卒業

今日は卒業式か‥‥‥莉子先生、来てくれるかな。


僕は、そんなことを考えながら一人で学校に向かっていた。





全員、教室の自分の席に座り、挨拶しただけで誰も会話をしようとしない。


すぐに体育館前に集合する時間になり、僕は口を開いた。


「莉子先生、来ませんでしたね」


それでもみんな喋らず、全員暗い雰囲気の中で体育館前に向かった。


そして卒業式が始まり、M組の生徒が卒業証書を受け取る番になった。


「M組、林輝久」

「はい」

「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「小野一樹」

「はい」

「橋下結菜」

「はい」

「長谷川美波」

「はい」

「長谷川真菜」

「はい」

「山下芽衣」

「はい」

「坂口柚木」

「はい」

「白花沙里」

「はい」

「杉山鈴」

「はい」


全員が無事に卒業証書を受け取ったが、校長先生の隣に立っているはずの莉子先生がいないことに、寂しさを感じる。


そして、愛梨さんがステージに上がった。


「送辞。冬の厳しい寒さも和らぎ始め、春の暖かさに気持ちを踊らせる季節となりました。本日、晴れて卒業式を迎えられた卒業生の皆様、御卒業おめでとうございます。在校生一同、心よりお祝い申し上げます。皆さんは、谷舎坂高校での三年間を、どう振り返っているでしょうか。楽しいことはもちろん、困難な壁にぶつかりながらも、沢山の思い出を築けあげてきたと思います。私は、先輩方に嫌われるようなことを沢山してしまったと思います。ですが、先輩方は反省した私を優しく受け入れてくれました。そして、先輩方から、人に優しくすること、皆んなと手を取り合うことを学びました。私は、そんな先輩方の後輩になれたことを誇りに思います‥‥‥」


愛梨さんは涙を堪えて話を続けた。


「最後になりましたが、人生の‥‥‥新しいスタートを切られる卒業生の皆様のご健康と、ますますのご活躍を、心よりお祈り申し上げ、送辞といたします。在校生代表、新垣愛梨」


こうして卒業式を終えて、僕達は教室に向かいながら話をした。


「僕、莉子先生に会わないと、卒業した気分になれないです」

「私も同じ気持ちです‥‥‥」


全員溜息をついて教室に入ると、そこには車椅子に座り、少しお腹が膨らんだ莉子先生がいた。


「先生!」


莉子先生を見て、全員が驚いた。


「皆んな久しぶりね!」


結菜さんが涙を堪えて言った。


「来てくれてたんですね‥‥‥」

「当たり前じゃない! 学校に着いた頃には、卒業式が終わりそうだったから教室で待ってたのよ」


そして全員が自分の席に行き、一斉にカバンを漁り始めた。


「皆んなどうしたの?」


前から計画していたサプライズだ。

最初に僕が手紙を広げて言った。


「僕達全員から、莉子先生に感謝の気持ちを込めて手紙を書きました。聞いてください」

「はい‥‥‥」

「先生、僕がM組に通い始めてしばらくした頃、先生はいきなり僕の家に来て、悩みごとを何時間も聞いてくれて、僕がいじめられていると聞いた時、自分のことかのように一緒に泣いてくれたのを今でも覚えています。『先生が守るから』その言葉を聞いて、僕はとても救われました。クラスメイトの皆んなが本当はいい人なんだって熱く語ってくれたのも覚えています。その時の僕には理解できませんでしたが、今なら分かります。莉子先生は僕のことはもちろん、皆んなの心に触れて、全員を暖かく見守ってくれる優しい先生だと思います。M組に通えて本当に良かったです。本当にありがとうございました!」

「ありがとう、輝久君が泣くから、私も泣いちゃったじゃない‥‥‥」

「次は私」


続いて、柚木さんが手紙を読み始めた。


「私が孤立していた時、莉子先生は何も気づいてないふりをして、私と交換日記をしてくれました。先生から返ってくる日記を見ると、とても安心できました。そして私が事故にあって眠っている間、毎日家に来て、お爺ちゃんとお婆ちゃんの話し相手になってくれていたと聞きました。本当にありがとうございます! 退院した日も、莉子先生はお祝いの花束を持って来てくれました。そしてそれから何日も、仕事が終わると家に来て、皆んなに追いつくために特別授業をしてくれましたね。こんな優しい先生がいるんだなって、本当に感謝しかありません。私は莉子先生が大好きです‥‥‥」

