メロンパン

よーし、今日はメロンパンをゲットするぞー!


「どうやってだー!!」

「っ!? いきなりビックリしますよ」

「ごめんごめん」


急に大声を出して、結菜さんを驚かせてしまった。

とにかく作戦を考えないと。

まず、M組の校舎からじゃ絶対にメロンパンは手に入らない。

でも、教室から向かうのが絶対的なルール‥‥‥。

売店は一階だし、早く本校舎に着ければゲットできる可能性は上がるんだけどな‥‥‥。

とにかく走るしかないか。



***



輝久がそんなことを考えている頃、愛梨もメロンパンのことを考えていた。


(限定のメロンパン、一度は食べてみたいな‥‥‥。傷に響いてまだ走れないし、今年は諦めるしかありませんね‥‥‥でも、少しだけ頑張ってみようかな)



***



チャイムが鳴るまで、あと十分か。

なぜか僕だけ置いて、皆んなどっか行っちゃったし、とにかく頑張るしかない!

それに、靴を履き替えるタイムロスを無くすために、靴にサランラップを貼ってある。

本校舎に着いたら、それを剥がせばいいだけだ。



***



そしてチャイムが鳴り響き、その瞬間、輝久はもちろん、全校生徒が教室を飛び出した。


その頃、結菜達は本校舎の一階にいた。

断然有利な一階の三年生が通る通路で、演技をしようと、沙里が走ってくる三年生に向かって叫んだ。


「止まれー!」

「おい! どけよ!」

「結菜がコンタクト落としちゃったから、ここは通行止め!」


輝久と真菜以外のM組の生徒は、コンタクトを探すふりをしながら廊下を塞いだ。


「おい、二人いないじゃねーか! メロンパン買うためにわざとやってんだろ!」

「絶対そうよ! 大人がやることじゃない!」


結菜が立ち上がって言った。


「大人がやることじゃないって、大人の知恵を持っていない子供が、自分の都合が悪くなったり、ただ自分達を正当化したい時に使う、しょうもない言葉ですよね。それに私達は同級生ですけど」


文句を言った生徒は一歩下がって思った。

(M組の皆んなって、変に大人びでるせいで言葉選びを間違えた‥‥‥)


「くそ、遠回りするしかない!」


その時、輝久が結菜達を見つけた。


「皆んな!?」


結菜達が演技をしている間に、沙里は輝久を見て、無言でグッドポーズをした。


「皆んなありがとう!」

「おい! 輝久が行ったぞ! やっぱり罠だったんだ!」


その瞬間、三年生達は結菜達を押し退けて走りだした。


「待て輝久!!」

「拓海君!?」

「止まらねーと、ボコボコにすんぞ!」

「ひぃー!! 勘弁してよー!!」


すると結菜達全員が、一斉に笛を力強く吹き、廊下に笛の音が鳴り響いた。


その瞬間、校内放送のスピーカーから(ビリ、ビリビリ、ビリリリリリ)と耳障りな音が聞こえてきた。


「うわ! この音は! スタンガン!!」


いきなり拓海が怯えだしたと思ったら、スピーカーから真菜の声が聞こえた。


「拓海君、三年生を阻止して! 輝久君を守って!」


すると拓海はいきなり振り向き、走ってくる三年生の制服を掴んで倒しだした。


「拓海君ありがとう!」

「おう!」


***


よし、売店が見えてきた!

その時、階段から一人の二年生が降りてきた。


「よし! 一番乗り!」


ヤバ!

急げ僕!急げ僕!

このまま走れば二番目には買えるはず!


