公開キス

休みも明けて学校へ行くと、明らかに一樹君と芽衣さんの元気がなかった。


「一樹君! おはよう!」

「おはよう」


挨拶にも元気がない。

芽衣さんにもいつも通り接しなきゃ。


「芽衣さん、おはようございます!」

「おはよう‥‥‥」


芽衣さんは重症だな。


その空気感を感じ取った美波さんが二人に言った。


「なんで二人とも元気ないの? もしかして一樹、失恋した?」


美波さんの発言で、図書室内が一瞬で凍りついた。

すると一樹君が、悲しい気持ちを誤魔化すような苦笑いで言った。


「そうなんだよねー! まぁ、もう終わった話だからさ、芽衣さんも気にしないで!」

「うん、ごめんね」


ん?解決か?あっさり解決したのか?


そう思った矢先、芽衣さんがいきなり立ち上がった。


「今日は体調悪いから帰るね」


そう言い残して図書室を出て行ってしまった。


「えっとー‥‥‥なんで振られたの?」

「輝久君、やっぱり君のことが忘れられないみたいだよ」


そう言った一樹君の顔は笑顔だったけど、どこか悲しそうで辛そうだった。

すると結菜さんが、読んでいた本から視線を逸らすことなく言った。


「貴方は芽衣さんが好きなんですよね」

「う、うん」

「なのに他の男を忘れられないと言われただけで諦めるんですか? かっこ悪いですね」

「でも、どうしようもないですよ‥‥‥」

「貴方には頑張ってもらわなければいけません」

「なんで?」

「輝久君を好きな女性は、一人でも少ない方がいいので」


一樹君が黙り込むと、美波さんが図書室のテーブルに座りながら言った。


「追いかけてもう一回気持ち伝えれば?」

「お姉ちゃんの言う通りです! 行ってください!」

「‥‥‥俺‥‥‥行きます!!」


一樹君は勇気を振り絞って走り出した。

多分みんな、一樹くんと芽衣さんのためじゃないんだろうなと思うとゾッとする



***



「ちょっと一樹君! 授業始まるわよ!」


莉子先生の言葉も無視し、一樹は必死に走った。


下駄箱のところまで来ると、芽衣が校門を出るのが見えて、芽衣の元へ急ぎ、息が切れた状態で芽衣の後ろ姿に向かって呼びかけた。


「芽衣さん!!」


芽衣は驚いて振り向き、二歩ほど後退りをした。


「ど、どうしたの?」

「俺、やっぱり芽衣さんが好きです!!」


芽衣は何も言わずに俯いた。


「輝久君のことが忘れられないなら、俺が忘れさせます! 時間がかかっても、もし一生忘れられなくて、最終的に俺が失恋することになっても! 俺は後悔しない!! 芽衣さんが好きです!! いつも冷たいけど、時々優しい笑顔を見せてくれる芽衣さんが好きです!! 友達思いな芽衣さんも好きです!!」

「振ったこと、怒ってないの?」

「怒ってないけど、悲しかったのが本音です!」

「そんなカッコいい告白しといて、そこは素直なんだね」

「あ、ごめんなさい」

「私、めんどくさいよ?」

「それでも好きです!!」

「本当に忘れさせてくれるの?」

「もちろんです!」


二人の声は校内にも聞こえていて、教室の窓から沢山の生徒が顔を出して二人を見ていた。

もちろん輝久達もだ。


「こういうのドキドキするわね! 青春ね、青春!」


はしゃぐ莉子先生に結菜さんが言った。


「うるさいです、二人の声が聞こえません」

「ごめんちゃい」

「年齢を考えた言葉遣いをお願いします」


一樹は大勢の生徒から見られていることに気づいていなかったが、芽衣からは全体が見えていた。

もちろん、輝久が見ていることにも気づいている。


「それじゃ、一樹、今この場で私にキスできる?」


一樹は一瞬戸惑ったが、ゆっくりと芽衣に近づいた。


それを生徒達は、ドキドキワクワクした気持ちで静かに二人を見守る。


一樹は芽衣の肩を掴み、ごクリと唾を飲んだ後、優しくキスをした。

すると芽衣は静かに涙を流しながら、心の中で思った。


(さよなら、輝久)


