の六時四十分過ぎ。
私はいつも通りに六時前に自室で起きて制服に着替えてから、食堂室で朝食を用意している。
うちは家系が長いせいか、もう80年台も中まで来ているのに色々と古めかしかったり、しきたりが多い家だった。
とは言え、それが普段の生活だから特に文句があるわけでは無いわけで。私はお父さんがずっと守れと言い続けているぬか床から漬物を取り出し、昨日から煮干しを入れて取っていた出汁で味噌汁を作っている。
”あら? 巻き戻し過ぎたかしら?”
場違いな声がそこに響く。
うちの家はお父さんと私の二人暮らし、お母さんはいない。
つまりこの声の主は……?
(イナンナ様……ですか?)
”そうよ。他に誰がいるのかしら?”
私の視界には、お父さんはいつも通りの時間ぴったりに食堂室に来ていた。
私が用意した食卓を見るなり、眼前に居る私に小言を言っている。
「今朝は卵焼きだけか」
「納豆とぬか漬けもあるよ」
「納豆を朝から出すとは……新しい反抗期でも来たか?」
「そう言うわけじゃないけど、なんか食べたくなって。お父さんに卵焼き多くあげるから我慢してね」
私とお父さんの会話。それは
”これはあなたの記憶よ。私が魔法でね、あなたの記憶を呼び起こしているの”
(これが魔法って、どんな魔法なんですか……?)
イナンナ様に思考で話しかける。
多分それは通じているという確信はあった。でも、私自身は全く動けないというか肉体の感覚は全く無くて、記憶を見ているというより、本当にテレビでも見させられているような状態だった。
昨日の私とお父さんは、いただきますと一緒に、豊穣神のドゥムジ様に手を合わせてお祈りをしている。
「「ドゥムジ様、恵みをありがとうございます。」」
その後で、お父さんは味噌汁から、私は納豆から手を付け始めていた。
いつも通りの食器と箸がこすれる音が響く程度の静かな食卓。
”どうしてここから始まったのかしら? ナナエ、何か思い出したい事でもあったの?”
と、見えないイナンナ様が話しかけてくる。
(それは多分……このニュースだと思います。でも、思い出したいというよりは思い出したくない事の方です)
私の箸が止まる。
食堂室にはテレビが無いけれど、代わりに置いてあるラジカセはニュースを垂れ流していた。それは、毎年この時期に流れるニュースで、例年通り中身のないニュースだった。
『神學校初等部での不可思議な失踪事件から来月で六年を迎えようとしていますが、原因の特定に結びつく証拠などはいまだ出でいません。捜査は今後より一層難航することが予測されています』
「奈苗、気になるか」
箸が止まった私にお父さんがそう尋ねていた。
「……うん」
……これが気にならないわけがない。
六年前のその失踪事件は、私が引き起こした事だった。
私は子供の頃から一つの問題を抱えていた。魔法を使うための魔力量が多く、かわりに魔法のコントロールが致命的なまでに出来ないという大問題。
そのせいで、学校で魔法を使った際に大規模な魔力の暴走事故を起こしてしまった。
正直、出来るならばその事故の事は思い出したくもない。
でも、それは、今でも時折脳裏にフラッシュバックしてしまうぐらい凄惨で辛いものだった。
この手で引き起こした凄惨な事故。
その結果はニュースでやっている通り。
私にとって大切なものを全て消してしまった。仲の良かった友人や、担任の先生の右腕とか……
「お前がやったという証拠は一切ない。誹謗中傷を受ける謂れはないのだから、学校へは気にしないで行きなさい」
お父さんはこの話があると、いつも毅然とした態度でそう言ってくれていた。
人が消えてしまったぐらい大事故だったのにも関わらず、この事件の後、それに関しての私への追及は一切無かった。
だから、私はお父さんが事件の事に関して色々と手を回してくれたんだと信じている。
どうしてって、お父さんはこの街の名士で、世界最大の宗教であるベール教の祭事も取り仕切っていたりもする、その方面では有名な人だから。
私の考えが及ばないような所にでさえも色々と影響力があるって事は知っているし。
”ふん、それがナナエのトラウマなのね”
(そうです、そのお陰で高校に入ってからは完全に魔法を使わなくなりましたから)
”……”
無言のイナンナ様に私は続けて話をする。
(私はお父さんの手前、学校には行くようにしているんです。
折角お父さんが色々してくれたのだし、家の名を汚さない為にも高校だけでも卒業しないといけないと思っているんで。
でも、魔法を使わない以上、私が通っている魔法を使う生徒のみが通う神學校での成績は散々なんです。魔法の実技だけの結果だと、正直な所、進級でさえ厳しいぐらいに)
でも、帰って来たのは、どうでもいい事ね。の一言だけであとは何も言われなかった。
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