1-2 奈苗と女神様
今なら本当は午後の授業の時間だったはずなのに、こんな所で何やってるんだろう私。
奇妙な事件から逃げてきた私は、学校の近くの
なだらかなハイキングコースで有名な足稲山だけれど、こんな二月で小雪が降ってもおかしくない天気の時には
何故私なの?
どうしてそうなったの?
それと、信じられない。
三つの事が私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
ずぶ濡れになった体を丸めながら、自動販売機で買ったばかりの缶コーヒーを強く握りしめる。
ここに来てからすぐに私は、寒さに耐えきれずにホットの缶コーヒーを買っていた。
ずぶ濡れになったままの体は酷く寒いけれど、ホットのコーヒーのおかげで無いよりはまし程度に暖が取れる。
手のひらから伝わる熱が混乱していた思考を落ち着かせて、ほんの少しだけ平静を取り戻させていく。
何が起きたのか全然わからなかった。でも、一つだけわかるのは、他の人には見えも聞こえもしないけれど、私に対して話しかける誰かが居るという事のみ。
缶コーヒーの暖かさを確かめながら、意を決した私は誰もいない所に向けて話しかけた。
「あなたは、本当に誰なんですか?」
”人間、わざわざ声に出さなくても考えるだけで良いわよ”
ガタン
声に驚いて缶コーヒーを落としてしまう。
周りを見てもやはり誰もいない。
この声が聞こえたのはやっぱり私だけなの?
おずおずと缶を拾い上げるが、買ったばかりのそれは早くも冷たくなってきていた。
”そうよ、私はあなただけに聞こえるように話しかけているわ。
私はイナンナ。あなたたちの信奉する神の一人よ。
さっき魔法を使ったときにわからなかった?”
そう、イナンナと名乗る声は私に言った。
女神イナンナ様。
美と愛の女神。学校では女子生徒の皆の憧れ。
すごく人気のある神だけれど、神に選ばれて眷属になる人は極少数と言う話で、本当に選ばれた人なんて聞いたことが無い。
学校で習ってはいないけれど、イナンナ様の力を借りれば普通じゃない魔法を使えるようになると聞いている。
たしか、幻覚を起こさせるものもそうだったはず。
すぐに私の頭に思い浮かんだのは、どうしてそんな神が、今ここで私に声を掛けているの? って事だった。
私は落ちこぼれなんだし、選ばれるはずもないのに。
それに、神の眷属でさえ選ばれる事だって稀なのに?
もっと言うと、神は眷属を選ぶことはあっても、人に話しかけるなんて事あるの?
もしかして、偽物? あ、でも、神を偽称する人なんて普通いないか。
疑問は湧き上がっても尽きない。
”私の事はどうでもいいわ。人間、あなたの事もう少し詳しく教えて?”
(私の事ですか?)
今回は頭の中で考えるだけで声に出さなかった。
”そう、あなたの事。名前もね。ずっと《人間》と呼んで欲しいなら別だけれど”
頭を振る。
(私の名前は
お父さんは有名な人ですけれど、私はグズで落ちこぼれ……です。残念ながら)
私にはテレパシーが出来るような魔法の才能は無い。
それでも、頭の中で話しかけるように考えるだけで会話は続いた。
”イナヅキナナエ、その体の傷は何?”
(体の傷?)
と、イナンナ様(?)に対して思考で会話する。
”そう、その醜い傷跡。どうしたの?”
どうしてそれを知っているんだろう?
私のお腹には、へその上あたりに左が少し上になっているが斜めに一直線の傷跡があった。
お腹にはと言ったけれど、その傷は胴回りを一周してついている。まるで切り取り線みたいな感じに。
(傷の事は……私は覚えていないけれど、お父さんが言うには、二歳の頃に事故で大怪我したんだって話です)
”ふぅん。まぁいいわ。
それにしても随分と平らで、メリハリのない体つきしているのね”
(余計なお世話です)
これは条件反射的にそう考えた。
(あれ。考えるだけで伝わるって事はこれも聞こえてたのかな)
もしこれが本当に神様だった場合、こんな風に反論するのは不敬なのかもと思い直す。
”……そういう子なのね”
イナンナ様(?)の返答は微妙だった。
くしゅん。
寒さのせいでくしゃみが出始める。
”ねぇ、一つ言わせてもらうけれど、私は本物のイナンナよ。そこに疑問を挟むのはやめなさい”
本物らしかった。
”さっきも言ったけれど、魔法でわかったでしょう?”
……確かに、朝倉さんに着いた炎は水や氷では消えなかったけれど。
それと、イナンナ様は幻なのにねと言っていた事を思い出す。
(本当に本物なのですか?)
”信じて頂戴?”
(じゃあ、どうしてあんな事したんですか?
あのまま火が消えなかったら、朝倉さんは死んでたかもしれないんですよ?)
いくらクラスメイトが私を虐めてきたからって、私は神様に仕返しを願ったことは無い。……つもりだ。それが、自業自得だとわかってるのだから。
でも、イナンナ様の回答は全く違う方向だった。
”そんなものどうでもいいじゃない?
人間なんていつかは死ぬものよ?”
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