写真


僕は女子生徒に牛のストラップを渡した数日後、どうしても目当てのストラップが欲しくて、三回ガチャポンを回して帰っていた。

そして、帰り道の途中の公園で、数日前とは違う学校の制服を着た女子生徒が泣いていた。


「あの、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。気にしなでください」

「なにがあったのか分からないですが、辛いことも時間が経てば平気になると思います。涙は、心が前を向こうともがいている証だと思いますよ」

「どうして、そんなことを言ってくれるんですか?」

「んー、君が泣いていたからですかね! 良かったらこれ貰ってください!」

「牛ですか?」

「牛です! それじゃ、僕は帰りますね! 泣き終われば、きっと幸せがまってますよ! さよなら!」





全部思い出した。


「輝久君? あげたのはどっちですか?」

「あげたのは‥‥‥二人です」

「どういうことですか?」


僕は思い出した全てを話した。


「ということは、私にくれたのは輝久君で間違いないってことですか?」

「うん、結菜さんと愛梨さんに、確かに渡しました」

「はぁー‥‥‥」


結菜さんがため息を吐き、僕はそれに怯えた。

怒られるかな‥‥‥。

そう思ったが、結菜さんは安心したような可愛い笑顔で言った。


「良かったです! くれた人が輝久君じゃなかったらと思うと、胸が張り裂けそうでした」


そう言ったあと、結菜さんは、笑顔で愛梨さんの手を握った。


「牛のストラップ、大切にしましょうね!」

「はい!(私にこの笑顔を壊すことはできない、こんな嬉しそうで、可愛らしい笑顔を。私の気持ちは、そっと閉まっておこう)」

「全部ハッキリしましたし、今から三人で、お食事でもどうですか?」

「僕は行けるよ! 愛梨さんはどうしますか?」

「これから、沙里とゲームセンターに行く約束をしてまして‥‥‥」

「残念です。それじゃ、帰りが遅くなりすぎないようにと、沙里さんに伝えておいてください」

「分かりました」


愛梨さんは、沙里さんの待つゲームセンターへ、僕と結菜さんは、優しそうなお爺さんが一人で経営している、落ち着いた雰囲気が素敵なお洒落なカフェへやって来た。

そして、二人でアイスココアを飲みながら話しを始めた。


「結菜さん、もしも渡したのが僕じゃなかったら‥‥‥どうしてました?」

「少しショックですね」

「やっぱりそうだよね」

「ですが、たとえ輝久君じゃなかったとしても、私は輝久君が好きです。その気持ちが変わることは絶対にありません。牛のストラップを貰ったあの日は確かに大切な日ですが、同じクラスになり、一緒に歩んだ今日までの思い出の方が大切なんです。だから、これからも大切な思い出を一緒に増やしてください」


やっぱり結菜さんと付き合えて良かったな。幸せだ。


「愛梨さんに渡していたことに、苛立ちとかはなかったんですか?」

「ありませんでした。正直、前までの私なら、輝久君が他の人に優しくするのは許せませんでした。ですが、私の大切な友達が輝久君の優しさで笑顔になれるなら、それもいいと最近では思っています」

「それなら良かった!」

「私は人を変える力がある。そんなことを言われますが、私を変えたのは輝久君です。輝久君がいなければ、目の前にどんな最低な人や辛い思いをしている人が現れても、見向きもしなかったと思います。今のM組の素敵な雰囲気は、輝久君が作り上げたものなんです! これからも皆さんに優しくしてしてあげてください」

「はい! なんかありがとう」

「よければこれから、二人でショッピングモールに行きませんか? 私達が始めてデートに行った場所です」

「うん! 行こう!」

「お嬢ちゃん達」


何故か、カフェの店員さんが話しかけてきた。


「今日はタダでいいよ」

「そんな! 悪いですよ!」

「私、お金ならありますよ?」

「二人の会話を聞いていたら心が暖かくなったよ。代金はそれで充分じゃ」

「それじゃ、もう一杯貰おうかしら」

「結菜さん、それは調子に乗りすぎじゃ‥‥‥」

「いいんじゃよ、君ももう一杯どうかね」

「それじゃ‥‥‥頂きます」


さっきまで座っていた席ではなく、カウンターに座り、僕はお爺さんと話をした。


「お爺さんは、一人でこのカフェを経営しているんですか?」

「そうじゃ、去年までは婆さんとやっていたんだがな。長い旅行に行ってしまった」

「海外とかですか?」

「海外よりも遠い所じゃ」

「海外よりも? どこだろう」


結菜さんが、そっと僕の手に触れた時、お爺さんはコーヒーを一口飲んで言った。


「天国じゃ」

「‥‥‥ご‥‥‥ごめんなさい」

「気にすることはない。二人は将来、結婚とかするのかい?」

「します」


僕がそう言うと、結菜さんは顔を赤くしてストローを咥えた。


「そうか。人の死は突然じゃ。最愛の人を大切にできるうちに、沢山愛してあげなさい。沢山大切にしてあげなさい。そして別れの日が来ても、自分を見失わないように愛し続ける心構えをしておくといい」


