ハッキリさせる

「輝久、今日も朝ごはん食べないの?」

「あ、はい」

「結菜は今日も機嫌がいいね」

「はい♡ 輝久君への躾が完了したんです♡ ね? 輝久君♡」

「は、はい! 結菜様!」


沙里さんは引き気味に言った。


「輝久、一体何されたの」

「う、うあー!!」


僕は頭に座布団を乗せて、顔を隠しながら体を震わせた。


「ご、ごめんって輝久! 大丈夫! 結菜はご飯食べてるだけだから!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「結菜、ちょっとやりすぎなんじゃ‥‥‥」

「次に躾けられるのが、沙里さんじゃないといいですね」

「え、えっと、輝久を躾けるなんて、さすが結菜様だ!」

「そんな褒めないでください♡ 恥ずかしいです♡」

「結菜様バンザーイ!」


そんなこんなで朝食の時間も終わって三人で学校に行くと、僕は一樹くんに呼び出されて男子トイレに行った。


「一樹君が呼び出すなんて珍しいね! どうしたの?」

「牛のストラップのことなんだけど、輝久君が渡したのは本当に結菜さんなの?」

「あー、うん、多分そうだよ?」

「どんな人だった?」

「あげた人?」

「うん」

「なんか、すごい真面目な感じで、メガネしてて、髪型は三つ編みっていうのかな、そんな感じ」

「それ、結菜さんとはかけ離れてない?」

「でも、昔はそんな感じだったらしいよ?」

「そうなんだ! 教えてくれてありがとう!」

「いいけど、まさか‥‥‥なにか企んでる?」

「えっ!? なんでもないよ! ただ聞いただけ!」

「ならいいけど、面倒なことしないでね?」

「うん! それは大丈夫!」



***



その日のお昼休み、一樹は愛梨に会いに行き、輝久から聞いたことを話した。


「真面目な感じで、メガネしてて、髪型は三つ編みだったみたい!」

「そうですか(わ‥‥‥私だ! 昔の私まんまじゃないですか! でも、だからなんだって話ですよね)」

「それで、愛梨さんは昔、メガネとかしてたの?」

「ど、どうでしょうね」

「顔赤くなってますよ? 大丈夫?」

「大丈夫です!」

「まさか愛梨さんって、輝久君のこと好きだったりします?」

「なっ!? なに言ってるんですか!! アロエ食べさせますよ!?」

「なんでアロエ!? 嫌いじゃないからいいけど」

「と、とにかく、聞いてくれてありがとうございます。お礼は近いうちにします」

「いや、ただ聞いただけだし、お礼とかいいですよ」

「分かりました」

「うん(あれ? あっさりだ。お礼がなんなのかは知らないけど、貰えるものは貰っておけばよかったな)」


一樹が教室に戻ると、結菜と輝久は楽しそうに弁当を食べていた。


「(牛のストラップか‥‥‥まぁ、輝久君があげた相手が結菜さんじゃなくても、今更なにも変わらなそうだな。でも、愛梨さんのあの反応‥‥‥絶対輝久君のこと好きだよな。まぁ、俺にはどうすることもできないし、俺も早く弁当食べちゃお)えっ、沙里さん、その弁当箱って」

