事実とおまじない
***
結菜がいつもの様に柚木の元へ行くと、そこには何故か愛梨がいた。
愛梨は病室の椅子に座り、柚木の顔を眺めている。
「愛梨さんがお見舞いですか? 珍しいですね」
「そうです。一応、元生徒会長ですので、学校の生徒が入院したらお見舞いに来るのが普通です」
「本当にそんな理由ですか?」
「な、なにが言いたいんです?」
「私、ずっと気になっていたんです」
「なにがでしょうか‥‥‥」
「何故貴方が柚木さんの事故を知っていたのですか? 学校内で事故の噂をする人を見たことはありませんし、全校集会で事故の話になったわけでもありません。それなのに、何故愛梨さんが柚木さんの事故を知っていたんですか? 答えてくれますよね?」
愛梨は柚木を見つめて、なにも言わない。
「‥‥‥私が言ってあげましょうか」
「‥‥‥」
「柚木さんが事故にあった時、その車に乗っていた‥‥‥違いますか?」
「‥‥‥いつから気づいていたんですか?」
「不思議に思ったのは、お花見の日です」
「それならその時に言えばよかったじゃないですか‥‥‥何故言わなかったんですか?」
「楽しい空気を崩さないように、それと、貴方は沙里さんといました。沙里さんは柚木さんを知りませんが、その事実を知ったらショックを受けます」
「そんな気遣いができる方だったんですね」
「当然です。そんなことより、事故に関するニュースが流れなかったのは、お金で解決したからですか?」
「そうよ‥‥‥」
「しばらく愛梨さんが学校に来なかったのは、自分の怪我を隠すためですか?」
「はい‥‥‥間違いないです‥‥‥」
「はらわたが煮えくり返るお話ですね」
愛梨は俯き、急に泣き出してしまった。
「何故貴方が泣くのですか?」
「‥‥‥思ってました」
「はい?」
「お金で全て解決できると思ってました‥‥‥権力も心も全て‥‥‥」
「今更気づきましたか」
「自分の心は変えられませんでした。ずっと‥‥‥ずっと‥‥‥罪悪感に押し潰されそうなんです‥‥‥」
結菜は愛梨の髪を解いて、綺麗で長い髪を撫でながら言った。
「本当に潰されてしまえばいいのに」
「ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
「貴方の運転手は、柚木さんのやりたかったことや、柚木さんの数ヶ月を奪ったんです!! 事故自体に関しては、愛梨さんはなにも悪くありません‥‥‥」
「そんなこと‥‥‥」
「あります」
「ですが‥‥‥お爺様が大金を払い、口封じをする所を、私は見ていることしかできませんでした。ごめんなさい‥‥‥」
「実感したんじゃないですか? 自分にはなんの力もない、権力だって所詮大人のお下がりだって」
「はい、実感しました‥‥‥」
「桜の花びらに関するジンクスも、愛梨さんにとっては、些細な罪滅ぼしだったのでしょうね」
「間違いないです‥‥‥」
「他にないんですか?」
「え?」
「願いが叶ったりする、おまじないのようなものです。今日から春休み中、私と一緒にやり尽くしましょう」
愛梨は涙を拭き、驚いた様子で結菜を見つめた。
「私のことなんて、殺したいぐらい憎いはずなのに‥‥‥何故私と一緒に?」
「さっきも言いましたが、あくまで悪いのは運転手です。それに、愛梨さんは罪悪感に溺れ、しっかり反省しているじゃないですか。愛梨さんの罪滅ぼしにお付き合いします」
「‥‥‥ありがとう‥‥‥‥‥‥」
「敬語じゃなくなってますよ? 先輩にはちゃんと敬語を使いなさい」
「ありがとうございます‥‥‥結菜先輩」
「よろしい。それと愛梨さん、髪を結ばない方が可愛いですよ?」
そう言って病室を出て行く結菜に、愛梨は顔を赤くしながら無言でついて行き、病院を出て、愛梨はカバンからバンソウコウを取り出した。
「結菜先輩、願いが叶うおまじないなんですけど、バンソウコウの布の部分に星を描いて、小指に貼ると願いが叶うって言われているんです。絆創膏が汚れたら、また新しい絆創膏にしなくちゃいけませんが」
「それじゃまずはそれをやりましょう」
二人は病院の外にあるベンチをテーブル代わりにして、バンソウコウに星を描いて小指に貼った。
すると結菜が自分の小指を見て言った。
「なんだか、愛梨さんとお揃いみたいで気持ち悪いですね」
「私は結菜先輩とのお揃い、嫌じゃないですけど‥‥‥」
「なんですか? やけに素直ですね、気持ち悪いです」
「また泣きますよ!?」
「泣きすぎです。気持ち悪いですね」
愛梨は少し拗ねたように言った。
「次のおまじないやりましょう」
「そうですね」
この時の結菜の毒舌は、今までバチバチだった関係の愛梨との現状に対する照れ隠しのようなものだった。
愛梨はそれも薄々感じ取り、結菜の優しさに、自分の心が変わっていくのを実感していた。
※
春休みも終わりに差し掛かった頃、結菜は愛梨と色んなおまじないをやり尽くし、最後のおまじない、願い事を言いながら学校の階段を全て登るというものをやるために、二人で学校に向かっていた。
***
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