1-3 女神様が居ると言う事
”そんなものどうでもいいじゃない?
人間なんていつかは死ぬものよ?”
いつかは死ぬ……
神様って、そんなに人の生き死にを簡単に言ってしまうの?
ブルっと体が震えた。これが寒さで凍えているのか、恐怖で凍えているのかわからない。
くしゅん!
くしゃみは出るけれど、思考は固まってしまってどうすればいいかわからなくなっている。
”ところで、イナヅキナナエ、今日は何日かしら?”
(2月の6日ですけれど)
だからと言うか、私は素直に質問に答えていた。
”何年の?”
(……1985年ですけど)
”そう。大体15年ね”
(……?)
15年って、何?
私は疑問を浮かべるも、すぐにそれはイナンナ様の言葉で流されてしまう。
”イナヅキナナエ……。長ったらしいわ、ナナエと呼ぶわね”
問いかけに「はい」と答える間もなく、矢継ぎ早に質問が私に飛ぶ。
”ナナエ、《神降ろし》って聞いたこと、ある?”
(《神降ろし》って、数年なり数十年なり、神によって行う期間は変わるけれど、特定の神に仕える人に神を降臨させる儀式のことですよね?)
”そうそう、そんな感じね。それ以外には?”
(降臨した神様はその特色にあった奇跡を起こし、神としての指針を示してから天に帰っていく。……でしたっけ?)
そう考えて私は答えを向ける。
学校ではそう習ったものの、実際に見たことはないし、私が知っている限りでは神降ろしなんて儀式が行われたことは多分無かったはず。
だって、そんなことが起きたら多分テレビでニュースになっていると思うし……
”肝心な所が抜けてるわね”
(え?)
”神を降ろした人間がどうなるかって話は聞かされていない?”
(奇跡を起こせるようになるんじゃないですか? ……さっきみたいに)
イナンナ様が魔法を使ったみたいに。と、続けて思い浮かべる。
”……聞かされていないのね”
その反応は、どことなく失意を含んでいるようにも感じられた。
心配になった私はすぐにその意味を聞く。
(どういう事ですか?)
私の心配をよそに、返答はとても軽い口調だった。
”人間としての存在は消えるのよ。食べて消化される、って言うとわかりやすいかしら?”
(消える……? 食べて、消化? 神様は人間を食べる……?)
いつの間にか冷えてしまった缶コーヒーを握りしめる。
どうしてだか、寒気が一層深まった気がした。
”そうね、人間なんて、私達への
続けて放たれるイナンナ様のなんの屈託もないその言い方は、改めて神と人間との距離を感じ……あれ、いや、ちょっと待って。
今、私は誰と話しているのか?
それはイナンナ様だ。
イナンナ様は神様だ。
そして、目には見えないけれど、イナンナ様は私にくっついてべったりのようです。
(…………私、消えるんですか?)
自問の後、イナンナ様への問いかけ。
”…………”
そして、今までの即答から一転、無言の時が流れた。
(どうしてそこ、返事が無いんですか!?
私、このままイナンナ様に食べられるんですか!?)
口に出さなくても、私の思いは言葉よりも強く湧き出る。
(あ……だから、人目の付かないところに連れてきた……?
ここなら誰にも見られないですよね?
目撃者なし! 行方不明! 証拠隠滅! ってこと!?)
”…………”
一瞬にして私はパニックに陥る。
だというのにイナンナ様の返事は無言だった。
無言の空気と寒気がパニックを止め、そのまま頭をキンキンに冷やしていく。
すっかり頭を凍らせた時点で、ようやくイナンナ様は言葉を発した。
”……正直わからない。今の状態が普通ではないのよ”
はっ……くしゅん!
その言葉に驚いたついでに、三度目のくしゃみがでた。
”本来はね、神降ろしをした時に私たちは依り代の魂を食べるの。そうする事で依り代であった人間の力や思い、知識等を全て平らげた上で依り代に成り替わるのよ。
でも、今は私が横に居て、あなたはまだ体に入っている。
そして……どうも私も、この体に入っているみたいなのよ”
(つまり、私とイナンナ様が同居しているような感じですか?)
”そういう事になるわけ。だからね? ナナエ、ちょっと私に体を明け渡してくれない?”
(いや、無理です。私まだ死にたくない!)
即答? 即思考? する。
”……冗談よ。それが出来ていたらとっくにしているわ”
その言葉は冗談と言うにはひどく冷たかった。
(え……と言う事は……)
”すぐに何かするようなことは無いと思うわ。だから安心しなさい”
あんまり安心出来る言葉ではなかったが、ともあれ食べられることは無いらしい。
それを聞いて私が安堵のため息をつくや否や、突然、イナンナ様は別の事を聞いてきた。
”ところで、ナナエ、昨日の事覚えているかしら?”
昨日の事、昨日の事……、昨日の事?
(あれ、昨日?)
”覚えていないでしょ?”
(昨日は学校から帰って……)
学校から帰ってどうしたんだっけ?
思い出せない。
ちょっと待って、思い起こすと昨日の記憶が断片的にしかない。
帰ってからの記憶なんてほとんどなくて、帰ってきた後の記憶は今日の朝だ。
”色々と必要だったのよ。
昨日何が起こったか見せてあげるわ。私の力を見せるためにもね”
(見せるってそんなテレビじゃないんですから、出来る訳ない……)
そこまで考えたところで、力の抜けた手から缶コーヒーが落ちてカランと音を立てた。
急に脱力感を覚えるやいなや、酷いめまいとともに視界が二つに分かれて、強烈な吐き気の内に私の意識は暗い闇へと落ちていった。
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