別れの星が踊る
土曜日の朝、僕は結菜さんとお墓まいりに行くために、結菜さんの家にやって来た。
すると、結菜さんは既に外で待っていてくれていた。
「お待たせ!」
「おはようございます。それでは行きましょうか」
結菜さんはいつもとは違い、なんだか緊張しているみたいだった。
まぁ、無理もないか。
それから結菜さんに着いて行くと、何故か駅に着いた。
「お墓って遠いの?」
「はい、山形県です」
「え?」
「これから新幹線に乗ります。お金は私が払うので心配しないでください」
問題はそこじゃないんだけど‥‥‥遠すぎてビックリだ。
新幹線に乗り、僕達は山形県に向かった。
※
「着きましたよ」
「あ、ごめん、僕寝ちゃってた」
「大丈夫です」
結菜さんに起こされて駅を出ると、なんだ落ち着く雰囲気の田舎街だった。
「ここって、山形のどこ?」
「米沢市の小野川って場所です。お母さんの実家と皆んなのお墓があります」
「へー、なんだか空気が美味しくていい場所だね」
「そうですね。昔は私もここに住んでいたんですが、冬には雪が致死量降ります」
「なにそれ怖い」
結菜さんと住宅街を歩いて、お母さんの実家に向かった。
建っている家も昔ながらの素敵な家が多い。
「ここです」
「実家はお金持ち感ないね」
「お爺ちゃんとお婆ちゃんは、昔から見栄を張らない人でしたから。もう何年も会っていませんが‥‥‥」
「チャイム、僕が押そうか?」
「自分で押します‥‥‥」
結菜さんが震える手でチャイムを押すと、優しそうなお婆さんが出てきた。
「ひ‥‥‥久しぶり‥‥‥です」
「えっと、その声は」
結菜さんは昔かけていたメガネを持ってきていて、そのメガネをかけて見せた。
「結菜だよ‥‥‥」
「あ、あんた! 結菜ちゃんが来たよ!」
「なんだって!?」
家の中から、大慌てで玄関に向かってくる音が聞こえ、息を切らしたお爺さんが家から出てきて、結菜さんの肩を掴んだ。
「結菜! お前‥‥‥結菜か!」
「うん‥‥‥」
お爺さんとお婆さんは涙ぐんで、結菜さんとの再会を喜んでいるみたいだ。
「結菜ちゃん、こんなに綺麗になって‥‥‥」
「ありがとう。この男性は、私の婚約者です」
「は、はじめまして!」
「よく来てくれた。二人とも上がりなさい」
急に婚約者と紹介されて焦ったが、普通に受け入れてくれた。
お爺さんに言われるがままに、家に上がらせてもらうと、お婆さんは僕達にお茶を出してくれた。
「わざわざ遠いとこまでありがとうな」
「いえ、僕は着いてきただけなので」
「結菜、お前元気にしてたか?」
「うん、元気だよ」
「私は結菜ちゃんに会えて嬉しいよ」
「良かった」
「あっちで一人で暮らすって言った時は、お婆ちゃん心配で心配で」
「ごめんなさい。でも、ご飯とか作ってくれる人もいて、今は友達も一緒に暮らしてるから大丈夫だよ」
「んだらばよがったげども」
え、いきなり凄い訛り。
さっきまで標準語だったじゃん!?
「んで、結菜の婚約者の名前はなんて言うんだ?」
「あ、自己紹介が遅れました。林輝久と申します」
「しっかりした子だな。輝久君と結菜はいつ結婚すんなだ?」
「ま、まだ決まってません! ‥‥‥なだ?」
「するんだ? ってことだ。結婚式はジジババも呼んでな」
「勿論です!」
お婆ちゃんが優しい表情で聞いた。
「お仏壇さ、手合わせるが?」
「うん‥‥‥」
お茶を飲んでいた茶の間の、真横の部屋にお仏壇があり、結菜さんは家族の遺影を見つめて泣き崩れてしまった。
「大丈夫だ。ゆっくりでいいがらな」
「結菜ちゃん、深呼吸深呼吸」
「大丈夫‥‥‥」
結菜さんは震える手でお線香をあげ、ちゃんと手を合わせた。
結菜さんが手を合わせ終え、僕もお線香をあげさせてもらった。
結菜さんとお付き合いさせてもらっている輝久と申します。結菜さんは今も強く生きています!
