写真
*
僕は女子生徒に牛のストラップを渡した数日後、どうしても目当てのストラップが欲しくて、三回ガチャポンを回して帰っていた。
そして、帰り道の途中の公園で、数日前とは違う学校の制服を着た女子生徒が泣いていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。気にしなでください」
「なにがあったのか分からないですが、辛いことも時間が経てば平気になると思います。涙は、心が前を向こうともがいている証だと思いますよ」
「どうして、そんなことを言ってくれるんですか?」
「んー、君が泣いていたからですかね! 良かったらこれ貰ってください!」
「牛ですか?」
「牛です! それじゃ、僕は帰りますね! 泣き終われば、きっと幸せがまってますよ! さよなら!」
*
全部思い出した。
「輝久君? あげたのはどっちですか?」
「あげたのは‥‥‥二人です」
「どういうことですか?」
僕は思い出した全てを話した。
「ということは、私にくれたのは輝久君で間違いないってことですか?」
「うん、結菜さんと愛梨さんに、確かに渡しました」
「はぁー‥‥‥」
結菜さんがため息を吐き、僕はそれに怯えた。
怒られるかな‥‥‥。
そう思ったが、結菜さんは安心したような可愛い笑顔で言った。
「良かったです! くれた人が輝久君じゃなかったらと思うと、胸が張り裂けそうでした」
そう言ったあと、結菜さんは、笑顔で愛梨さんの手を握った。
「牛のストラップ、大切にしましょうね!」
「はい!(私にこの笑顔を壊すことはできない、こんな嬉しそうで、可愛らしい笑顔を。私の気持ちは、そっと閉まっておこう)」
「全部ハッキリしましたし、今から三人で、お食事でもどうですか?」
「僕は行けるよ! 愛梨さんはどうしますか?」
「これから、沙里とゲームセンターに行く約束をしてまして‥‥‥」
「残念です。それじゃ、帰りが遅くなりすぎないようにと、沙里さんに伝えておいてください」
「分かりました」
愛梨さんは、沙里さんの待つゲームセンターへ、僕と結菜さんは、優しそうなお爺さんが一人で経営している、落ち着いた雰囲気が素敵なお洒落なカフェへやって来た。
そして、二人でアイスココアを飲みながら話しを始めた。
「結菜さん、もしも渡したのが僕じゃなかったら‥‥‥どうしてました?」
「少しショックですね」
「やっぱりそうだよね」
「ですが、たとえ輝久君じゃなかったとしても、私は輝久君が好きです。その気持ちが変わることは絶対にありません。牛のストラップを貰ったあの日は確かに大切な日ですが、同じクラスになり、一緒に歩んだ今日までの思い出の方が大切なんです。だから、これからも大切な思い出を一緒に増やしてください」
やっぱり結菜さんと付き合えて良かったな。幸せだ。
「愛梨さんに渡していたことに、苛立ちとかはなかったんですか?」
「ありませんでした。正直、前までの私なら、輝久君が他の人に優しくするのは許せませんでした。ですが、私の大切な友達が輝久君の優しさで笑顔になれるなら、それもいいと最近では思っています」
「それなら良かった!」
「私は人を変える力がある。そんなことを言われますが、私を変えたのは輝久君です。輝久君がいなければ、目の前にどんな最低な人や辛い思いをしている人が現れても、見向きもしなかったと思います。今のM組の素敵な雰囲気は、輝久君が作り上げたものなんです! これからも皆さんに優しくしてしてあげてください」
「はい! なんかありがとう」
「よければこれから、二人でショッピングモールに行きませんか? 私達が始めてデートに行った場所です」
「うん! 行こう!」
「お嬢ちゃん達」
何故か、カフェの店員さんが話しかけてきた。
「今日はタダでいいよ」
「そんな! 悪いですよ!」
「私、お金ならありますよ?」
「二人の会話を聞いていたら心が暖かくなったよ。代金はそれで充分じゃ」
「それじゃ、もう一杯貰おうかしら」
「結菜さん、それは調子に乗りすぎじゃ‥‥‥」
「いいんじゃよ、君ももう一杯どうかね」
「それじゃ‥‥‥頂きます」
さっきまで座っていた席ではなく、カウンターに座り、僕はお爺さんと話をした。
「お爺さんは、一人でこのカフェを経営しているんですか?」
「そうじゃ、去年までは婆さんとやっていたんだがな。長い旅行に行ってしまった」
「海外とかですか?」
「海外よりも遠い所じゃ」
「海外よりも? どこだろう」
結菜さんが、そっと僕の手に触れた時、お爺さんはコーヒーを一口飲んで言った。
「天国じゃ」
「‥‥‥ご‥‥‥ごめんなさい」
「気にすることはない。二人は将来、結婚とかするのかい?」
「します」
僕がそう言うと、結菜さんは顔を赤くしてストローを咥えた。
「そうか。人の死は突然じゃ。最愛の人を大切にできるうちに、沢山愛してあげなさい。沢山大切にしてあげなさい。そして別れの日が来ても、自分を見失わないように愛し続ける心構えをしておくといい」
