優しさのタイミング

***


一樹と芽衣は、二人でカフェに来ていた。


「い、一樹、なんでカフェなの?」

「デートって良く分からなくて、無難にカフェかなって!」

「普通ゲーセンとか行くんじゃないの?」

「そうなの!? それじゃ、今からいきます?」

「いいけど」


二人はゲームセンターへ行き、一樹は芽衣に、いいところを見せたくてUFOキャッチャーに挑戦することにした。


「取れた! はい芽衣さんにプレゼントします!」

「ありがとう、これなに?」

「貯金箱みたいですよ!」

「哺乳瓶の?」

「はい! いりませんでした?」

「いや! ありがとう、嬉しい!」


芽衣はデート中も元気がない。

一樹は、その元気の無さを恥ずかしいからだと思っているが、芽衣は本当に元気が無く、ずっと思い悩んでいた。


(一樹の告白を受け入れたけど、それは輝久を忘れるため。だけど、一樹のことは嫌いじゃない。多分ちょっぴりだけど好き。でも‥‥‥輝久のことが頭に浮かんで、素直にデートを楽しめない。私‥‥‥最低だ)


「次はメダルコーナー行ってみましょうよ!」

「うん‥‥‥」


メダルコーナーへやってくると、そこには愛梨と沙里がいた。

一樹と芽衣に気づいた愛梨がメダル片手に立ち上がった。


「芽衣先輩、偶然ですね」

「愛梨じゃん」

「こんにちは。結菜先輩は一緒じゃないんですか?」

「今日は二人、愛梨はなんでこんなところに?」

「前にメダルゲームをする機会がありまして、それからハマってしまったんです。それより、お二人はお付き合いしているんですか?」

「えーっと‥‥‥」

「そうだよ! 昨日から付き合ってるんだ!」


一樹がそう言うと、芽衣は一瞬暗い表情を見せた。


「私、ちょっとトイレ」


トイレに向かう芽衣の後ろ姿を見て、愛梨がボソッと呟く。


「訳ありですね」

「え? なに?」

「いいえ、なんでもありません。それではデートを楽しんでください」


愛梨は、ゲームに夢中になっている沙里の元へ戻り、沙里に言った。


「沙里、ちょっと急用ができたから、今日は一人で遊んでください」

「えー、やだー」

「メダルはいくらでも使っていいので」

「うーん‥‥‥わかった」


愛梨はゲームセンターの外に出て、結菜に電話をかけた。


「もしもし、結菜です」

「愛梨です」

「なんで愛梨さんが私の電話番号を?」

「前に結菜先輩に会いに行った時、こっそり結菜先輩の携帯を見ました」

「ちょっと通報するので切りますね」

「ごめんなさい! それより話を聞いてください」

「なにかしら」

「今、前に勝負をしたゲームセンターに来ているんですけど、そこで芽衣先輩と一樹先輩に会いまして、このままじゃ、芽衣さんは自分の心を壊します」

「さすがね、貴方も違和感に気づきましたか」

「はい、なんとかした方がいいんじゃないですか?」

「なんとかって何をですか?」

「早めに今の気持ちを聞くとかですかね」

「素直に話すと思いますか?」

「それは‥‥‥きっと話さないでしょうね」

「下手に首を突っ込まない方がいいわよ」

「私の調べによると、芽衣先輩は輝久先輩のことが好きだったんですよね」

「そうね、それより私の話聞いてますか?」

「はい、ですが、なんとなくほっとけないんです。ゲームセンターに輝久先輩を呼んでいいですか?」

「呼んでどうするの?」

「話し合いさせます」

「そう、貴方も学ぶべきことがありそうね。いいわよ。輝久君と一緒にそちらに向かいます」


その頃、芽衣はまだトイレから出てきていなかった。

一樹は自販機でアイスを買い、アイスを食べながら芽衣をひたすら待つことしかできない。


(芽衣さん、お腹痛いのかな)


しばらくして、輝久と結菜がゲームセンターにやって来た。





結菜さんは愛梨さんを見つけて声をかけた。


「二人はどこですか?」

「一樹先輩はあちらに座ってます。芽衣先輩はずっとトイレから出てきません」


三人で一樹くんに近づくと、一樹くんも僕達に気づいて立ち上がった。


「輝久君! なんでここに!?」

「なんか結菜さんに呼ばれて」

「二人もデート?」

「違います。芽衣さんとお話に来ました」

「話? 芽衣さん、トイレに行ったっきり出てこないんです」



***



その頃芽衣は、鏡を見つめながら心の整理をしていた。


(輝久は私のことを友達って言ってた。でも、ずっと輝久のことが好きだったから、なんだか今の現状に罪悪感がすごい‥‥‥。一樹に対しても、申し訳ない気持ちでいっぱい。今日ぐらいは気持ち切り替えて楽しもうかな)


そう決心してトイレから出た時、芽衣の目に飛び込んだのは輝久の姿だった。

輝久も芽衣に気づいて声をかける。


「芽衣さん!」

(なんでここに輝久が? なんで‥‥‥今輝久の顔見ちゃったら‥‥‥もう無理だよ)


