脳みそ枝豆

「いらっしゃいませー!!」


海の家での仕事が始まり、剛さんが予想していた通り、海の家は大盛況だ。

普通に食べ物や飲み物を買いに来るお客さんもいるけど、何人かは結菜さんに一声かけていくお客さんもいる。

今もどこかの女子高生が「あの動画の人ですよね!」と結菜さんに声をかけた。


「多分、そうなのかもしれないです」

「その声! 本物だ!」


結菜さんは、めんどくさそうにニコッと笑った。


「焼きそばはいかがですか?」

「いただきます!」

「ありがとうございます」


今年は今年で、お客さんの対応が大変そうだけど、去年とは違って芽衣さんと仲良く焼きそばを焼いている。

本当一年でいろいろ変わったな。

そういえば、沙里さんはちゃんとやってるかな。


「どうぞ」

「あ‥‥‥ありがとう」


沙里さんは、ソフトクリームを上手く作れなくて、ぐちゃぐちゃなソフトクリームをお客さんに渡していた。

お客さんは文句を言ったりしないが、凄い苦笑いだ。一樹君は大丈夫だろうか。


「お客さん連れてきました」


一樹君の声が聞こえて振り向くと、水着のお姉さん二人組に抱きつかれている一樹君がいた。

そして一樹君は、なぜかお客さんを含めた三人で席に座った。


「ハニー達、注文はなにかな?」


一樹くんがそう聞くと、二人は同時に言った。


「一樹くーん!」

「やれやれ、困った子達だ。マスター! 二人にかき氷を!」


は?なんだあれ、とりあえず、かき氷作らなきゃ。


「真菜さんは一人分作ってください」

「うん!」


かき氷を二人分作り、鈴さんが席に運んだ。


「おまたせしました」

「えー、私イチゴ味がよかった〜」


ただをこねる女性に、一樹くんは全力のキメ顔で言った。


「ブルーハワイ味を食べる君が見たい」

「そんなに見られたら恥ずかしいよ♡」

「大丈夫、ほら、食べてごらん」

「うん♡」

「ずるいー、私のことも見て♡」


すると結菜さんは、一緒に焼きそばを焼く芽衣さんに言った。


「芽衣さん、あれが一瞬でも芽衣さんが愛した男性です」

「楽な死に方とか書いてる本持ってない? 持ってたら貸して」

「ないです」


結菜さんが芽衣さんの心にとどめを刺したその時、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。


「あー、いたいた」

「本当だ、あいつだよね」

「そうそう」


去年、結菜さんと言い合いになった女性と、その友達らしき女性二人が店内に入ってきた。

すると、その女性が結菜さんに近づいて言った。


「ねぇ、覚えてる?」

「はい」

「話あるからさ、ちょっと作業やめてくんない?」

「焼きそばを注文してくださったお客様がいるので、作り終わってからお願いします」

「手止めろよ!!」


結菜さんは一切手を止めようとしない。

すると、店内にいたお客さん達は、ネットで見た光景が見れるのかとワクワクした様子で携帯のカメラを向け始めた。


「おい!! 撮るな!! 盗撮だぞ!!」


女性が怒り出しても、お客さん達は動画を撮り続けた。

剛さんの反応は‥‥‥ニヤニヤしてる。

また儲かるとか考えてるんだろう。ホンマ汚い大人やで。


結菜さんがずっと無視し続けていると、暇そうにしていた沙里さんがターゲットになってしまった。

多分小さくて弱そうに見えたからだろうけど、M組に弱い女子生徒なんていない。


「おいガキ」

「は? 私?」

「そうだよ。お前、接客業で髪の毛白とかいいのかよ」

「知らない」

「ダメに決まってんだろ。客が不快になるだろうが」

「そうなの? でも、皆んな美味しそうに食べてるよ」

「客に口答えすんな!」

「あ、お前客だったの? チンパンジーが迷い込んだのかと思った。で? ソフトクリーム買う?」

「食わねーよ! 誰がチンパンジーだ! 潰すぞ!!」

「そういう所だよ。すぐにキーキー言ってさ。もしかして脳みそ枝豆ぐらいしかないの?」

「てめぇ!!」


女性が今にも沙里さんに殴りかかりそうな時、結菜さんが女性の腕を掴んで言った。


「焼き終わりました。話ってなんですか?」

「離せ」


