私は落ちこぼれの女子高生ですけど、降臨された女神様は優しくて酷いです!

綾村 実草

物事は唐突に起こりました

1-1 望む望まないに関わらず事は始まるわけで

”やり返したいって、思ったことは無い?”


 そう言われても、どうなんだろう?

 私は高校生活に入ってからずっと虐められていたけれど、それの仕返しを望んだ事は無い。うん、無いと思う。


 だってそれは、私が魔法を使う事にトラウマを持っていて、そのせいで高校に入ってからは完全に魔法を使わなくなったのが原因だから。


 私は今、神學しんがく高等学校に通っている。神學校は魔法を使う才能がある生徒のみが通う学校。今の時代、二十歳以下は五百人に一人程度の割合で魔法を使うための魔力を持っている。

 神學校へはそういった魔力を持った生徒のみが集められていた。だから、当然全ての生徒は魔法を使う事が出来る。そうじゃないと、進級どころか授業に参加すら出来ないんだから。


 でも、そんな学校に通っていながら私は一切魔法を使っていないんだから、それで進級出来ていたら、周りの人は何か裏があるって考えてもおかしくないと私も思う。



 クラスメイトに絡まれたくなかった私は、昼休みが終わるギリギリになってから教室に戻ったのだけれど、その甲斐も無く、いつものように下田しもださんと朝倉あさくらさんに絡まれていた。


「今日も魔法の実技は見学だったのね、稲月いなづきさん。皆勤賞で見学なんて、学校辞めた方がいいんじゃない? もうそろそろ限界でしょう?」

「悔しいならやり返してもいいのよ?もちろん魔法でね。名門の稲月家なんですもの、出来ない事ないですよねぇ?」


 二人はいつも私に絡んでくることもあって、やり方は手慣れている。

 直接叩いて来たり、魔法を使って来ることは絶対に無かった。それをしたらバレて、下手したら退学まである事を知っているから。

 かわりに、二人仲良く言葉で私の嫌な所を突いていく。それは目に見えなくても容赦なく私の心に刺さっていった。


「大神マルドゥク様もどうしてこんな子を作ったのかしらね?」

「あれじゃない? 神様もたまには間違ったことするって事よ」


 この世界は大神マルドゥク様が作った。聖典にもそう書いてあるし、大神マルドゥク様配下には他にも色々な神様が居る。

 そして、私は大神マルドゥク様を主に仰ぐベール教の敬虔な信徒であるだけに、その言葉は心に来るものがあった。


 机に伏してさらに耳も塞ぎ、周りを拒絶する。


 私が魔法を使ったら大変な事になるのよ? そんなの使えるわけないじゃない!


 ……なんてことは言えるわけがない。

 だから私が出来るのは、こうやって聞こえないように強く耳と目を塞ぐことだけだった。


 授業が始まるまであと五分も無い。このまま我慢すれば大丈夫。



”そのままやられっぱなしでいいの?

 じゃあ、かわりに私がやってあげる” 



 それは、塞いでいたはずの私の耳に届いた、澄んだ女性の声だった。



「何? 誰?」


 頭を上げて周りを見回す。

 私の動きに驚いた下田さんと朝倉さんが視界に入った。


 キョトンとした顔をしているのは彼女たちだけなのか、私もなのか。視線を合わせたのは多分一瞬だった。

 その後、私の視界の端に細い糸のような煌めきが見えた。

 煌めきはクモの糸のように伸び、滑らかに動いていて、重力を気にしない動きはとても不自然に見えた。見ているうちにそれはするすると朝倉さんの体に絡んでいく。

 私の視線はその動きに注目していたけれど、どうも二人には見えないようだった。


 最初は手首からだった。そして肩口から頭に煌めく糸は伸びていき、その先端が朝倉さんの頭に着いた。

 次の瞬間、細い糸がほつれる様に開き、突如として真っ赤に色づいた糸くずのようになって細かく散る。

 そして、赤い糸くずは空気中で一斉に広がり、燃え盛る炎となって朝倉さんの全身を包んだ。


 朝倉さんが金切り声を上げて叫んだのは、燃えている両手を自分で見てからだった。


 一番近くにいた下田さんと私は火が付いた時点ですぐに後ずさって離れることが出来たけれど、運悪く私たちを背にしていた他のクラスメイトは、絶叫して悶える朝倉さんを避けられなかった。

 そんなに強く当たったわけではなかったはずなのに、朝倉さんにぶつかった直後、そのクラスメイトも悲鳴を上げる。


 どうしてって、炎が移っていたから。


”どう? すっきりするでしょう?”