芽衣は作り笑いをして、皆んなの元へ駆け寄った。


「なんで皆んながいるの?」

「芽衣先輩、自分の心に迷いがあるんじゃないですか? ちゃんと話し合った方がいいです」

「話し合うってなにを? 話し合ってもどうにもならないこともあるんだよ」

「芽衣先輩は、本当に一樹先輩のことが好きなんですか?」


芽衣は一樹を見て何も言わない。

一樹は今何が起きているのか分からずに、ただただ戸惑っている。


「芽衣さん? 大丈夫ですか?」


輝久に言われ、芽衣は我に返ったように輝久を見て、暗い表情でため息をついた。


「ごめん、私帰る」

「芽衣さん!?」



***



芽衣さんは一樹君の呼ぶ声も無視して、僕達から逃げるように帰ってしまった。

すると、結菜さんが愛梨さんに言った。


「貴方の優しさ、その感情は正しいわ。だけど、優しさや正義感を使うタイミングを間違えないことね」

「私はただ、M組の方々には仲良くいてほしかったんです‥‥‥ごめんなさい」


皆んなのテンションがガタ落ちした時、なにも知らない沙里さんが走ってきた。


「愛梨〜、用事って、結菜達と遊ぶこと? 酷い!! ‥‥‥なにこの空気。 輝久? これどういう状況?」

「よく分からないです」

「ふーん、よく分からないけど、せっかくだし遊ぼうよ」

「沙里さんはマイペースですね。こんなうるさいゲームセンターでも眠そうだし」

「私、別に眠いわけじゃない。あまり大きな声出したく無いし、無気力でいた方が人生楽」

「な、なるほど」


そして僕達は、全く盛り上がることなく、沙里さんのメダルゲームに付き合って、しばらく遊んだ後、僕と結菜さんは先に帰宅した。





その日の夜、僕の家に沙里さんがやってきた。


「沙里さん? どうしたんですか?」

「なんか大変そうだなーと思って、とりあえず上がるね〜」

「ちょ、ちょっと!?」


何故かいきなり来た沙里さんと、僕の部屋で話すことになってしまった。


「愛梨から聞いたんだけど、輝久モテるね」

「全然だよ!」

「私も好きだし」

「え? 沙里さんって、愛梨さんのことが好きになったんじゃ」

「そうだけど、輝久のこと好きじゃなくなったなんて言ってない」

「えぇ!?」

「いつでも私のパンツ咥えていいよ。今咥える?」


沙里さんがおもむろにパンツを脱ごうとするのを見て、僕は話を戻した。


「さ、沙里さん! それで今日はなんの話ですか!」


沙里さんは脱ぎかけのパンツを履き直して言った。


「あぁ、えっとね、一樹が振られたの知ってる?」

「えぇ!? それ本当!?」

「うん。輝久と結菜が帰った後ね、一樹の携帯に芽衣から電話があって、私の目の前で振られた」

「なんで!?」

「芽衣が本当に好きなのは輝久だからでしょ」

「あぁ、なるほど」

「納得するんだ」

「だって、短かったけど一応元カノみたいなもんなんですよね」

「なにそれ、私元カノですらない」

「それはいいじゃないですか!」

「んじゃセフレになろ」

「なに言ってんの!?」

「私経験ないけど、多分大丈夫」

「いや、僕が大丈夫じゃないので」

「とにかく、輝久は一樹を元気づけること、芽衣には今まで通り接すること、わかった?」

「わ、わかりました」

「これで話は終わり、それじゃエッチしよ」

「うん! んじゃ気をつけて帰ってくださいね!」

「輝久ひどい、女の子から誘ってるのに」

「結菜さんに殺されますよ」

「いいこと教えてあげる。浮気はバレなきゃ浮気じゃないらしいよ」

「それでもダメです!」

「うーん、んじゃ少しだけ」


沙里さんはいきなり僕にカッターを向けて脅してきた。


「抵抗したら痛いよ」

「な、なにする気ですか!」

「動かないでね」


沙里さんは僕にまたがるように抱きつき、キスをして、僕の口に唾液を流し込むように舌を絡めてきた。

僕が逃げようと少し動くと、カッターの刃を出す音で脅してくる。


それからそのキスはしばらく続き、やっとキスが終わると、沙里さんは顔を赤くして下半身をもじもじさせながら言った。


「ちゃんと周りとの関係を修正しないと、今したこと結菜にバラすから」

「は、はい」


すると沙里さんは、僕を力強く抱きしめて、耳元で言った。


「輝久も結菜と別れることになったら、いつでも私のとこにおいで。私の心の中に、いつでも輝久がいることを忘れないで。あと、その気になれば、いつでも結菜から輝久を奪えることも忘れちゃダメだよ」


沙里さんはそう言うと、僕の耳をペロッと舐めて帰っていった。


今あったことは、墓場まで持っていかないと‥‥‥むしろバレたら、すぐに墓場に持っていく羽目に。

沙里さんは危険人物。改めて確信した。

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