どうか結菜さんを、これからも見守ってあげてください。
そう心の中で伝えて、手を合わせ終えると、結菜さんはお婆さんに抱きついて泣いていた。
「きっと三人も嬉しがったべ」
「お婆ちゃん‥‥‥私頑張った‥‥‥」
「うん、見ればわがる。結菜ちゃんはいっぱい頑張った」
「皆んなに会いたいよ‥‥‥」
「ほら、お婆ちゃんの太ももさ頭置いで、目ば瞑ってごらん」
お婆さんは、結菜さんのことを膝枕して、結菜さんの頭を撫で始めた。
「大丈夫大丈夫。皆んな結菜ちゃんば見守ってるがら、ずっと側さいでくれでるがら」
お婆さんの優しい声に、結菜さんは落ち着いたのか、ゆっくり起き上がっり涙を拭いた。
「結菜、お前強ぐなったな」
「全部、輝久君のおかげなんだよ。輝久君がずっと側にいてくれて、優しくしてくれたから」
「な、なんか照れますね」
お爺さんとお婆さんは、嬉しそうに笑ってくれた。
「んで結菜、お前はお葬式も途中で帰って、しばらく部屋に閉じこもってだっけべ? んだがら知らねがもしれないげど、お墓への納骨がまだ終わってないんだ」
「それじゃ遺骨はどこにあるの?」
「ほれ、仏壇の横」
結菜さんは三人の遺骨の前に座り、一つ一つ骨箱を撫でるように優しく触った。
「なんだか暖かい気がする。今日は納骨できないの?」
「土曜日だからでぎるがもしんねな。婆さん、お坊さんさ電話してけろ」
ケ‥‥‥ケロ?
カエルの真似してるのかな?お茶目なお爺さんだ。
お婆さんはすぐにら電話してくれて、これから納骨できることになった。
それから一時間ぐらい四人で話をして、お墓に向かった。
※
お墓には、お盆でもないのに綺麗な花が添えられてある。
「結菜、お前が納骨するか?」
「うん、私がしなきゃいけない気がする」
何故か違和感なかったけど、結菜さんはお爺さんお婆さんには敬語使わないんだな。
結菜さんは、お父さん、お母さん、お姉さんの順番に、なにも言わずに納骨をしていった。
結菜さんは遺骨を見ても泣くこともなく冷静だ。
だが、全ての納骨が終わり、お墓に手を合わせている時、結菜さんのすすり泣く声が聞こえた。
「ばいばい‥‥‥」
結菜さんの小さな声に、僕も思わず涙が出てしまった。
お爺さんとお婆さんも涙を堪えられなかったみたいだ。
それから実家へ戻ると、結菜さんは元気な表情に変わっていた。
「なんかスッキリしました」
「来てよかったね」
「はい、輝久君も付き合わせてしまってごめんなさい」
「大丈夫だよ! 結菜さんのためなら何処へでも着いて行くよ」
「地獄でもですか?」
「できれば天国行きたいです」
「それじゃ話が違います!」
お爺さんが笑いながら言った。
「仲良いんだな! 今日は泊まっていぐんだべ?」
「え、そんな悪いですよ!」
「輝久君、せっかくですから泊まって行きましょうよ」
「結菜さんがそう言うなら‥‥‥」
「二階の部屋が空いてるがら、ゆっくりしてげ」
「それじゃお言葉に甘えて」
※
夕方になり、結菜さんが行きたい場所があると言って、二人で外に出た。
目的地に着く頃には真っ暗で、そこには沢山の蛍が飛んでいた。
「すごい! 蛍見たの初めてだよ!」
「ここは家族との思い出の場所なんです」
「そうなんだね! すごい綺麗」
「お墓まいりもして、これで、本当の意味で前を見て生きていけそうです」
「よかった。でも無理に頑張らなくていいからね? 前を向けなくなっても僕がいるんだから、前を見ることも大事だけど、たまには下を見ないと躓いちゃうでしょ」
結菜さんは蛍を見つめたまま静かに涙を流した。
「結菜さん? どうしたの?」
「下を向いてもいい生き方なんて知りませんでした‥‥‥輝久君のその考え、素敵です」
いや、蛍に囲まれて涙を流す黒髪の少女‥‥‥この光景の方が素敵だ。
こんな綺麗で神秘的な光景は他にあるだろうか。
きっと無い。
「すごい‥‥‥」
「えぇ、すごいです。私が望んでいた景色です‥‥‥」
「え?」
空を見上げると、沢山の流れ星が流れていて、蛍と流れ星が合わさり、遠くで星が流れ、目の前では星が踊っているような不思議な感覚になった。
「皆んなが、今ここにいるような気がします」
「きっといるよ。声に出して気持ち伝えてみたら?」
結菜さんは深呼吸をした後言った。
「‥‥‥大好き‥‥‥皆んな大好き!!」
結菜さんが涙を流しながらそう言うと、草に止まっていた蛍も一斉に宙を飛び回り、僕には結菜さんの家族が結菜さんの言葉に答えてくれたように感じた。
「声が届きました‥‥‥」
「それじゃ僕も! 結菜さんのお父さん! お母さん! お姉さん! 僕が絶対に結菜さんを幸せにします!! ‥‥‥う、うわ! 顔にいっぱい飛んできた!」
それを見た結菜さんは笑顔で言った。
