帰る......

あー、沙里さんに手を握られながら眠ちゃったのか。

ちゃんとベッドで寝なかったのか、体が痛い。


「おはよう沙里さん‥‥‥沙里さん?」


部屋に沙里さんの姿は無く、テーブルに置き手紙が置いてあった。


『優しくしてくれてありがとう。やっぱり迷惑になるから出ます』


いつも図々しいのに、こういう時ばっかりなんなんだ。

僕は家を飛び出して、ゲームセンターに向かった。

すると沙里さんは、ゲームもせずにメダルコーナーにある休憩用のソファーに座っていた。


「沙里さん」

「なんでここが分かったの?」

「沙里さんがいそうな場所って、ここぐらいじゃないですか。それに、また裸足で‥‥‥」

「結菜の家に靴置いてきちゃったし」

「それじゃ今から買いに行きましょう!」

「財布も置いてきた」

「それじゃ買ってあげるので、お金はいつか返してください」

「‥‥‥分かった」


二人で出口まで来て、そのまま外に出ようとする沙里さんを呼び止めた。


「そのままじゃ本当に足が怪我しますよ?」

「いいよ。二人は‥‥‥こんなのより痛かったんだから」

「背中に乗ってください。靴屋までおんぶします」

「結菜に怒られちゃうよ」

「その時はその時です!」


沙里さんは俯いたまま僕の背中にしがみついた。

沙里さんってこんなに軽かったんだな。


「重くない?」

「全然ですよ!」


それからしばらく歩いて靴屋が見えてきた時、僕の携帯が鳴った。


「沙里さん、電話に出て携帯を僕の耳に当ててくれませんか?」

「分かった(結菜だ‥‥‥)」

「もしもし」

「愛梨さんも目を覚ましました!」

「本当ですか!?」

「はい! 意識もハッキリしているみたいです!」

「よかった‥‥‥」

「沙里さんは何してますか?」

「沙里さんなら、今一緒に靴を買いに行くところです」


僕がそう言うと、沙里さんは焦って大きな声を出した。


「ちょっと輝久!?」

「沙里さんに変わってください」

「沙里さん、結菜さんが電話変わってだって」


沙里さんは恐る恐る電話を変わった。


「もしもし‥‥‥」

「莉子先生からの伝言です」

「‥‥‥『沙里さんも走って助けに来てくれたと聞きました。ありがとう。宮川さんは沙里さんを悪く思っていません。本当の家族だと思っています。私は宮川さんと結婚しているので、沙里さんが宮川さんの家族なら、沙里さんは私の子供のような存在です。皆んなが沙里さんの帰りを待っています』そう言っていました」


沙里さん、何も喋らないけど泣いてるよな‥‥‥。


「今のが莉子先生からの伝言ですよ」


沙里さんは何も言わずに電話を切ってしまった。



***


電話を切られた結菜は、悲しくなりながらもずっと外で沙里の帰りを待っていた。


***


「輝久‥‥‥ここまで連れてきてくれて悪いんだけど‥‥‥」

「さて、帰りますか!」

「うん‥‥‥帰る‥‥‥」

「全力で走るので、ちゃんと掴まっててくださいね!」

「えっ!? う、うわ〜! 落ちる落ちる!」

「家に着くまでに、ちゃんと涙乾かしてください笑顔で帰りましょう!」

「分かった! 分かったからスピード落としてー!」



***



結菜の家が見えてきた時も、沙里は落ちないように輝久にしがみついていた。


「落ちるってばー!」


その声を聞いた結菜は、慌てて道路に出てきた。


「沙里さん!」

「沙里さん、笑顔です笑顔」


沙里はぎこちない笑顔で言った。


「た、ただいま!」


結菜さんは二人の元へ駆け寄り、正面から輝久に抱きついてきた。


「おかえりなさい」

「結菜さん?僕に抱きついちゃってます」


「二人に抱きついてます」

「な、なぜ?」

「沙里さんには帰ってきてくれてありがとうの意味を、輝久君には感謝です」


すると、沙里は慌てて輝久の背中から降りた。


「冷たっ! あっ、えっとね結菜、輝久がおんぶしてくれたのは、私の足を心配してくれたからなの、だから輝久を責めないで!」

「大丈夫ですよ、早くお家に入りましょう」


三人で結菜の部屋に入り、沙里は足を拭きながら言った。


「愛梨‥‥‥大丈夫かな」

「輝久君、言ってないんですか?」

「走るのに必死で忘れてました,愛梨さんも目を覚ましたみたいですよ」

「本当?」

「本当ですよ、病院に電話して確認しました」

「よかった‥‥‥」


その時、宮川が部屋のドアを開け、優しい表情で言った。


「沙里さん、おかえりなさい」

「た‥‥‥ただいま‥‥‥」

「沙里さんにお客様です」

「誰?」

「愛梨さんのお爺様です。輝久さんと結菜お嬢様はここでお待ちください」

(愛梨のお爺ちゃん、きっと怒ってるんだろうな‥‥‥)

