命
「学校暇ですね」
「この時期、三年生の登校は自由ですからね」
「結菜さんはなんで来てるの?」
「輝久君に会いに来てます」
「沙里さんは?」
「一人で家にいても暇だから」
今日学校に来てるのは僕と結菜さんと沙里さんだけだ、
教室で暇を持て余していると、謎の校内放送放送が流れ始めた。
「
「阿部先生なんて、この学校に居たっけ」
「聞いたことないですね」
「私も知らない。てか、先生の休みを放送で知らせるって変じゃない?」
「皆んな!! 外に出て!!」
その時、莉子先生が慌てた様子で教室に入ってきた。
「どうしたんですか?」
「刃物を持った不審者が本校舎に入ってきたのよ! 他の皆んなは?」
「た、多分休みです!」
「わかった、早く先生に着いてきて!」
僕達がグランドに避難すると、既に沢山の生徒が避難していて、その中の一人の女子生徒が莉子先生に話しかけてきた。
「先生! 愛梨が居ないんです!」
「まだ校内にいるの!?」
「次の授業が体育だったから、多分更衣室に‥‥‥」
「でも放送聞こえたでしょ!」
「愛梨は更衣室に行くと、着替えた後、時間ギリギリまでイヤホンで何か聴いてるんです! もしかしたら放送に気づいてないかも!」
それを聞いた莉子先生は、校内に走り出した。
「先生! ダメです!! 犯人はまだ中にいます!! それに莉子先生は走っちゃ行けません!!」
「山口先生!! 離してください!!」
莉子先生は山口先生に止められたが、莉子先生は手を振り払って校内に走ってしまった。
「結菜さん‥‥‥莉子先生大丈夫かな」
「私も行きます」
結菜さんがそう言うと、沙里さんは無言で結菜さんと手を繋いだ。
「どうしました?」
沙里さんは震える手で二階を指差した。
「あれ‥‥‥」
そこにいたのは、ナイフを持った沙里さんのお母さんだった。
「多分‥‥‥結菜と愛梨に恨みを持って‥‥‥」
「これなんの騒ぎ?」
そのタイミングで、芽衣さん達が全員揃って登校してきた。
「ナイフを持った人が学校に入ってきたんです」
僕がそう言うと、柚木さんは持っていたジュースを落とし、表情が変わった。
「死んじゃう‥‥‥皆んな死んじゃう‥‥‥」
「大丈夫です! すぐに警察が来ます!」
結菜さんが柚木さんの背中を摩ってあげたその時、沙里さんが走りだした。
「沙里さん!! ダメです!!」
結菜さんの言葉を無視して、沙里さんが学校に入った瞬間、警察が到着した。
そして沙里さんのお母さんが二階の教室に入った時、二階の更衣室に入る莉子先生が見えた。
これ、鉢合わせたらまずいんじゃ‥‥‥。
***
「り、莉子先生!? どうしました?」
「無事で良かった。とにかく逃げるわよ!」
莉子先生は愛梨さんの手を引いて、沙里さんのお母さんがいる方に走りだした。
それを見ていた、グランドにいる生徒みんなが咄嗟に叫んだ。
「莉子先生!! そっちはダメです!!」
莉子先生にその声は届いていない。
「警察の人! 逆に走れって呼びかけてください!! 皆んなも!!」
警察官が慌ててスピーカーを取り出した時、二人は沙里のお母さんと鉢合わせになってしまった。
「一人目見つけた。あんた、あの時の子よね」
「そのナイフ、どういうつもりですか」
「愛梨さん、刺激しちゃダメよ」
「お前ともう一人の女を殺しに来たんだよ!!」
沙里のお母さんはナイフを強く握りしめて愛梨に向かって走った。
「愛梨さん!! 逃げて!!」
二人が背中を向けて走り出す瞬間、莉子先生は愛梨を庇うように後ろからナイフで刺されてしまった。
「先生!!」
それは外に避難している皆んなにも見えていて、叫ぶ生徒、泣き出す生徒もいた。
「莉子先生‥‥‥嘘だろ‥‥‥あっ! 愛梨さーん!!」
目の前で先生が刺され、立ち止まってしまった愛梨も腹部を刺されて、その場に倒れてしまった。
その時、沙里さんの叫び声が聞こえて、警察が沙里さんのお母さんを取り押さえるのが見えた。
それからすぐに救急車も駆けつけて、校内から二人が運ばれてきた。