結菜さんは、お爺さんの言葉を聞いて静かに涙を流した。
「結菜さん? 大丈夫?」
「お嬢ちゃんは大切な人を亡くした経験があるんじゃな」
「はい‥‥‥そして私は、自分を見失いました」
「君には彼がいる。心配ない」
「ただ、亡くなった家族を今も愛しているかと聞かれれば‥‥‥愛せていません」
「それは何故じゃ?」
「思い出すのが怖いんです。最初から家族なんていなかった。そう思い込むことで、私は自分を守ってきました。家族写真も全て捨てて、お墓まいりも‥‥‥一度も行ったことがありません」
「そうか、愛せていないか‥‥‥でも、涙は正直じゃな。いつか手を合わせられる日が来るといいな」
「そうですね‥‥‥」
話し終えると結菜さんは、お爺さんにバレないようにコップとコースターの間に千円札を挟んだ。
「お二人さん、またいつでも来てください」
「また結菜さんと来ます! ご馳走様でした!」
二人で店を出ると、結菜さんは少し元気がなく、僕はそんな結菜さんを元気付けるように言った。
「ショッピングモール行きましょうか!」
「お墓まいり‥‥‥」
「ん?」
「行った方がいいでしょうか」
結菜さんの脚は震えていた。
「今は無理しなくていいですよ」
「私、最低ですよね。写真も全て処分して‥‥‥家族なんて最初からいなかったなんて思い込んで」
「写真‥‥‥」
「なんですか?」
「ありますよ」
「なにを言っているんですか? 私は宮川さんに処分をお願いしました。全て‥‥‥」
「宮川さんは捨ててません」
言っちゃダメだったかな‥‥‥。
「無理に励まそうとしなくて大丈夫ですよ」
「なら、宮川さんに確認しませんか?」
「分かりました。ショッピングモールはまた後日でいいですか?」
「もちろん!」
急遽、二人で結菜さんの家にやってきて、結菜さんの部屋に宮川さんを呼び出した。
「どうなされました?」
「前に言っていた、結菜さんの家族との写真とか思い出の品、どこにありますか?」
「えっ!?」
「捨てていなかったっていうのは本当ですか?」
「えっと‥‥‥ ‥‥‥すみませんでした!! 捨ててません!!」
「どこに隠してあるんですか?」
「結菜お嬢様は知らないかもしれませんが、この家には地下室があります。そこに全て‥‥‥」
「地下‥‥‥見せてください」
「え?」
「時間が掛かりましたが、そろそろ受け入れなければいけないと思ったんです」
「‥‥‥案内します」
宮川さんは僕達を茶の間に案内した。
「この畳をめくると地下に続く階段があります。めくりますね」
宮川さんが畳をめくると、確かにそこには階段があった。
三人で細い階段を降りて地下室に向かい、一つのドアの前まできた。
「結菜お嬢様、本当にいいんですね」
「‥‥‥はい」
結菜さんの隣にいた僕は、結菜さんの体の震えに気づいて、左手を優しく握った。
「開けますね」
ドアが開くと、そこには沢山の写真や大きな熊のぬいぐるみ、家族の服や日記などが綺麗に飾られていた。
「結菜お嬢様‥‥‥ゆっくりで大丈夫です」
結菜さんは右手で自分の胸を押さえ、震える脚で部屋に入っていく。
そして僕の手を離れ、何も言わずに写真を一枚一枚手に取って見始めた。
僕は今声をかけてはいけないと思い、ふと宮川さんを見ると、宮川さんの目が潤んでいた。
「宮川さん、捨てないでいてくれてありがとうございます」
「はい、輝久さんも、本当にありがとうございます」
僕と宮川さんには結菜さんの後ろ姿しか見えていなかったが、結菜さんの肩の震えで泣いていることには気づいていた。
「お父さん‥‥‥お母さん‥‥‥お姉ちゃん‥‥‥」
ずっと見ているだけだった宮川さんが、しばらくして一つの封筒を手に取った。
「結菜お嬢様、これはお父様とお母様が、飛行機の中で書いた手紙です。少し字が震えていますが、相当切羽詰まった状況で書いたのだと思います」
結菜さんは黙って、その手紙を開いた。
【結菜、栞。最初は誰かに迷惑をかけてもいい。それでも強く生きなさい。二人で手を取り合い生き抜いて、迷惑をかけた人に、いつか恩返しをしなさい。私は二人を愛している。父より】
【結菜ちゃん、栞ちゃん。約束していたプレゼントは買っていけなそうなの。ごめんね。二人とも大好きよ。母より】
その文字は結菜さんの涙で滲んでいった。
「お父さん‥‥‥もうお姉ちゃんはいないんだよ。手を取り合うどころか、もう喧嘩すらできないの‥‥‥。お母さん、プレゼントなんていらないから帰ってきて‥‥‥優しい表情で扉を開けて、また抱きしめてよ‥‥‥」
「結菜さん!!」
「結菜お嬢様!!」
結菜さんはいきなり倒れてしまい、慌てて二人で結菜さんの身体を支えた。
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