「沙里さん、茶の間へ」

「うん‥‥‥」


沙里は一人で茶の間に行き、愛梨のお爺さんを見てすぐに頭を下げた。


「ごめんなさっ」

「大丈夫じゃ、お前さんは悪くない。とにかく座りなさい」


お爺さんは、沙里に謝罪をさせなかった。


「愛梨はな、昔から口を開けば沙里は沙里はって、お前さんのことばっかりでな」


沙里は何も言わずに正座して話を聞いた。


「目を覚ました時、一番最初に呼んだ名前もお前さんの名前だった。そして私は、犯人がお前さんの母親だと知った時、正直お前さんを殺してやろうと思った」


それを聞いて、沙里は拳をグッと握りしめて涙を我慢した。


「そしたらな、愛梨に怒られてしまった‥‥‥。お前さんなら知っているかもしれんが、愛梨はあまり感情を表に出さない。素直じゃない子だった。だが、今の学校に通うようになって‥‥‥随分変わったよ。沙里さん、これからも愛梨と仲良くしてくれるな」


沙里は大粒の涙を流しながら言った。


「‥‥‥はい」

「それだけ言いたかったんじゃ。罪悪感を持つなとは言わん。だが罪悪感があるなら、これからも仲良くして、幸せな時間を共有して償いなさい。それとお前さん、黒い髪も似合っておるぞ」


沙里は泣きながら、帰っていくお爺さんの背中に向かってお辞儀をした。

そのあと沙里は、茶の間で正座したままボーっとしていると、窓を叩く音が聞こえてビックリして振り向いた。


「よっ! ちびすけ! 開けろ!」


そこにいたのは莉子先生の父親、剛だった。

沙里は少し怯えながら窓を開けた。


「うぅー、寒いなー」

「なんで玄関から入らないの?」

「外からチビすけが見えたからな。なんとなくだ」

「私は沙里って名前がある」

「沙里とチビを合わせて、チビリとかどうだ! それじゃ、しょんべん漏らした奴みたいか! あはははは!!」


沙里は怒ったりしなかった。


「なんだ沙里、勢いがないな」

「私のお母さんが、ご迷惑を‥‥‥」

「なに丁寧な言葉使ってんだ。らしくないぞ」

「ごめんなさい‥‥‥」

「ちゃんと謝れたから許してやる! まぁ、沙里のことを悪く思う気持ちなんて、一ミリもないけどな!」

「先生のお腹には、赤ちゃんがいたんだよね‥‥‥」

「いたんだよねってなんだ? 今もいるんだよ」

「どういうこと?」

「なんだ知らねーのか? 宮川さんの早とちりだったんだよ」

「え!? んじゃ子供は!?」

「無事だ」

「そっか‥‥‥よかった‥‥‥本当によかった‥‥‥」

「俺はそれを宮川さんに伝えにきたんだ。また後でなチビすけ!」



***



沙里さんが部屋に戻ってきた時には、結菜さんはベッドで寝ていた。


「結菜寝てるの?」

「はい、一日中、沙里さんがいつ帰ってきてもいいように起きて待っていたみたいですよ」

「なにかお詫びしなきゃ」

「結菜さんはお詫びとか望んでないと思います。沙里さんは色んな人から愛されてますね」

「私なんかが愛されていいのかな」

「いいに決まってるじゃないですか!」

「輝久は? 私のこと愛してる?」


今の沙里さんを否定したくないな‥‥‥。


「ま、まぁ、いろんな意味で‥‥‥わっ!?」


寝ていたはずの結菜さんが僕の腕を掴んできた。


「沙里さんに優しくするのと、今の発言は別問題です」

「なんでいきなり起きるの!?」

「夢の中で悪寒がしたので」

「結菜ごめんって、輝久は悪くないの」

「そうですね、分かってます」


そう言って、結菜さんはまた眠ってしまった。

そして沙里さんは結菜さんの頭を撫でながら言った。


「ありがとうね、結菜」

「幸せそうな寝顔ですね」

「うん、そういえば、莉子先生の赤ちゃん無事だったって」

「本当ですか!?」


結菜さんは再びいきなり起き上がった。


「結菜、さっきからいきなり起きるの怖いよ」

「本当なんですか!? 答えてください!?」

「本当だよ! 剛さんが言ってた!」


その時、宮川さんが勢いよく部屋のドアを開けた。


「神はいるぞー!!」


僕達三人は笑顔で言った。


「いるぞー!!」

「じゃねーよ! 宮川!! なに早とちりしてんだ!! 私がどんな気持ちになったから分かってるのかー!!」

「はい沙里さん、新商品のチョコレートです」

「よし、許す!」


沙里さん、チョコで許すんだ‥‥‥。

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