「柚木さんも泣かないの‥‥‥お手紙ありがとうね」

「次は俺が読みます」


次に一樹くんが手紙を読み始めた。


「僕がいじめられているのを、他の先生が見て見ぬ振りする中、莉子先生は気づいてすぐに声をかけてくれました。『M組でなら、きっと変われる』と真っ直ぐな目をして僕の手を握って言った先生の優しさを今でも忘れません。行き場を失った俺に居場所を与えてくれたのは莉子先生です!本当にありがとうございます」

「一樹君は強くなれたわよ‥‥‥でも今泣いちゃったから、まだ泣き虫が抜け切れてないのかな?」

「‥‥‥」


次に芽衣さんが手紙を読み始めた。


「先生は、他の先生から責任を取って学校をやめろと言われている私を、他の先生を睨みつけて、無理矢理M組に連れて行ってくれました。そして私の気持ちは関係なく、無理矢理私の自己紹介をしてくれました。あの時は、なんだこいつって思ったけど、今では、莉子先生のあの行動に感謝しています。私が口悪く当たっても、莉子先生はずっと優しい笑顔で答えてくれて‥‥‥本当にありがとうございました。莉子先生、大好きです」

「芽衣さんも沢山頑張ったわね」

「はい‥‥‥」


次々と涙を流す皆んなを見て、まだ手紙を読んでいない結菜さん達も泣き出してしまった。

そして次に鈴さんが手紙を読み始めた。


「次は私。私は一番最後にM組に入ったけど、莉子先生は、皆んなと変わらない様子で私に接してくれました。皆んなと仲良くできない最初の頃、莉子先生はこっそりカフェに連れて行ってくれて、そこで皆んな一人一人の良いところを話してくれました。『鈴さん次第で凄く仲良くなれるよ』って言ってくれて、それからも問題を起こしちゃったけど、皆んなと仲良くなれた時、私を抱きしめて喜んでくれました。こんなに生徒と同じ立場になってくれる先生は初めてだったので、本当に嬉しかったです。ありがとうございました」

「これからも皆んなと仲良くね」

「はい」


そして、美波さんが泣きながら手紙を読み始めた。


「先生! ‥‥‥先生は、問題を起こしてない私がM組に来た時『進学か就職でマイナスになることはない』って言ってくれて『心優しい美波さんが社会で除け者にされる世界があるなら、先生が世界を変えてあげる』って‥‥‥正直、恥ずかしいこと言う先生だなって思ったけど、その時の先生の目は本気でした。私はもっと先生の生徒でいたかったです‥‥‥長い間、本当にお世話になりました」

「就職で困ったことがあったら、いつでも電話してくるのよ」

「はい!」


真菜さんは溢れる涙を拭いて手紙を読み始めた。


「先生が私の過去を知って、また猫を飼い始めたって言った時、先生は猫のオヤツとかを沢山プレゼントしてくれました。私が今までやってきたことを否定することなく『ずっと寂しかったね』って抱きしめてくれました。本当に先生に沢山救われました‥‥‥ありがとうございました!」

「たまには猫ちゃんの写真送ってね」

「分かりました‥‥‥」 


次に沙里さんが手紙を読もうとしたが、泣きすぎて読めないでいた。


「沙里さん、落ち着いてからでいいわよ」

「読む‥‥‥」


沙里は制服の袖で雑に涙を拭いて手紙を読み始めた。


「先生は、私が一人暮らししてた時、よくご飯を作りに来てくれました‥‥‥先生の料理は不味くて‥‥‥所々焦げてるし‥‥‥」

「さ、沙里さん?」

「でも嬉しくて‥‥‥一人で寂しく家にいる時間も減って、一緒に料理を勉強しながら料理対決したら、火災報知器が鳴ったり‥‥‥莉子先生といると、寂しいのが少し忘れられました」