「意識不明の重体! 運べる病院は!」
「まだ見つかりません!」
M組の生徒は二人に駆け寄った。
「先生!! 愛梨!!」
「莉子先生! 愛梨さん! しっかりしてください!!」
結菜さんが慌てて救急隊に詰め寄った。
「早く病院を見つけてください!!」
「今探してるところです!」
それからすぐに。救急車から降りてきた人が言った。
「一件見つかりました! ただ、一人しか運べません!」
「どっちかを見捨てろってことか!!」
「とにかく一人を急いで運びましょう!!」
このままだとどっちかが死ぬと察したみんなが絶望を感じた。
その時、莉子先生が薄っすらと目を開けた。
「愛梨さんを‥‥‥運ん‥‥‥」
「先生!! しっかりしてください!! 宮川さんが悲しみます!! 宮川さんも、私達も置いていくんですか!!」
「女子生徒を運べ!」
救急車は愛梨を乗せて病院に向かい始めた。
もう一台の救急車の中では、必死に病院を探している。
***
柚木さんは芽衣さんに背中を摩られてるけど、息遣いも荒くなっていて限界そうだ。
沙里さんが運ばれてこないってことは、沙里さんは無事なのかな。
そう思ったその時、一機のドクターヘリがグランド上空に飛んできた。
ドクターヘリはグランドに着陸し、凄い形相の宮川さんが降りてきた。
「病院なら私が連絡をつけた!! 莉子をヘリに運べ!!」
「は、はい!!」
宮川さんは明らかに怒っていた。
あんなに本気で怒った宮川さんを初めて見たかもしれない。
そして、莉子先生はすぐにドクターヘリで運ばれた。
しばらくして、手錠をした沙里さんの母親が外に出てきて、結菜さんの前で立ち止まって言った。
「良かったな。お前は死ななくて」
結菜さんは沙里さんのお母さんに掴みかかろうとしたが警察に止められてしまった。
「君! 落ち着いて!」
沙里さんのお母さんは、警察に無理矢理引っ張られてパトカーに乗せられた。
その後、警察に連れられて沙里さんが戻って来て、結菜さんは沙里さんに駆け寄った。
「沙里さん! 怪我はないですか?」
「私のせいだ‥‥‥」
「沙里さんはなにも悪くありません」
「私がいなければ‥‥‥二人があんな目に合うことはなかった‥‥‥」
「今日は帰りましょう」
「‥‥‥」
「皆さんも帰って大人しくしましょう。莉子先生に関しては、宮川さんに状態を聞き次第グループチャットに連絡します」
***
そして全員、不安な気持ちを抱えながら帰宅して、沙里は部屋に入ってすぐに横になってしまい、結菜は沙里のことを考えて、声をかけずに寝かせることにした。
※
数時間後、宮川は莉子先生の手を握り続けていると、莉子先生が目を覚ました。
「莉子! 聞こえるか? 莉子!」
「お腹の子は‥‥‥」
宮川は涙を流し、それを見た莉子先生も静かに涙を流した。
※
約六時間、結菜は宮川が帰ってくるのを外で待ち続けていて、そこに宮川が帰ってきた。
「結菜お嬢様! コートも着ずに、風邪を引いてしまいます!」
「莉子先生は‥‥‥」
「目を覚ましました。意識もはっきりしています」
「本当ですか?」
「はい!」
「‥‥‥宮川さん‥‥‥なんでそんな辛そうな顔をしているんですか?」
「辛くなんて‥‥‥ないです‥‥‥」
「宮川さん‥‥‥本当のことを言ってください!」
「目を覚ましたのは本当です‥‥‥ただ‥‥‥莉子は妊娠していました。今回の件で子供はもう‥‥‥」
「そんな‥‥‥っ!!」
「お嬢様! 怪我をしてしまいます!」
結菜は悲しみと怒りに任せて、外のコンクリートを本気で殴り、拳から出血してしまった。
それを見た宮川は結菜の拳を優しく握り、涙を流して言った。
「莉子は、これからどんどんお腹が大きくなっていって、いつ皆んな気づくかなって‥‥‥毎日ワクワクしていました‥‥‥なのに‥‥‥なんで、こんなことに‥‥‥」
「今の話、皆んなには言わないでください。特に沙里さんには絶対に‥‥‥」
「はい‥‥‥」
「ごめん‥‥‥なさい‥‥‥」
「沙里さん!?」
