花見で願う

***


月日は流れ、春休み初日の三月二十五日。

今日も結菜は、眠り続ける柚木に声をかけに来ていた。


「もう春休みですよ。お寝坊さんにもほどがあります」


そう声をかけると、結菜は柚木の手を握り、ただ柚木の顔を見つめていた。

すると、一瞬柚木の手がピクッと動いたのを感じ、すかさず柚木に声をかける。


「柚木さん? 結菜です! 聞こえますか?」


柚木からの返事はない。

だが結菜は、病院の先生に、柚木の手が動いたことをすぐに伝えに行った。


「さっき、柚木さんの手が動いたんですけど」

「植物状況でも目を開けたり、あくびをしたり、それこそ手が動いたりすることがあるんだ。でも、それで生きていると、君が認識してあげることが大事だよ」

「そうなんですか‥‥‥目を覚ましそうになったのかと思いました」


少し残念そうな結菜に、先生は笑顔で言った。


「もしかしたらそうかもしれないよ? 柚木さんも、眠りの中で戦っているかもしれないね。それにしても、君は毎日来ているね」

「友達ですから」

「そっか、きっと柚木さんも喜んでるよ」

「そうだと嬉しいです」


そして結菜は病院を出て自宅に帰った。

それと入れ違うように美波が一人で柚木の元へやってきて、柚木の鼻先をツンツンしだした。


「起きろー、起きないと鼻がぺったんこになっちゃうぞー。こんなに髪も伸びちゃって、でも柚木は長い髪も似合うね! 女の子らしくなった! ほら、今ツッコむとこだぞー(いつになったら起きてくれるのかな、起きたらいっぱい遊びに誘ってあげよ)」





美波が自宅に帰ると、真菜が飼い猫のバニラに話しかけていた。


「バニラ〜、大切な友達がね、ずーっと起きないの。どうやったら起きるのかなー、教えてよバニラ〜」

「にゃー」

「バニラも分からないの?」

「にゃー」


春休みになっても、皆んなの頭の中にはずっと柚木がいた。





そして四月三日。

桜が満開になり、柚木と一樹を除いたM組の生徒で、花見に来ていた。



***



「あれ? 一樹君は?」


一樹くんの姿が無く、疑問に思って聞いてみると、芽衣さんが不思議そうに僕を見て言った。


「輝久が誘ったんじゃないの? 誰も誘ってないよ?」

「え!? てっきり誰かが誘ってるものだと!」


まぁ、今までもそういう扱いだったし、しょうがないかな‥‥‥。


結菜さんが桜の木の下に立ち、桜を見上げている。

結菜さんの周りを散る桜がヒラヒラと舞い、桜の木の下に立つ結菜さんは、言葉にできないほど、とても美しかった。


その木の下にブルーシートを敷き、みんなでジュースを飲みながら、お弁当やお団子を食べていると、どこからか沙里さんの声が聞こえた。


「あっ、マジか」


その声に気づき、全員が振り向くと、そこには沙里さんと愛梨さんが団子を持ちながら立っていた。


沙里さんは相変わらず眠そうだ。


その場にピリついた空気が流れる中、愛梨さんが言った。


「皆さん、桜の花びらにまつわる話を知っていますか?」


芽衣さんは興味を持ったのか、食い気味に聞いた。


「え? なに?」

「チャンスは一度だけ。散る花びらを地面に落ちる前に一度だけ掴むんです。そして掴んだ花びらが三枚なら、願いが叶うというものです。柚木先輩を想いながら、チャレンジしてみてはいかがですか?」


結菜さんは一瞬、何かにトキメクような表情をしたが、桜の木の方を向き、体をソワソワさせながら言った。


「言われなくてもやるつもりでした」


美波さんと真菜さんは、両サイドから肘で愛梨さんの体をツンツンしながら言った。


「いいとこあるじゃん!」

「褒めてあげます」


芽衣さんは笑顔で愛梨さんの頭を撫で始める。


「案外いい奴だね!」

「愛梨さん、ありがとうございます!」


僕もお礼を言ったその時、結菜さんが声を上げた。


「これを見なさい!」


地面には、桜の花びらで【ありがとう】の文字が作られていた。


結菜さん!?

この数秒でこれ作ったの!?言葉にできないからって器用すぎ!それに一番気持ち伝わっちゃうやつ!!

逆に恥ずかしいよ!?