沙里さんの手紙の最後の一文には、謝罪の言葉が書いてあったが、沙里さんは涙を拭いて、その部分を手でちぎって言った。


「ありがとうございました!」

「うん、また一緒に料理しようね」


最後に結菜さんが手紙を読み始めた。


「莉子先生へ。私は一人目のM組の生徒で、ずっと一人で先生の授業を受けていました。友達もいなく、ずっと本ばっかり読んでいる私に、莉子先生はしつこいぐらい話しかけてきて、無視しても、休み時間の度に話しかけてきたり、一緒にお弁当を食べてくれたり、それでも心を開かない私に、毎日違う本を持ってきてくれました。後から、それが家にある本ではなく、全部私のために買ってきてくれた本だと知りました。その本は、全て明るい家族の話や、友達や友情の話ばかりで、嫌がらせだと思い、一度先生を強く責めたことがありました‥‥‥そしたら先生は一言『忘れないでほしいの』と言ってくれて、その意味を理解するまで時間がかかりましたが、今になってやっと、その時の莉子先生の優しさが分かります。何時間も話を聞いてくれたりして、とても感謝しています。このM組の、莉子先生の生徒として誇りに思います。ありがとうございました」

「またいつだって話聞くからね」

「ありがとうございます‥‥‥」


全員手紙を読み終えると、廊下で聞いていた保護者や宮川さん達から大きな拍手が起きた。


そして、結菜さんは莉子先生にイラストをプレゼントした。


「これ、皆んなで考えて描きました」

「すごい! 一生大切にします! ありがとう!」


莉子先生は喜んだ後、ハンカチで涙を拭いて言った。


「さて、皆んな座ってください。これから最後の授業を始めます。先生もこのまま座って話すわね」


莉子先生は車椅子に座りながら話し始めた。


「このM組の生徒は、一人一人、強くて素敵な個性を持っています。その個性のぶつかり合いで、争ったこともあったと思います。ですが、社会に出たら、もっと個性の強い人が沢山います! 自分の価値観で生きていくこと、それはとても素敵なことです。ですが、自分とは違う価値観にぶつかった時、それを否定してはいけません。自分の価値観で生きていたいなら、人の価値観を受け流す強さを持ちなさい。受け入れなくてもいいんです。ただし、受け流すことができない状況、その人と長い時間一緒にいなければいけない状況の時は、受け入れる強さ持ちなさい。でも、皆んなにはそれが既にできているかな? これからの人生、自分の経験した辛さ以上の辛さが襲いかかってくることもあると思います。そんな時は、貴方達がしてきたように、ちゃんと周りに頼ること、皆んなが辛さに気付いてあげて、手を差し伸べること、分かりましたか?」


全員同時に返事をした。


「はい!」

「私は皆んなを見ていて、本当に一人一人が成長したと感じています。皆んなの‥‥‥本当に皆んなの先生ができて良かったです! 皆んなのことは絶対に忘れません。ありがとうございました。そして、卒業おめでとう!」