 すっきりしない!


 ……何? 誰なの?

 誰かが私に話しかけている……?



「みんな、朝倉さん達を助けるわよ! 火を消すから全員で水出して! 氷の方が得意な人は氷でも構わないわ!」


 混乱する私の耳に届いたのは、対応を即座に判断したクラス委員長の夜野やのさんの声だった。


魔力感知器アラームは切れてる! 魔法使っても通報されないから気にしないで打って! 治療が得意な人は消火後の救命処置に向けて待機!!」


 魔法を使った惨事が起きるのを未然に防ぐために、屋内には魔力感知器アラームが設置されている。

 でも、学校では授業で魔法を使う事もあるので、スイッチを切ったまま付け忘れていることもままあった。

 夜野さんは万能委員長と言われるぐらい賢い人だった。だから、すぐにこの事故が魔法で引き起こされた事で、それでも感知器が作動していないという事はスイッチが切れてると判断したのだろう。


 そこまで私が考えたところで、近くにいる私や下田さんを巻き込んで、水と氷が現在進行形で燃えている朝倉さん達に降り注いだ。

 全身ずぶ濡れになって体が芯まで凍えていくのがわかるけれど、私の目は彼女達から離せなかった。


 だって、体が半分氷漬けになっているのに、着いた炎は消えていないんだもの。


”いいでしょ、あれ”


「何もよくない!」


 頭の中に響いた声に対し、たまらず私は大声で反論した。

 それに反応してクラスメイトの何人かが私を見る。その中には、近くにいた下田さんもいた。

 状況が掴めずに困惑していた彼女の表情に、私を見るやいなや、確信したかのような敵意が乗る。


「稲月! あんた朝倉さんになんかしたでしょ!!」


 私を睨みつけて下田さんが叫ぶ。


 魔法を使わない私が何か出来る訳ないじゃない!


 身じろぎこそすれ、言葉に出せない私の思いに反応して声が聞こえる。


”そうそう。やったのは私なのにね。

 ちょっとした幻なのにどうしてこうも簡単に騙されるのかしら? 人間って簡単よね”


「誰なの?」


 そう声に出してみても、周りのだれも私に話しかけてはいなかった。

 かわりに私への奇異の目が増える。


”火、止めてあげるから。すぐに誰も来ない所に行きなさい。

 いい? すぐによ? そうじゃないとあなた大変な事になりそうだから”


 その澄んだ声はまた私の耳には聞こえたけれど、でも、それはやはり私にしか届いていないようだった。


 わけがわからない。

 私に何が起こったっていうの?


 眼前に迫る下田さんは、怒りに狂って目が血走っている。

 私は本当に何もやっていない。

 でも、今言った所で彼女が納得するとは思えなかった。


 だから……私は教室から逃げる事を選んだ。


 決して私だけに聞こえるこの不思議な声に従ったわけじゃない。

 従ったわけじゃないけれど、事が動いたのは本当にすぐだった。

 私が逃げる事を選んだ瞬間、どんなに氷と水をかけても消えなかった炎が立ちどころに消えてしまったから。


「火が消えた! 治療できる人急いで!」


 それを待っていたとばかりに、夜野さんの一言が教室に響いた。

 そして、下田さんを含め、そっちに全員の目が動いた事で、拍子抜けするぐらい簡単に私はクラスから逃げる事が出来たのだった。


 もうどうしよう。

 ……考えたってよくわからない。クラスに居場所はないし、どうしようもない。

 ひとまず学校の近くの足稲山あしいねやまに行こう。あそこなら人もいないし、何かわかるかもしれない。


 コートも着ずにずぶ濡れになった体を押して、人目に付かないようにして学校を出た私は急いで足稲山に向かった。


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