合宿

八月に入り、今日からニ泊三日の合宿の始まりだ。


「結菜さん‥‥‥暑いです」

「しょうがないじゃないですか、鈴さんが輝久君の隣に座ってしまったのですから」


去年もこんなんだった。

結菜さんはバスの中で、僕の太ももの上に座りながら優雅に読書をしている。


そんな中、右前の席では真菜さんと沙里さんがお菓子を食べている。


「沙里ちゃん、こんな暑い時に、よくチョコレートなんて食べれるね」

「暑さ関係ある?」

「あるよ、本当相変わらず眠そうだし。それより、沙里ちゃんは肌白いから、ちゃんと日焼け止め塗らないと、すぐ日焼けしちゃいそうだね」

「あ、日焼け止め忘れた」


それを聞いた芽衣さんが、手に日焼け止めクリームを出して、沙里さんの顔に豪快にクリームをつけた。


「私の貸してあげる!」


そして、美波さんが沙里さんの顔を見て笑いながら言った。


「あはは! 真っ白じゃん! 塗りすぎだよ!」



***



そんな中、鈴は会話に入ろうとしなかった。


(合宿中に告白するんだ‥‥‥緊張してきた‥‥‥)

「鈴さん? 元気ないけど車酔いですか?」

「え!?」

「え!? ‥‥‥どうしました?」


鈴は、いきなり輝久に話しかけられて驚いてしまった。


「どうもしないよ、大丈夫!」

「なら良かったです」



***



鈴さんとの会話が終わると、結菜さんが僕の足をグリグリと踏みつけてきた。


「ゆ、結菜さん?」


話しかけても無視して踏みつけてくる。

分かりやすい嫉妬だ。

こうなったら少し意地悪しちゃお!


僕はは、太もものに乗る結菜さんを後ろから抱き寄せ、耳元で囁くように言った。


「結菜、俺はお前だけだぜ」


すると、体感で分る程、結菜さんの体温がブワッと上がった。


「てて、て、輝久君!! 離してください! ちゃんと座ります!」


僕は、わざと結菜さんを更にギュッと抱き寄せた。


「ダメだよ、バスが動いてる時に立つのは危ないよ!」


結菜さんは僕から離れようと足をバタつかせ、前の席に座っていた一樹くんの席に、何度も足が当たっている。

すると一樹くんが振り向いて言った。


「蹴らないでくだ‥‥‥結菜さん、なんで顔真っ赤なんですか?」


結菜さんは何も言わずに一樹けんの顔面に、ストレートパンチを決めた。


「ブハッ!!」

「コラ! バスの中で暴れないの!」


と、言いながら何故か莉子先生は僕達にカメラを向けた。


「結菜さん、怒られちゃいましたよ? 大人しくしてください」


結菜さんは顔を真っ赤にしたまま、親に抱き抱えられる子供のように、僕の上で大人しく座り続けた。

そして、それから海に着くまで、一切本を開くことはなかった。





海に着いてバスを降りると、結菜さんは真っ赤な顔で僕の目の前まで近づいてきた。


「さ、さっきのはなんなんでしゅか!」

「噛んでるよ」


結菜さんは更に顔を赤くした。


「も、もう知りません!」


動揺する結菜さん‥‥‥可愛すぎんだろー!!

