前までの皆んな

今日も教室で暇を持て余している。

今はまだ、僕と芽衣さんしか来ていない。


「三月になっちゃいますね」

「そうだねー、なんかあっという間だったね」

「芽衣さんが掃除用具入れに閉じ込められていたのを、昨日のように思い出します」

「嫌なこと思い出さないでよ。あの時の結菜、本当に私を殺そうとしたのかな」

「あの頃の結菜さんなら、本気だったと思いますよ」

「まぁ、私も悪いんだけどね」

「そうですよ。芽衣さんが輝久君に嘘をつくからです」

「あ、結菜さんと沙里さん、おはよう」


結菜さんと沙里さんも登校してきた。

二人は自分の席に座り、沙里さんは興味津々に聞いてきた。


「私が来る前って、皆んなどんな感じだったの?」

「皆んな仲が悪かったですよ。僕がM組に来た初日なんて、教室内をカッターが飛んでましもん」

「輝久と結菜も仲悪かったの?」

「僕と結菜さんは、僕がM組に来た日に付き合い始めたので、仲が悪いことはなかったですけど、その頃の結菜さんはあまり笑いませんでしたね」

「そうそう、笑うことはあっても、今みたいな感じじゃなくて、人を蔑む笑いっていうかさ、怖かったよ」


結菜さんは本を閉じて不満そうな顔をした。


「人を悪者みたいに言わないでください」

「いや、あの頃は絶対に悪役だったよ」


沙里さんは何かを思い出すように首を傾げた。


「私が来た時には皆んな仲よかったよね。芽衣と結菜は、なんで仲良くなったの?」

「えっとね、合宿の時に、結菜を山に置き去りにしようとして、私が結菜を崖から突き落としたの」

「は!? 芽衣ってヤバイ人だったんだ」

「沙里もだいぶヤバイことしてたと思うんだけど‥‥‥」

「ま、まぁ、私のことはいいとして‥‥‥それで?」

「そのあと私も落ちて、崖の下で結菜と二人っきりになったの、そこで結菜の過去とか聞いたのが、仲良くなったきっかけかな? 熊とか出て大変だったんだよ」

「熊出たの!?」

「そうそう、熊は逃げていったんだけど、そのあと結菜の家の人が駆けつけてさ、あの怖いイメージだった結菜がビビって、可愛い声で叫んだのが可笑しくてさ」


結菜さんが急に立ち上がり、芽衣さんの方を向いた。


「それは言わない約束でしたよね。また拘束して閉じ込めてあげましょうか?」


芽衣さんも立ち上がり、二人はゆっくり近づいた。


「不意打ちじゃなかったら同じ手に引っかからないから、やれるもんならやってみな」

「いい度胸してるじゃないですか」


えぇ‥‥‥ 二人とも、卒業間際で喧嘩とか勘弁して‥‥‥。


すると二人は顔を見合わせ、クスクスと笑いだした。


「勘弁してくださいよ」

「結菜こそ」


僕は沙里さんに聞いた。


「どうなってるんですか?」

「知らぬ」

「ぬ?」

「ぬ」


二人は些細なことで喧嘩なんてしないほど分かり合い、仲良くなり、大人になっていたのだ。


また二人が座ると、結菜さんが沙里さんを見て話し出した。


「最初の頃は騙し合いの殺し合いみたいな、ドロドロした人間関係でした。私も沢山間違いを犯しましたし、皆んなが間違えて許し合って今があります。沙里さんだってそうです。沙里さんなんて、私の背中にコンパスを刺したんですから」