必死に走る中で、一階の窓から、二階の窓にもたれかかる愛梨さんの姿が見えた。


「愛梨さん!?」


僕は、走ってくる二年生の波に逆らって階段を駆け上がった。


「愛梨さん! 大丈夫ですか!」

「輝久先輩!?」

「もしかして傷が!?」

「少し痛むだけです」


僕は慌てて愛梨さんをお姫様抱っこし、保健室に走りだした。


「て、てて、輝久先輩!?」

「今保健室まで連れて行きます!」

「先輩もメロンパンを買いたかったんじゃ‥‥‥」

「そんなことより、愛梨さんの方が大事です!」


愛梨さんは顔を真っ赤にして言った。


「お、重くないですか?」

「全然大丈夫!」


なんとか保健室に着き、愛梨さんを椅子に座らせた。


「早く脱いでください!」

「ぬ、脱ぐんですか!?」

「傷を確認しないと!」

「だ、大丈夫です! 傷が開いたりはしてないので!」

「でも確認しないと、もしものことがあったら!」

「ぬ、脱がなくても、制服をめくれば」

「それじゃ失礼します!」

「ちょっ、ちょっと先輩!?」


僕は愛梨さんの制服をめくり、お腹を確認した。


「ガーゼに血とかは染みてないね」

「だ、だから大丈夫って言ったじゃないですか」

「愛梨大丈夫!? ‥‥‥元気そうだね」

「芽衣先輩!? 鈴先輩!?」

「愛梨ちゃんが運ばれていくのが見えたから」

「それで駆けつけたら、おっぱじめようとしてたってわけ」


芽衣さんの言葉を聞いて、僕は慌てて愛梨さんから離れた。


「ち、違うんです! お腹の傷を確認しただけで!」

「はいはい、それで? 大丈夫だったの?」

「私は大丈夫です」


鈴さんが僕の手元を見て聞いた。


「メロンパンは?」

「買えなかったよ。それと今気づいたんだけど、教室に財布忘れてた」

「うわ」

「てか、なんで皆んな協力してくれたの?」

「それは教室に戻ったら話すよ」

「一人で教室戻れる?」


そう鈴さんが優しく聞くと、愛梨さんはゆっくり立ち上がった。


「はい、大丈夫です」

「それじゃ、次に愛梨さんに会うのは卒業式の日かな。またね!」

「はい」


***



輝久達が戻っていったあと、愛梨は保健室内を一人でウロウロしていた。


(どうしようどうしよう! お姫様抱っこされちゃった。お腹も触られちゃったし! 輝久先輩が卒業しちゃう前に、こんな嬉しいことが起きるなんて! 最後にいい思い出できちゃいました!)



***



教室に戻ってくると、ニコニコした沙里さんに食い気味に聞かれた。


「メロンパン買えた!?」

「買えませんでした。それより、なんで皆んなが協力してくれたんですか?」

「昨日、沙里さんから電話が来たんだよ」

「一樹君に?」

「うん、皆んなにもきたんじゃない?」


すると、結菜さんが席に座って説明してくれた。


「昨日沙里さんに言われたんです。愛梨さんの退院祝いに、輝久君が愛梨さんの大好物、メロンパンをゲットしようとしてるから手伝ってと。だから協力しました」


沙里さんも上手い具合に誤魔化して、協力をお願いしてくれたんだな。


「メロンパンは買えなかったけど、皆んなありがとうごさいます! まぁ、こんなこともあろうかと‥‥‥」


僕は机の横にかけた自分のカバンを開けた。


「メロンパン十個買っておきました!」

「それコンビニのメロンパンじゃないですか」

「気持ちが大事なんだよ。気持ちが!」

「そのメロンパン貸して」

「沙里さん‥‥‥絶対食べますよね!! 嫌です!!」

「そんな食いしん坊じゃないし」

「いや、M組一の食いしん坊だと思うんですけど」

「食べないから貸して」


しょうがなく沙里さんにメロンパンを渡すと、メロンパンの袋全てに、マジックペンで【輝久より】と書き

こみ始めた。


「はい、愛梨の下駄箱に入れて来て」

「わ、分かりました」



***



輝久が教室を出た時、美波が大声を出した。


「あー!!」

「どうしたのお姉ちゃん」

「食べ物をあげるで思い出したけど、またバレンタイン忘れてんじゃん!!」


一樹以外の全員が声を上げた。


「あぁー!!」


芽衣が頭を抱えて、絶望感を漂わせながら言った。


「バレンタインらへんに、毎回何か起きる運命なのかな。すっかり忘れてた」

「私、今から帰ってチョコを作ります!」

「私も!」


全員、一樹を一人残して帰ってしまった。


それからしばらくして、輝久が戻ってきた。


「あれ? 皆んなは?」

「チョコ作るって言って帰ったよ」

「そうなんだ。んじゃ僕も帰ろっかな」

「んじゃ俺も」





放課後、愛梨が帰ろうと下駄箱を開けた時、輝久が入れたメロンパンが雪崩のように崩れ落ちてきた。


(メロンパン? 輝久先輩からだ! やっぱり優しいな)


愛梨はメロンパンを見て笑顔になった後、少し切ない表情をして小さく呟く。


「好きだな‥‥‥」



***



その日の夜、結菜さんと沙里さんが二人で、僕の家を訪れた。


「二人ともどうしたんですか?」

「今年もバレンタインを忘れていました‥‥‥急いで作ったので、美味しいか分かりませんが‥‥‥」

「ありがとう! 嬉しいよ!」

「私からも」

「沙里さんもありがとうございます! 口にチョコ付いてますけどね」

「食べてないよ」

「そうですか」


その後、二人が帰った後にチョコが入った箱を開けると、沙里さんがくれたチョコには、見事に歯型がついていた。

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