定期的に意地悪しよ。


みんなバスの横に集まり、芽衣さんが頭にタオルを巻きながら莉子先生に言った。


「先生って普段の授業でも、行事ごとでも頻繁に写真撮ってくるけど、写真くれたことないよね。修学旅行の時のカメラも、返したのに写真くれないし」

「皆んなが卒業する時にまとめて渡すのよ。その方が懐かしくていいでしょ!」

「なるほど!」

「そういうこと! さて! 海の家に行くわよ!」


海の家にやってくると、去年と変わらない感じて、莉子先生のお父さん、剛さんが迎えてくれた。


「おう! 久しぶりだな! ん? なんか増えたか?」

「一樹と申します! よろしくお願いします!」

「お! しっかりしてるじゃねーか! 後の二人も自己紹介しろ!」

「鈴です! よろしくお願いします!」

「よろしくな!」

「沙里、よろしく」

「あ? なんだお前、眠たいのか? それよりなんで、そんな顔真っ白なんだ」

「日焼け止め塗られた」

「そうかそうか! おっ! 元気そうだなガキ!」

「誰がガキだジジイ!」


また剛さんと柚木さんの言い合いが始まった。

去年もこんなんだった。

でも、その光景を見た結菜さんは何故か嬉しそうだ。


「それじゃ早速だけど、去年同様ゴミ拾いしてくれ! 一番ゴミ袋をパンパンにした奴には、ソフトクリーム食わせてやる!」


それを聞いた沙里さんは、さっきまで眠そうにしてたとは思えない素早い動きで、ゴミ袋とトングを持って砂浜を走りだした。


「なんだあいつ、やればできるじゃねーか」


それを見た僕達も、一斉にゴミ拾いを始めた。


「ソフトクリームは私のだー!」



***



それから数分後、沙里は早くもゴミ袋をパンパンにして暇そうにしていた。


「結菜」

「どうしました?」

「タコ捕まえてよ」

「去年はたまたま浅瀬にいたんですよ」


二人は海に近づいてタコを探し始めた。


「タコいないね」

「あ! いました!」

「タコー!」


沙里はタコ目掛けて海に飛び込んでしまい、海から顔を出すと、しっかりと顔面にタコがくっついていた。


「取って取って!」

「い、今取ります! 大人しくしてください!」

「早く早く!」


それを見た美波が呑気に笑っていると、沙里が頭をブンブンと振った拍子にタコが離れ、美波の頭に乗っかってしまった。


「ぎゃー!! 取ってー!! なんで今年もこうなるのー!!」


そんなこんなでゴミ拾いの時間が終わり、全員で海の家の前に整列した。



***



沙里さんは、美波さんの頭に乗ったタコをツンツンしながら言った。


「おじさん、たこ焼き作れる?」

「たこ焼き焼く機械がないから無理だな」

「だって美波、タコ逃してきて」

「離れてくれないの」

「美波のこと好きなんだよ」

「嬉しくないよ!! 気持ち悪い!!」


剛さんは沙里さんを見て言った。


「それより、なんでお前はビショビショなんだ?」

「えっと、芽衣が私を海に投げ飛ばした」

「私なにもしてませんけど!?」

「まぁまぁ、とりあえずこれで拭け」


剛さんは、沙里さんに汗拭きタオルを渡し、沙里さんは風呂上がりのように頭を豪快に拭いた。


「全員ゴミ袋パンパンだな! まぁ、海で九袋もゴミでパンパンになるとか、まずあっちゃいけないことなんだけどよ。とにかく一旦お疲れさんだ! 全員にソフトクリーム作ってやるから、食べたら働いてもらうぞ!」


なんだかんだ全員にソフトクリームを作ってくれるなんて、剛さんは意外と優しい。


そして全員ソフトクリームを食べながら、剛さんの説明を聞いた。


「ちょっと去年とメニューが変わったんだ。焼きそば、唐揚げ、フランクフルト、かき氷、ソフトクリームだ!」

「ソフトクリームしか増えてないじゃないですか」

「馬鹿野郎! 大きな進歩だろ! 去年、結菜が客とバチバチにバトッただろ。あれを動画に撮ってた客がいたみたいでな、クレームどころか、結菜に会いたいって客がどんどん来てよ、売り上げがよかったからソフトクリームの機械を仕入れたってわけだ! 来年の今頃にまた来るはずだって客には言ってあるからな、もしかしたら今年は忙しくなるかもしれないぞ!」


すると、鈴さんが思い出したように言った。


「あ、確かに去年、ネットで話題になってたかも。あれって結菜ちゃんだったんだ」


結菜さんは盗撮されたことをよく思っていないのか、無言でソフトクリームを食べている。


「よし! とりあえず役割を決めるか! 去年焼きそば焼いたのは結菜と芽衣だったか?」

「はい」

「それじゃ今年も頼むわ! 唐揚げは誰だっけ?」


美波さんと柚木さんが元気よく手を挙げた。


「はーい!」

「よし、今年も頼むぞ! フランクフルトは俺がやるとして、かき氷は輝久と真菜!」


その瞬間、結菜さんが僕を不気味な笑みで見つめた。


「結菜さん、去年みたいにはならないので安心してください」

「信じますね♡」

「そんじゃ、ソフトクリーム作りたい奴はいるか?」

「やるー」

「沙里、お前やれんのか? 勝手に食うなよ?」

「大丈夫大丈夫」

「それじゃ頼んだ! 鈴は、店内で食う客に食い物を運んでくれ!」

「分かりました」

「よし! これで全員決まったな!」

「あの‥‥‥俺は‥‥‥」

「なんだ、まだ一人いたか。お前はイケメンだから、水着のお姉ちゃんでも店に連れてこい!」

「できませんよ!」

「大丈夫大丈夫! 輝久だって去年連れてきたんだからよ! やっかいな客だったがな!」

「輝久君にできたなら俺にもできそう」


一樹君って、こんなにムカつく人だっただろうか。

それにしても剛さんの発言のせいで、結菜さんがまた僕を見つめてきた‥‥‥貧乏ゆすりすごいし。


「よし! 仕事スタートだ!」

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