女性は結菜さんの手を振りほどき、鋭い目つきで結菜さんを睨みつけた。


「お前のせいで人生めちゃくちゃなんだよ!!」

「そんなの知りませんよ」

「ネットで晒されて、住所も特定されて、仕事も失ったんだぞ!!」


結菜さんはお客さんに目線をやって言った。


「それは晒した人も、特定した人も悪いですね」


お客さん達は気まずそうにスッと携帯を下げた。


「ですが、元々は貴方が変なことをしたのが悪いです」

「うるさい!! 全部失ったから‥‥‥もうなにも怖くない!! 今日はお前を潰しにきたんだ!!」

「わざわざ友達を連れて来てですか?」

「そうだよ!! お前の人生も潰してやるからな!!」


結菜さんは目つきは鋭く変わったが、なぜか無表情に見える不気味な雰囲気を醸し出した。


「わざわざ一人の人間を潰すために仲間を集めて、弱者そのものですね。それに貴方のお友達ですが、二人ともさっきから何も言いませんけど、何しにきたんですか?」


女性の友達は二人とも、結菜の雰囲気に多少ビビっている様子だ。


「と、友達が傷つけられたんだから、やり返しに来るのは当然でしょ」

「そ、そうだよ」

「傷つけられた? そうなんですか? 私に傷つけられました?」

「当たり前だろ!! 全部お前のせっ」


結菜さんは女性の言葉を遮るように言った。


「いいえ違います。あれは貴方の自爆です。ところで‥‥‥三人で、どうやって私を潰すつもりですか?」

「そんなの決まってんだろ。お前をボコボコにして、マスク無しじゃ外歩けないようにしてやるよ!」

「あら! さっき沙里さんにチンパンジーと言われていましたが、それではただの野蛮人ですね!」

「あんま調子乗んなよ!!」


女性は結菜さんの胸ぐらを掴んでニヤニヤと笑いながら言った。


「てかさ、お前友達いんの? 私に胸ぐら掴まれても、皆んな見てるだけで助けようとしないじゃん。可哀想だな」

「友達だよ。でも結菜だもん、これくらいなら屁でもないよ」

「誰だよお前」

「みーんなのアイドル♡ 柚木ちゃんだぞ♡」


決してアイドルではない。

みんな柚木さんのこと好きだろうけど、アイドルではない。


すると、結菜さんは冷めた目で柚木さんを見つめた。


「恥ずかしいのでやめてください」

「え〜♡ でも私って可愛いし〜♡」

「なんでいきなりぶりっ子キャラになったんですか? 気味が悪いです」

「え、んじゃやめる」

「はい、そうしてください」

「お前らナメてんのか!!」

「はい」

「そうかそうか、とりあえずしばらく喋れないように、前歯全部へし折ってやるよ」

「折られる前に言ってもいいですか?」

「言ってみろよ」

「人生はやり直せます」

「うるせー!!」


女性が結菜さんを殴ろうとした時、美波さんが女性の拳を手のひらで受けた。


「友達ってのは、いざという時助けてくれる存在なんだよ」

「は、離せ!」


美波さんの力が強く、女性は少し動揺している。


「二人とも! こいつら潰せ!」

「いや、暴力とか聞いてなかったし‥‥‥文句言うだけかと‥‥‥」

「そうそう、私捕まりたくないし‥‥‥」

「美波さん、手を離してあげてください」

「はーい」


美波さんが離れると、結菜さん威圧感マックスでは女性に顔を近づけた。


「友達がいなかったのは、貴方の方だったようですね」


すると、女性は悔しそうな表情をして俯いてしまった。


「年下に教えられるのはムカつくかもしれませんが、聞いてほしいことがあります。人生はやり直せます」

「さっき聞いたっての」

「やり直せる人生に、自分でトドメを刺す必要はありません。私は貴方に殴られたら、すぐに警察を呼びます。貴方は百パーセント捕まり、人生に大きな傷が付きます」

「だからなんだよ!! もうどうだっていいんだよ!!」

「そうですか。やはり貴方は、暴力でしか復讐する手段がない未熟者ということですね。ですが、私の復讐は、暴力より怖く、暴力より痛いかもしれません」


それを聞いて僕は、一瞬身震いがした。


「な、なにする気だよ」

「教えません。その時まで恐怖に怯える貴方を見るのが楽しみです。ゾクゾクしますね、それに、人を傷つけておいて仕返しが怖いとか、そんなかっこ悪いことは言いませんよね?」