沙里は、結菜のことが心配になって玄関で二人の話を聞いていたのだ。
「私のせいだ‥‥‥」
沙里は裸足のまま雪の中を走り、家を出てしまった。
「沙里さん!!」
沙里は輝久の家に行き、チャイムを押した。
***
「沙里さん!? なんで裸足なの!? 足が赤くなってますよ!」
「ここに来たこと、結菜には言わないで‥‥‥」
「と、とにかく上がってください!」
僕は沙里さんを部屋に連れて行き、お湯で濡らしたタオルを沙里の足に当てた。
「熱くないですか?」
「大丈夫‥‥‥ありがとう」
「それで、どうしたんですか?」
「私はあの家にいちゃいけない。宮川の視界に今後一切入っちゃいけない」
「よく分からないですけど、莉子先生は無事だって、結菜さんが言ってましたよ?」
「うん‥‥‥今日だけ泊めて」
「それは‥‥‥」
「お願い。明日には出て行くから、輝久にも変なことしない」
明らかに沙里さんの様子が変だな。
「分かりました。ベッドは自由に使ってください。あっ、携帯鳴ってますよ」
結菜さんからの電話だった。
「出ない」
「な、なんか食べますか! お菓子とか買ってきますよ!」
「いらない‥‥‥」
沙里さんがお菓子を欲しがらないなんて‥‥‥。
「沙里さん‥‥‥なにがあったのか教えてください」
「莉子先生‥‥‥お腹に赤ちゃんがいたんだって‥‥‥」
「そうなんですか!?」
「でも‥‥‥赤ちゃん死んじゃったって‥‥‥」
二人の間に数秒の沈黙が流れ、僕は立ち上がった。
「新しいタオル持ってきますね!」
そう言って僕は部屋を出て、すぐに泣き崩れてしまった。
***
その泣き声は沙里にも聞こえていて、沙里は耳を塞ぐようにベッドに潜り込んだ。
***
僕は涙を拭いて、急いで新しいタオルを持って部屋に入った時、僕の携帯が鳴った。
「もしもし結菜さん?」
沙里さんは起き上がり、僕を不安な表情で見つめた。
「沙里さん来てませんか?」
「‥‥‥来てないです」
「そうですか‥‥‥もし見つけたら教えてください」
「分かりました」
電話を切ると、沙里さんはベッドから出て謝ってきた。
「ごめんね、バレたら輝久も大変だよね」
「その時は二人でお仕置きされましょう!」
「輝久は優しいね」
「でも結菜さん、すごく心配そうでしたよ」
「そっか‥‥‥」
「明日は帰るんですか?」
「もう帰らないよ」
「んじゃどうするんですか?」
「美波の家とか、いろいろ行ってみる」
「‥‥‥しばらく泊まってもいいですよ」
「え?」
「沙里さんの気持ちが落ち着くまで、僕の家に泊まってください」
「ありがとう‥‥‥本当にありがとう‥‥‥」
その日の夜、沙里さんが眠りについた後、僕は部屋を出て結菜さんに電話をかけた。
「結菜さん、ごめん」
「どうしました?」
「今、僕の家に沙里さんが泊まってる」
「沙里さんは元気ですか?」
「元気はないけど、落ち着いたのか今は寝てるよ」
「よかったです‥‥‥」
「怒らないんですか?」
「はい、今の沙里さんを一人にしないであげてください」
「分かりました。宮川さんは大丈夫ですか?」
「沙里さんから聞いたんですか?」
「うん‥‥‥」
「宮川さんは大丈夫です。さっきまで泣いていましたが、莉子先生を支えると言っていました。心は前向きなようです」
「さすが宮川さんだね」
「はい、沙里さんのことはお願いしますね」
「分かりました」
電話を切り、沙里さんの寝顔を見ると、寝ながら涙を流していて、胸が締め付けられたが、僕は結菜さんのお婆さんがやっていたことを思い出して、沙里さんの頭を優しく撫でてあげた。
「大丈夫大丈夫、沙里さんは悪くない」
すると沙里さんは、撫でる僕の手を握った。
「ごめんなさい、起きちゃいましたか」
沙里さんは僕の手を自分の顔に抱き寄せるようにして何も言わずに泣き、手を伝う沙里さんの温かい涙が、僕の胸を更に締め付けた。
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