「あの時はその‥‥‥」

「今の沙里からは考えられないよね。今は結菜にべったりだもん。殺そうとした人と毎日一緒に暮らしてるとかさ、人生分からないもんだね」

「反省してる‥‥‥今は結菜が死んだら嫌だ!」

「私も、誰にも死んでほしくありません。あと気になることとかありますか?」

「んー、輝久は? なんかやらかした?」

「そもそも、全員のドロドロって、僕が中心だったような気がするんですよね‥‥‥僕自身やらかしたことと言えば、多分、八人か九人ぐらいと浮気してますね!」

「は? 最低」

「したくてしたんじゃないよ! 皆んなが無理矢理キスしてくるから! 沙里さんなんて唾液流し込んできたし」

「も、もうそんなことしないし! それより、結菜が不気味な笑みでこちらを見ている。戦う、仲間にする、逃げる、さぁ、一秒で選べ」

「逃げろー!」


僕と沙里さんは教室を飛び出した。



***



「追いかけないの?」

「思い出してイラっとしただけです。もう許していることなので」

「でも、今、輝久と沙里は二人っきりだよ?」

「たまにはいいんじゃないですか? 沙里さんなら大丈夫ですから」

「どうしちゃったの結菜! そんなの結菜じゃない!」

「私は私ですけど」

「いつもなら殺意剥き出しで追いかけるじゃん!」

「あの二人に関しては、二人っきりにしても大丈夫だと感じるんです」

「なるほど、ならいいけど」


その頃二人は‥‥‥


「本校舎まで逃げてましたけど、結菜さん追って来ませんでしたね」

「そうだね」

「せっかくですし、売店でも行きますか」

「お昼以外もやってるの?」

「はい、プリンでも食べましょ」

「プリン!? わーい!」

「皆んな授業中ですから静かにしてください」

「シー」

「いや、僕は静かにしてますよ」


輝久と沙里は、二人で売店にやってきた。


「プリン二つください」

「いや、十個!」

「プリンは一人一つまでって決まってるんですよ」

「そうなの?」


売店のおばちゃんは優しく言った。


「プリンは人気だからね」

「ならしょうがないか」


プリンを二つ買い、M組の下駄箱の前に座り、二人で話しながらプリンを食べ始めた。


「もしもの話ししていいですか?」

「なに?」

「僕と結菜さんが結婚したら、沙里さんはどうするんですか?」

「ずっと輝久が好き」

「そうじゃなくて、一人で暮らすんですか?」

「そっちね、そりゃ一人暮らしするよ」

「そうですか。ちなみに、なんで僕のことを好きになったんですか?」

「誰にでも優しくしてるところを見て、気づいたら好きだった。ずっと好きでいようって思ったのは最近だけどね」

「なるほど‥‥‥そういえば、髪が黒くなってからも、よく髪の毛気にしてるけど、やっぱり白くなるのは嫌なんですか?」

「なにその質問、デリカシーがないなー」

「ごめんなさい!」

「髪のことで、一回だけ病院に行ったことがあるんだけど、一回あそこまで真っ白になっちゃうと癖になって、また白くなるかもしれないって言われたからさ、気にしちゃうよ」

「そうですか‥‥‥」

「それより、結菜と結婚したら私がどうなるとか考えなくていいよ」

「なんでですか?」

「二人の幸せを邪魔する気はないから。まぁ、子供が生まれでもしたら、手伝えることはなんでもするよ? 二人に恩返ししたいもん」

「僕は何もしてないですけど」

「無意識に誰にでも優しいから、さっき言ってたドロドロの関係になったんじゃない? 好きにさせておいて放ったらかしにしてさ、女の子の気持ち考えなきゃ」

「沙里さんはどんな気持ちなんですか?」

「本当にデリカシーない。そろそろブッ飛ばすよ」

「すみません」

「私の気持ちなんかどうでもいい。でも、輝久を好きになった女の子の中で、愛梨が一番可哀想だよ」

「知ってたんですか!?」

「愛梨を見てれば分かるよ。キスすることも、付き合うこともできない。むしろ、その希望を持つことも許されない。卒業までに、一個ぐらい二人の思い出作ってあげなよ」

「結菜さんに怒られちゃいますよ」

「思い出なんて、いろんな形があるでしょ? さっき売店で見た看板」

「限定三個のメロンパンですか?」

「そう、あれプレゼントすれば?」

「あのイベントは毎年あるんですけど、凄い美味しいらしくて、本校舎のほぼ全員がチャイムと同時に走り出すんです。M組からじゃ無理ですよ」

「それをプレゼントするからいいんじゃん。ちなみに、愛梨はメロンパンが大好物だよ」

「明後日までに退院しますかね」

「したらでいいじゃん。私もこっそり手伝ってあげるよ」

「ありがとうございます」





そして三月一日、メロンパン争奪戦の日一日前、卒業式三日前だ。

今日は売店でプリンを買い、結菜さんに渡した。


「これ食べていいですよ」

「え!? いいんですか!?」

「うん!」

「ありがとうございます!」


沙里さんは机に顔をついて、気怠げに言った。


「私のは?」

「昨日一緒に食べたじゃないですか」


プリンを食べる結菜さんの手が止まり、M組全員の視線が僕に向けられた。


「一緒にですか? 私を教室に残して、二人でイチャイチャちゅちゅズブズブしながら食べたんですか?」

「それ、どういう食べ方ですか」

「沙里さん、どんな食べ方をしたんですか?」

「普通に食べたわ!」

「ま、まぁ、結菜さん、今度二人でスイーツ食べに行きましょう!」

「それなら許します!」

「沙里さん? 指咥えて行きたそうな顔してもダメです‥‥‥咥えてる指を無言で中指に変えないでください」


それを見て、結菜さんは笑顔で言った。


「いいですよ! M組の皆さんで行きましょう!」


本当、結菜さんの変化には驚くばかりだ。


「先輩!」


その時、麻里奈さんが慌てて教室に入ってきた。


「愛梨が登校してきました!」


その言葉に全員立ち上がり、愛梨さんの教室に走ろうとしたが、麻里奈さんに出口を塞がれてしまった。


「先輩! もう授業が始まっちゃいます! 次の休憩時間に来てください!」


そして麻里奈さんは自分の教室に帰って行き、全員、時計を見ながらソワソワしていた。





時間は経ち、授業の終わりを告げるチャイムと同時に全員走りだし、愛梨さんの教室に着いてすぐに、結菜さんは愛梨さんの名前を呼んだ。


「愛梨さん!」

「皆さん! 来てくれたんですね!」

「もう大丈夫なんですか?」

「はい、まだたまに傷が痛みますが、今のところは大丈夫です!」


皆んなが愛梨さんと話している時、麻里奈さんの件の時、僕とトラブルを起こした男子生徒が、僕に話しかけてきた。


「先輩」

「あぁ、久しぶりだね」

「はい、あの時はすみませんでした。自分が間違えたことをしているのに、先輩に突っかかってしまって」

「全然いいんだよ。あの時は僕も頭に血が上ってたからさ、それじゃ、仲直りってことで!」

「はい!」


僕達が握手するのを、結菜さん達はもちろん、麻里奈さんも嬉しそうに見ていた。


「沙里、今なら抱きついてもいいですよ」

「皆んな見てるからいい。それより、これからも友達でいてね」

「なに当たり前のことを言ってるんですか?」

「愛梨〜!」

「結局抱きつくんですね」


美人生徒会長と、人形のように可愛い女子生徒の二人が抱きつく光景を、そのクラスの男子生徒は、少し興奮気味に見ていた。

女子生徒達は、その男性生徒を冷ややかな目で見ていたのは言うまでもない。


明日のメロンパン争奪戦、頑張ろう。

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