その瞬間、それを見ていた生徒達が二人に祝福の声を送り始めた。


「おめでとー!!」

「ヒューヒュー!!」

「お幸せにー!!」


一樹は学校の方を振り向いて、顔を真っ赤にしてフリーズしてしまった。

それを見た芽衣は、涙を拭って笑顔で一樹の手を握って走り出す。


「図書室に戻ろ!」

「うん!」


その光景を愛梨と沙里もしっかり見ていた。

沙里は、横に立つ愛梨の手を優しく握り、小さく呟く。


「よかったね」

「はい」

「もう、罪悪感なんて感じなくていいんだよ」


愛梨が安心した表情を見せその瞬間、沙里は愛梨の左頬にキスをし、驚いて沙里を見つめる愛梨に、沙里は可愛らしい笑顔で言った。


「すーき!」

「いきなりどうしたんですか!?」

「二人を見てたら伝えたくなっただけ」

「まったく沙里は」


そして一樹と芽衣は、手を繋ぎながら図書室に戻ってきて、一樹はすぐに皆んなに謝った。


「なんか、お騒がせしてごめんなさい!」


そんな一樹を見て、結菜はニヤッとした表情で一樹に言った。


「これから大変ですね」

「どうしてですか?」


一樹と結菜が言葉を交わした瞬間、芽衣が一樹の顔に顔を近づけて、恐ろしい表情で言った。


「一樹、なんで他の女と話してるの? 一樹はもう私の彼氏なんだよね。そうだよね? ねぇ、私以外の女を見たら許さないよ? 私だけ見てればいいの、わかった?」

「芽衣さん!? いきなりどうしたんですか!?」

「一樹が他の子と話すから怒ってるんだよ?」


そして、芽衣はいきなり笑顔に戻って言った。


「ま、結菜となら許す!」

「は、はい‥‥‥」


笑顔に戻ったと思ったら、またいきなり恐ろしい表情に戻り、威圧するような目で一樹を見た。


「でも、他のクラスの子と話すのは許さないよ? 一樹は私だけの彼氏だから、わかった?」

「わ、わかりました!」





その日の放課後、輝久は一樹に引っ張られて図書室を出ると、一樹は輝久の両肩を掴み、激しく輝久の体を揺らす。


「輝久君!! 芽衣さんのあれなに!? めっちゃ怖いんだけど!! 芽衣さんってあんな子だったの!?」

「一樹君、揺らすのやめて」

「あ、ごめん」

「一樹君に大事なことを言い忘れてた」

「な、なに?」

「M組の女子生徒は‥‥‥全員ヤンデレだ!」


一樹はまた輝久の体を揺らし始める。


「もっと早く言ってよー!」

「一樹! 帰ろ!」

「あ、はい!」


一樹は少し怯えながらも、嬉しそうに芽衣と帰っていった。



***



僕も結菜さんと帰ろうと思い、図書室に入ろうとした時、愛梨さんが声をかけてきた。


「結菜先輩いますか?」

「中にいますよ」

「それじゃ失礼します」


愛梨さんが図書室に入って、愛梨さんの後ろに沙里さんがいたことに気づいた。

身長が低くくて気づかなかった。

それしても気まずいな‥‥‥。


沙里さんは、昨日のことを思い出させるかのように僕を見つめて、いやらしく舌を出して挑発してくる。


そんな中、図書室内では結菜さんと愛梨さんが話していた。


「結菜先輩、生徒会長への立候補は明日までですけど、提出しないんですか?」

「私は興味ないです」

「そうですか、残念です」

「愛梨さんは立候補したんですか?」

「もちろんです」


その会話を聞いていた真菜さんは、帰りの準備をしている美波さんに言った。


「お姉ちゃん、立候補してみたら?」

「え!? なんで私?」

「だってお姉ちゃん、中学生の時に生徒会長になりたいって言ってたじゃん。高校最後の一年だし、試しに立候補してみなよ!」

「えー、どうしよう」


莉子先生は悩む美波さんに言った。


「立候補するなら、今から提出の紙持ってくるわよ?」

「んじゃ‥‥‥チャレンジしてみようかな」


美波さんは、まさかの生徒会長に立候補することになった。

すると、愛梨さんが美波さんに握手を求めて言った。


「今日からしばらくの間はライバルですね。よろしくお願いします」


美波さんは愛梨さをと熱い握手をしながら、堂々と無い胸を張る。


「よろしく! 負けないからね!」

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