結菜さんの威圧感に、女性が腰を抜かした時、沙里さんが後ろから椅子を差し出して、タイミングよく女性を座らせた。


「去年のことは知らないけどさ、もういいじゃん。人生めちゃくちゃだって言ってたけどさ、人生なんてなんとかなるもんだよ」

「もう手遅れだよ」

「手遅れじゃないよ。それに一年間も特定の人にイライラしてさ、時間の無駄だよ。結菜もそう思うよね」

「そうですね。誰かを嫌いな一秒より、誰かを好きな一秒の方が遥かに価値のある一秒です。一度きりだと言われている人生の中で、誰かを嫌っている時間ほど無駄な時間はありません」

「それじゃ、仕事も家も‥‥‥どうしたらいいんだよ」


そう言われた結菜さんは、優しい表情で女性の二人の友達を見つめた。


「私を潰す協力をするより、友達ならそこを助けてあげるべきじゃないですか?」

「せ、先輩に仕事ないか聞いてあげるよ」

「お金貯まるまで私のアパートに住んでいいよ!」

「二人とも‥‥‥」

「お友達にしっかりお礼を言って、人生をやり直しなさい」

「二人ともありがとう‥‥‥帰ろっか」

「うん!」


三人が店を出ようとしたとき、結菜さんがそれを止めた。


「待ちなさい」

「なに?」

「お店にも、お客様にも迷惑をかけたんです。焼きそばぐらい食べて行きなさい」


三人は顔を見合わせて席に着いた。


「芽衣さん、焼きそば三人前特盛でお願いします。美波さんと柚木さんも唐揚げを三人前、輝久君と真菜さんはカキ氷を三人前。沙里さんはソフトクリームを三人前、剛さんはフランクフルトを三人前お願いします」

「そ、そんなに食べれないって!」

「私は悪くありません。全て貴方が蒔いた種で貴方の人生が潰れかけました。ですが、貴方は少なからず、これからも私を恨むはずです。私も恨まれながら生きるのは嫌ですから、今回は私の奢りです」

「だ、だからって多すぎ!」

「いいから食べなさい」

「は‥‥‥はい」


結菜さんのあの威圧感はどこから出るのだろうか‥‥‥やっぱり、年上に負けない人生経験の多さからかな?





あれからしばらくして、三人は全て完食し、苦しそうに帰って行った。

そして休憩時間、結菜さんは凄いお疲れモードだ。


「輝久君、ごめんなさい。お水を持ってきてくれませんか?」

「うん! いいよ!」


水を持っていくと、結菜さんはコップの水を一気に飲み干してしまった。


「ありがとうございます」

「お疲れみたいだね」

「はい、注目を浴びるのはあまり好きじゃないので」

「そっか。それより、莉子先生見た?」

「見てませんね」


柚木さんが顔の汗を拭きながら言った。


「先生なら、明日使うものを買い忘れたとかで買い物に行ってるよ」

「そうなんですか」


その時、莉子先生が海の家に帰ってきた。


「皆んな! ちゃんとやってる?」

「やってますよ、今年は日光浴しないんですか?」

「な! なに言ってるの輝久君! 宮川さん以外に肌を見せるなんてできないわよ!」

「大丈夫です、誰も見ません」

「失礼ね!!」


そんなこんなで一日の仕事が終わり、去年泊まった旅館にやってきた。


部屋は男女で別れていて、僕と一樹君は疲れすぎて温泉に行くのも嫌で、部屋に備え付けられているお風呂に入り、すぐに布団に寝そべった。

一樹君はナンパしてただけなのに、なんでこんなに疲れてるんだ。



***



女子部屋では、温泉にも入り終わり、柚木が持ってきたトランプでババ抜きをしていた。

すると、そこに莉子先生がやってきて言った。


「あら? ババ抜きしてるの? 先生も混ぜてよ!」


芽衣はトランプを見つめながら、莉子先生を冷たくあしらった。


「ババ抜きだから、ババアはできないんだよ。ババア、抜き!」

「まだお姉さんよ!! まったく‥‥‥最近皆んなの対応が酷すぎるよ。とにかく、トランプもいいけど早く寝るのよ?」

「はーい」


その後、トランプやガールズトークを楽しみ、部屋の電気を消して全員布団に入った。


そんな鈴は、芽衣の布団に潜り込んで、コソコソ話を始めた。


「鈴? どうしたの?」

「明日告白しようと思うの」

「‥‥‥本当にするの?」

「うん」


芽衣は両手で鈴の頬をムニッと摘んだ。


「約束して」

「なに?」

「どんな結果でも、今後気まずくならないこと。結菜を傷つけないこと」

「‥‥‥分かった」

「よし、それじゃ寝よっか」

「今日はこのまま寝ていい?」

「いいよ」



***

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