「あはは! お父さんが怒ったのかもしれません!」
「そ、そんな!」
それから長い時間結菜さんと蛍を眺めて、手を繋いで実家に帰る途中、ふと沙里さんのことが気になった。
「そういえば、沙里さんは一人で大丈夫なんですか?」
「はい! 悪さをしないように、愛梨さんと一緒にお仕置き部屋に閉じ込めておきましたから!」
愛梨さんが心配になってきた。
「少し、宮川さんに電話してもいいですか?」
「うん! いいよ!」
結菜さんは立ち止まり、宮川さんに電話をかけた。
「もしもし結菜です」
「結菜お嬢様、大丈夫ですか? どうかなされました?」
「大丈夫です。お墓まいりも行きました。それでお願いがあるんですが」
「なんでも言ってください!」
「私のお部屋を、昔のように戻してください」
「‥‥‥いいんですか?」
「はい。皆んながいつも側にいる。これからは、それを感じて生きていこうと思います」
「い、今すぐに取り掛かります!!」
「それと宮川さん」
「なんでしょうか」
「今まで毎日ありがとうございました。宮川さんには、本当に助けられました。傷つけたことも、迷惑をかけたことも、心配をかけたことも沢山ありましたよね‥‥‥これからは自由にしてくれて大丈夫ですよ」
「結菜お嬢様‥‥‥私達は結菜お嬢様と一緒にいたいんです」
「そういうことではなく、私を気にかけて恋愛する必要はないです。先生と結婚しても私は大丈夫ですよ」
「な、何故それを!?」
「プロポーズのセリフを私のパソコンで調べていた履歴が残っていました。あと、この際だから言いますけど、エッチなサイトを見たら履歴消してください」
「す、すみませんでした!!」
「それでは、お部屋お願いしますね」
「はい!!」
***
電話を切った宮川は夜空を見上げて呟いた。
「社長、結菜お嬢様‥‥‥本当にご立派になられましたよ‥‥‥え? こんなとこに蛍?」
宮川は、庭の池の周りを飛ぶ一匹の蛍を不思議そうに見つめた。
***
「莉子先生、結婚するの!!」
「まだ分かりません。プロポーズもまだなので、誰にも言っちゃダメですよ?」
「うん! なんかワクワクするね!」
「私達の方が早く結婚するなんてことにならないといいですけどね」
「僕は、それでもいいけどね!」
「な、何言ってるんですか!?」
「え!?」
「ま、まだプロポーズは早いです!」
「落ち着いて!! 違うからね!?」
「え、違うんですか‥‥‥」
「ごめん、いきなりションボリしないで」
「別にしてないです‥‥‥」
「いや、うん、ごめん」
それから結菜さんの機嫌を取りつつ歩き、小野川には温泉があったり、自由に温泉卵を作っていい場所もあるったり、どこか懐かしさを感じるお土産やさんもあったりと、夜の小野川は素敵な場所だと感じた。
その日は温泉に入り、夜ご飯は、お婆さんとお爺さんがお寿司を買ってきてきてくれた。
流石の結菜さんも、お婆さん達の家では変なことはしてこず、外で鳴く虫の演奏に癒されながら眠りについた。
※
朝目を覚ますと、結菜さんはまだ寝ていて、結菜さんの顔を見ると、泣いたような形跡があり、少し胸が苦しくなった。
少し結菜さんの頭を撫でた後、結菜さんを寝かせたまま一階に降りると、お爺さんがお茶を飲んでいた。
「おはようございます」
「おはようさん、結菜はまだ寝てるのか?」
「はい、昨日は沢山泣いて疲れたんだと思います」
「んだが、輝久君は結菜のどこさ惚れたんだ?」
「えっ、惚れたというか、付き合ったきっかけは、いろいろ複雑でして‥‥‥でも、今は好きなところが沢山あります。不器用ですけど、誰かの為になろうと必死で、すごい優しくて、凄い嫉妬深いんですけど、そこもなんだか可愛くて、何事にも真っ直ぐで、考えも大人で、たまに自分って子供だなって思っちゃう時もありますけどね」
「んだどよ、結菜」
「ゆ、結菜さん!!」
結菜さんは僕の後ろに立ち、顔を真っ赤にしていた。
「起きたなら言ってよ!」
「こ、これはちゃんと聞きたいと思ってしまいました」
「僕だけ恥ずかしい目にあったじゃないですか!」
「し、知りません!」
知りませんって‥‥‥。
結菜さんは顔を赤くしたまま迷わず仏壇の前に座って、手を合わせた。
それを見て、本当に一つ大きな壁を乗り越えたんだな。
それから朝ごはんをご馳走になって、帰る時間がやってきた。
「結菜、輝久君、またいつでも来なさい」
「結菜ちゃん、たまには顔見せてね?」
「うん、二人とも体には気をつけてね」
「美味しいご飯ありがとうございました。お世話になりました」
笑顔で見送られ、また僕達も、笑顔で地元に帰ってきた。
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