また全員泣いている時、宮川さんがカメラを持って言った。


「最後にこの教室で、皆さんの集合写真を撮りましょう!」


全員、黒板の前に莉子先生を囲むように立って写真を撮った。


すると、同じM組の校舎に通う、菜々子さんと瑠奈さんがやって来て、瑠奈さんが笑顔で言った。


「卒業おめでとうございます!」

「これからは私と瑠奈が、このM組を守っていきます!」

「ありがとう」


全員二人にお礼を言い、校庭に出た。

すると、愛梨さんが大泣きしながら結菜さんに抱きついてきた。


「愛梨さん? 大丈夫ですか?」

「嫌です‥‥‥結菜先輩がいない学校なんて嫌です!」


結菜さんは優しく頭を撫でながら言った。


「生徒会長なんだから、しっかりしないとダメですよ?」

「でも‥‥‥」

「会えなくなるわけじゃありません。いつでもお家に遊びに来てください」

「はい‥‥‥」


沙里さんは涙を流す愛梨さんに抱きついて、胸に頭を擦り始めた。


「愛梨〜、そんな泣くなよ〜」

「沙里!」

「え? はい」

「もう何かあっても、すぐに行けないんですからね! 大丈夫なの? あんまり結菜先輩に迷惑かけちゃダメですからね!」

「は、はーい」


本当に、どっちが先輩なんだか分からないな。


その時、愛梨さんと一樹くん以外の全員が僕を見て言った。


「第ニボタン!!」

「え!?」


その瞬間、沙里さんが素早く僕の制服からボタンを全部もぎ取って走り出し、全員沙里さんを追いかけ始めた。


「沙里さん! 待ちなさい!」

「待てー!」


沙里さんは円を書くように戻ってきて、第ニボタンを愛梨さをに渡した。


「はい、第ニボタン」

「え!?」


そして関係ないボタンを一つだけ遠くに投げたのだ。


「ほれ! 第ニボタン取ってこーい!」


全員ボタンを追いかけて走っていった。


「おーい! 輝久! 一樹! 写真撮ろうぜ!」


拓海くんに呼ばれて、最初の頃じゃ考えられないスリーショットを撮ることになった。


***


その頃沙里は、愛梨に話しかけていた。


「愛梨、気持ち伝えるなら今だけだよ」


そう言われた愛梨は、勇気を振り絞って、写真を取り終えた輝久に声をかけた。


「輝久先輩‥‥‥」

「どうしたの?」

「卒業おめでとうございます」

「ありがとうね!」

「あの‥‥‥だからどうとか、どうしたいとかはないんですけど‥‥‥ずっと‥‥‥その、ずっと‥‥‥ ‥‥‥好きでした」

「うん! ありがとう! すっごい嬉しいよ!」

「驚かないんですか!? それに、嫌な気持ちとかになってないですか?」

「嫌な気持ちになんてならないよ! それに、好きでいてくれてたの知ってたし!」

「い、いつからですか!?」

「それは内緒! お酒には気をつけてね! ちょっと結菜さん探してくるから、またパーティー誘ってください!」

「は、はい!」


沙里は、ニヤニヤする愛梨の背後に忍び寄り、スカートに手をかけた。


「なに、ニヤニヤ‥‥‥してんだー!!」

「キャ!」

「薄ピンクー! 愛梨のパンツは薄ピンクー!」

「沙里〜!!!!」


一樹は思った。

あの二人、本当に何やってるんだか‥‥‥。

仲良くて微笑ましいけど。

一樹がそんなことを考えていると、一樹の元に芽衣が戻ってきた。


「一樹! 誰も貰ってくれないだろうから、第ニボタン貰ってあげるよ!」

「本当ですか!?」

「うん!」


一樹が芽衣にボタンを渡すと、芽衣は笑顔で言った。


「数百年後にでも、またパラレルワールドで会おうね!」

「はい!」



***



僕は、やっと結菜さんを見つけて声をかけていた。


「結菜さん!」

「輝久君! 大変です! ボタンが見つかりません!」

「そ、そうなんだ。これあげるから諦めて」


ボタンが無くなった制服を結菜さんの肩にかけてあげた。


「いいんですか!?」

「うん! 皆んなにはバレないようにね!」


その時、美波さんの声が聞こえてきた。


「あー! 結菜だけずるい!」

「輝久君、もうバレました」

「そ、そうみたいだね。奪われないように頑張ってね」

「命を落としても奪われません」

「死なないでね」

「はい!」





その後、M組の全員で結菜さんの家に集まり、莉子先生に貰った、大量の写真や、卒業アルバムを見て盛り上がっていると、平然と莉子先生がやって来た。


「なんか、感動の別れ感あったのに台無しですね」

「宮川さんと結婚してるんだから、そりゃ普通に会いに来るわよ!」

「車椅子はどうしたんですか?」

「あれは、妊娠中に私が走ったり転んだりしないようにって、宮川さんが用意したのよ」


すると、結菜さんが立ち上がって言った。


「お腹触らせてほしいです!」

「いいわよ! 優しくね!」


全員が順番にお腹を触り、最後に触った沙里さんが聞いた。


「いつ生まれるの?」

「今年の十月から十一月ぐらいかな」

「生まれたら抱っこさせて!」

「もちろん!」


こうして、感動の別れからすぐに莉子先生と呆気ない再会を果たし、M組全員集合で、卒業祝いのパーティーを楽しんだ。

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