愛梨さんにもみんなの気持ちが伝わったのか、無言でうつむき、顔を赤くしていた。

それを見た沙里さんは、ぶつぶつ言いながら愛梨さんを引っ張って、どこかへ行ってしまった。


「行くよ愛梨。なんだあいつら、愛梨にベタベタして、可愛い愛梨にカビが生えちゃう」


僕達は菌かなんかなのだろうか。


それから僕達は、愛梨さんが言っていていた桜の花びらキャッチにチャレンジしようと、みんな立ち上がった。


皆んなが柚木さんの目覚めを願い、散る花びらに手を伸ばした。

そして一斉に恐る恐る手を開いて花びらを確認すると、僕が掴んだのは三枚だった。


「やった! 三枚だ!」

「私も!」

「三枚だ!」

「三枚掴みました!」


最後は結菜さんだ。ここまで奇跡みたいな感じだけど、結菜さんだけ一枚とかだったらショック受けちゃうだろうな。


「私は六枚です」

「すご!!」

「でも、三枚じゃないとダメなんですよね」

「願い事が叶う効果が二倍ってことですよ!」


僕がそう言うと結菜さんは、掴んだ花びらを嬉しそうに見つめて、ニコニコと笑みを浮かべた。


「そういえば、その場で桜の花びらを使って、ハーバリウムを作ってくれるお店が出ていましたよ。皆んなが掴んだ花びらをハーバリウムにして、柚木さんにプレゼントしましょう」

「いいね!」


ハーバリウムとは、植物標本のようなもので、その植物を綺麗なまま瓶の中に入れておける物だ。そう愛梨さんが前に言っていた気がする。


さっそくみんなで掴んだ花びらを持っていき、ハーバリウム代は結菜さんが出してくれた。





出来上がるまで花見を続けていると、やっと一樹君が駆けつけた。


「誘ってくれないなんて酷いです!」


一応来るようにメッセージを入れておいて正解だった。


「散る花びらを掴みなさい、まだ間に合います」


一樹君は何のことか分からずに、結菜さんに言われた通り花びらを掴んだ。


「何枚ですか?」

「三枚ですけど」

「急ぎましょう!」


結菜さんが一樹君を連れて、ハーバリウムの店へ走っていった。

今まで結菜さんが僕以外の男の人と、あんな感じなのは初めてで、僕は情けなくも嫉妬してしまった。


すると真菜さんが僕を見て言った。


「輝久君、もしかして嫉妬?」

「そ、そんなんじゃないよ!」


しばらくして二人が一緒に歩いて帰ってきた。


「間に合いました」


芽衣さんと美波さんと真菜さんは、結菜さんを見て、携帯をいじる僕を指差した。


「輝久君? どうしたんですか? 体調悪いですか? 元気が無いように見えます」

「大丈夫です」


心配そうに僕を見つめる結菜さんに、真菜さんは耳元で言った。


「結菜ちゃんが一樹君と二人で走っていったから、嫉妬してるんだよ」

(そんな‥‥‥確かに逆の立場で考えたら、されて嫌なことをしてしまいました‥‥‥輝久君に嫌われたらどうしましょう‥‥‥)


結菜さんはいきなり立ち上がり、楽しそうに団子を食べる一樹くんの髪を掴んで顔面に膝蹴りをした。


「ぐひっ!」


一樹くんは、あまりの衝撃に変な言葉を発して倒れてしまった。


そのあと一樹くんの前にしゃがみ、往復ビンタをしながら僕を笑顔で見つめた。

まさに狂気。


「輝久君、私、こんな人好きじゃありませんから、私が好きなのは輝久君だけですから」

「わ、分かったから! もう死んでる! 一樹君死んでる!」


一樹くんはか弱い声で言った。


「か‥‥‥勝手に殺さないで‥‥‥」


それから一樹君は頬を腫らしながらも、花見を楽しんでいるようだった。


そして結菜さんは、もう僕を傷つけないためか、僕にべったりくっついている。





花見の後片付けをして、ハーバリウムを取りに行く前に、桜の木をバックに写真を撮ることにした。

皆んなは僕と結菜さんのツーショットを撮ってくれて、そのあと、タイマーを付けて集合写真を撮った。

ここに柚木さんもいてほしかったな。


そして最後に、僕は一樹君の恋を応援するために言った。


「一樹君と芽衣さんのツーショットも撮りましょう!」

「えー、なんで一樹とツーショットなのー」


「芽衣さん! 俺、芽衣さんと撮りたいです!」


芽衣さんは少し頬を赤らめて俯く。


「べ、別に一枚だけならいいけど」


一樹君は頬が腫れていたが、嬉しそうにピースをし、なんだか芽衣さんも満更でもないような雰囲気だった。


それから、桜の花びらで作ったハーバリウムを取りに行き、全員で柚木さんが入院している病院に向かった。




病室に着くと、結菜さんが柚木さんの手に、ハーバリウムの瓶を握らせた。


「皆んなが柚木さんが目を覚ますようと、願いを込めた桜の花びらです。柚木さんも今頃、夢の中で花見をしているところですか? 来年は一緒にいきましょうね」

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