「一樹食べないのかと思って食べちゃった」

「食べますよ!!」

「待ってね、今吐くから」

「そんなのいりませんよ!」

「うえー」

「本当に吐こうとしないでください!」


芽衣がさくらんぼを食べながら一樹に聞いた。


「どこ行ってたの?」

「愛梨さ‥‥‥ちょっとトイレに行ってました!」


嘘を見破った芽衣は、一樹にメッセージを送った。


『ちょっと着いてきて』


一樹が教室を出て行く芽衣に自然を装ってについて行くと、廊下で芽衣が振り返った。


「で? なんで嘘ついたの? 一樹、愛梨と裏でなにかしてるでしょ」

「いや‥‥‥なにも‥‥‥(俺、嘘ついちゃってるけど、そもそもこれって隠さなきゃいけないのかな)」

「いい? 愛梨は輝久が好きなの、だから」

「えー!? やっぱりそうなのかー!」

「静かに!!」

「ご、ごめんなさい」

「だから、変なことになりかねないの」

「そうですよね‥‥‥」

「なんかしてるなら止めないけど、自分の行動に責任持ってね。せっかく皆んな仲良しなんだから、ギクシャクしたくないでしょ?」

「はい、俺は特に変なことするつもりはないです。ただ、輝久君が牛のストラップをあげた相手がどんな人だったか聞いてほしいって言われて聞いただけです」

「真実なんかどうでもいいの、輝久が渡した相手は結菜。わかった?」

「わかりました」





その日の放課後、愛梨は一人でソワソワしていた。


(あれが輝久先輩だったら、きっと運命よね! いやいや、私なにを考えているの!? 輝久先輩には結菜先輩がいて、私は法律上、輝久先輩と結ばれることは許されない。そもそも私はいつから輝久先輩のことを!? きっと‥‥‥不器用ながらも優しい、そんな一面を知りすぎてしまったからね)


そして、愛梨は自分の両頬を勢いよく叩いた。


(忘れよう!)



***



「愛梨さん!」

「てて、輝久先輩!?」

「そんなに焦ってどうしたんですか?」

「なんでもないです! それより、輝久先輩はなぜ本校舎に?」

「莉子先生に職員室に呼ばれて、話終わったところです」

「それじゃ、私になにか用ですか?」

「いや、たまたま愛梨さんの後ろ姿が見えたので(そういえば、愛梨さんって僕のこと好きなんだよね‥‥‥)僕のこと好きなんですか?」


うおー!!思ってたこと口に出してしまったー!!


「な、な、なにを言ってるんですか!?」

「ち、違うんです! それじゃ僕は帰りますね!」


愛梨さんは、帰ろうとする僕の制服を掴んだ。


「え?」

「牛のストラップ‥‥‥くれたの輝久先輩ですよね」

「人違いじゃないかな。僕があげたあの子と愛梨さんは全然似てない気がしますし」

「私は昔、メガネで三つ編みでした」

「結菜さんも昔はメガネで三つ編みだったみたいですよ?」

「えっ(そんな‥‥‥)」

「輝久君、話は終わりましたか?」

「あ、結菜さん! うん! 結構前に終わったよ!」

「先生とではなく愛梨さんとです。とにかく愛梨さんは輝久君の制服から手を離しなさい」

「ご、ごめんなさい!」

「実は私もずっと気になっていました。これから中学校の卒業アルバムを持って、牛のストラップを貰った場所に集合しましょう。それで輝久君に顔を見てもらってハッキリさせませんか? その場に愛梨さんが来れなければ、その時点で愛梨さんは人違いです」

「わ、分かりました‥‥‥」


なんか大変なことになってきたな。


それから一度帰り、僕は公園に向かった。

公園に着いてしばらくすると、結菜さんがやって来た。


「すみません、待ちましたか?」

「さっき来たところだよ!」

「愛梨さんはまだ来てないみたいですね」

「そうだね、なんかドキドキしてきたよ」

「私にとっては気が気じゃありません」


僕があげた相手が結菜さんじゃなかったらどうなるんだろう。

結菜さんが好きになった相手が僕じゃなくて、最初から人違いだったことになるし‥‥‥振られちゃうのかな。


「お待たせしました」


愛梨さんも来たか。

同じ公園ってことは、本当にどっちか分からなくなってきたな。


「それでは、輝久君に見てもらいましょうか」

「そうですね」


二人は同時に卒業アルバムを開き、僕はドキドキしながら二人の写真を見た。


「輝久君? どうですか?」

「輝久先輩?」

「‥‥‥僕が牛のストラップをあげたのは‥‥‥」


僕は二人の顔を見て思い出した。

牛のストラップを女子生徒に渡した数日後の帰り道のことを。

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