結菜さんは、お爺さんの言葉を聞いて静かに涙を流した。


「結菜さん? 大丈夫?」

「お嬢ちゃんは大切な人を亡くした経験があるんじゃな」

「はい‥‥‥そして私は、自分を見失いました」

「君には彼がいる。心配ない」

「ただ、亡くなった家族を今も愛しているかと聞かれれば‥‥‥愛せていません」

「それは何故じゃ?」

「思い出すのが怖いんです。最初から家族なんていなかった。そう思い込むことで、私は自分を守ってきました。家族写真も全て捨てて、お墓まいりも‥‥‥一度も行ったことがありません」

「そうか、愛せていないか‥‥‥でも、涙は正直じゃな。いつか手を合わせられる日が来るといいな」

「そうですね‥‥‥」


話し終えると結菜さんは、お爺さんにバレないようにコップとコースターの間に千円札を挟んだ。


「お二人さん、またいつでも来てください」

「また結菜さんと来ます! ご馳走様でした!」


二人で店を出ると、結菜さんは少し元気がなく、僕はそんな結菜さんを元気付けるように言った。


「ショッピングモール行きましょうか!」

「お墓まいり‥‥‥」

「ん?」

「行った方がいいでしょうか」


結菜さんの脚は震えていた。


「今は無理しなくていいですよ」

「私、最低ですよね。写真も全て処分して‥‥‥家族なんて最初からいなかったなんて思い込んで」

「写真‥‥‥」

「なんですか?」

「ありますよ」

「なにを言っているんですか? 私は宮川さんに処分をお願いしました。全て‥‥‥」

「宮川さんは捨ててません」


言っちゃダメだったかな‥‥‥。


「無理に励まそうとしなくて大丈夫ですよ」

「なら、宮川さんに確認しませんか?」

「分かりました。ショッピングモールはまた後日でいいですか?」

「もちろん!」


急遽、二人で結菜さんの家にやってきて、結菜さんの部屋に宮川さんを呼び出した。


「どうなされました?」

「前に言っていた、結菜さんの家族との写真とか思い出の品、どこにありますか?」

「えっ!?」

「捨てていなかったっていうのは本当ですか?」

「えっと‥‥‥ ‥‥‥すみませんでした!! 捨ててません!!」

「どこに隠してあるんですか?」

「結菜お嬢様は知らないかもしれませんが、この家には地下室があります。そこに全て‥‥‥」

「地下‥‥‥見せてください」

「え?」

「時間が掛かりましたが、そろそろ受け入れなければいけないと思ったんです」

「‥‥‥案内します」


宮川さんは僕達を茶の間に案内した。


「この畳をめくると地下に続く階段があります。めくりますね」


宮川さんが畳をめくると、確かにそこには階段があった。

三人で細い階段を降りて地下室に向かい、一つのドアの前まできた。


「結菜お嬢様、本当にいいんですね」

「‥‥‥はい」


結菜さんの隣にいた僕は、結菜さんの体の震えに気づいて、左手を優しく握った。


「開けますね」


ドアが開くと、そこには沢山の写真や大きな熊のぬいぐるみ、家族の服や日記などが綺麗に飾られていた。


「結菜お嬢様‥‥‥ゆっくりで大丈夫です」


結菜さんは右手で自分の胸を押さえ、震える脚で部屋に入っていく。

そして僕の手を離れ、何も言わずに写真を一枚一枚手に取って見始めた。


僕は今声をかけてはいけないと思い、ふと宮川さんを見ると、宮川さんの目が潤んでいた。


「宮川さん、捨てないでいてくれてありがとうございます」

「はい、輝久さんも、本当にありがとうございます」


僕と宮川さんには結菜さんの後ろ姿しか見えていなかったが、結菜さんの肩の震えで泣いていることには気づいていた。


「お父さん‥‥‥お母さん‥‥‥お姉ちゃん‥‥‥」


ずっと見ているだけだった宮川さんが、しばらくして一つの封筒を手に取った。


「結菜お嬢様、これはお父様とお母様が、飛行機の中で書いた手紙です。少し字が震えていますが、相当切羽詰まった状況で書いたのだと思います」


結菜さんは黙って、その手紙を開いた。


【結菜、栞。最初は誰かに迷惑をかけてもいい。それでも強く生きなさい。二人で手を取り合い生き抜いて、迷惑をかけた人に、いつか恩返しをしなさい。私は二人を愛している。父より】

【結菜ちゃん、栞ちゃん。約束していたプレゼントは買っていけなそうなの。ごめんね。二人とも大好きよ。母より】


その文字は結菜さんの涙で滲んでいった。


「お父さん‥‥‥もうお姉ちゃんはいないんだよ。手を取り合うどころか、もう喧嘩すらできないの‥‥‥。お母さん、プレゼントなんていらないから帰ってきて‥‥‥優しい表情で扉を開けて、また抱きしめてよ‥‥‥」

「結菜さん!!」

「結菜お嬢様!!」


結菜さんはいきなり倒れてしまい、慌てて二人で結菜さんの身体を支えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る