大切にしなさい
保健室でいろいろあったが、教室に戻ると、莉子先生があからさまに怒っていた。
「二人ともどこ行ってたの? 席替えは? あと、沙里さんがいないんだけど」
一樹君、美波さんと真菜さん、そして芽衣さんは、どうすればいいのか分からずに、先生に説明もしていなかったようだ。
「授業中の無駄話をしなければ文句ありませんよね。それと、どうしても席替えすると言うのなら、宮川さんに言付けます」
すると莉子先生は、さっきまで怒っていた表情が一瞬で緩んだ。
「せ、席替えなんてしなくていいのよ! ね? 皆んな? さぁさぁ、授業を始めましょ!」
莉子先生は、やっと手にした宮川さんという王子様を手放さないように必死だ‥‥‥。
完全に結菜さんに飼いならされている。
そして、授業が始まろうとしていた時
「失礼します」
教室に入ってきたのは愛梨さんだ。
愛梨さんの後ろに、沙里さんが怯えたように隠れている。
「結菜先輩、私のお友達に酷いことをしたようですね」
結菜さんは席に座ったまま答えた。
「私は現実を教えてあげただけです。それに、酷いことをされたのは私の方ですよ。昨日は手をカッターで切られ、今日は背中をコンパスで刺されました」
愛梨が背中にピッタリくっついた沙里に優しく聞いた。
「そんなことをしたんですか?」
「し、してない! 私は皆んな大好きだもん。そんな酷いことしないもん」
「どうやら、愛梨さんの前だと猫をかぶるようですね。ですが、M組の皆さんが見ていましたよ」
美波さんが席から立ち上がった。
「そうだよ! 昨日、結菜の手を切って、しかも芽衣の首を切ろうとしたんだよ! コンパスは‥‥‥見てないけど」
すると、一樹君が少し怯えながらも立ち上がった。
「コンパスを刺すのは俺が見ました」
莉子先生は、驚いた様子で、ただただ僕達を見ていることしかできなかった。
なぜなら、宮川さんと別れたくないから、結菜さんには何も言えない。
そして愛梨さんは、この学校で絶対的な権力を持っているから何も言えない。
莉子先生はこういう時弱いのだ。
沙里さんがいきなり、あからさまな嘘泣きを始めた。僕でも気づくレベルだ。
「愛梨、私本当にしてないよ? 皆んなグルになって私をいじめるの‥‥‥」
結菜さんは席を立って愛梨さんに近づくと、愛梨さんの後ろに隠れている沙里さんを見下ろした。
「それじゃ聞くわね嘘泣きちゃん。酷いことって何をされたのかしら」
「沢山の生徒の前でパンツを脱がされた」
「何を言っているのかしら。自分から脱いで興奮していたじゃないですか」
「沙里はそんなことするような子じゃない!!」
いつも冷静な愛梨さんが、珍しくムキになって大声をあげた。
「いきなり大声を出さないでください。それより、貴方は沙里さんとどういう関係なんですか?」
「小さい頃からの友達です。昔から先輩後輩関係なく私に優しくしてくれました。そんな沙里が、そんな下品なことするはずがありません」
結菜さんは挑発するように愛梨さんの耳元に口を近づけた。
「貴方は本当の沙里さんを知らないだけです。でも大丈夫ですよね? 友達なんですもんね。本当の沙里さんを知っても、貴方達の関係は変わらないです」
するとすぐに、愛梨さんは結菜さんの体を押し、自分から遠ざけてしまった。
「だから! 沙里はそんな子じゃ!」
愛梨さんの後ろに隠れていた沙里さんが、ついに前に出てきた。
「もういいや、ごめんね愛梨。結菜が言ったこと全部本当なの」
「‥‥‥沙里?」
沙里さんはポケットからカッターを取り出し、眠そうだった目を大きく見開き、狂った様に笑い出した。
「ハハハハハハ! ねぇ、結菜? 私、輝久が好きなの、小学生の頃からずーっと! 結菜より前から輝久を知ってる。結菜より私の方が凄い! 輝久は私のもの! 死にたくなかったら大人しく輝久と別れて!」
「沙里、あなた‥‥‥」
「愛梨? どんな私でも友達でいてくれるよね?」
愛梨さんは沙里さんを見つめて、ショックそうな顔をしている。
(あんな優しくて、どこか抜けてて‥‥‥でも相談すると何時間でも真剣に聞いてくれて、いい子の沙里‥‥‥私の、たった一人の友達‥‥‥)
愛梨さんは泣きそうな表情で後ろから沙里さんを抱きしめた。
「沙里! こんなの沙里じゃないわ。私の知ってる沙里じゃないです!」
沙里さんは抱きしめてきた手を、無言で容赦なくカッターで傷つけた。
愛梨さんは痛そうに手を押さえながら沙里さんから離れ、微かに涙を流してしまっている。
「これが本当の私なの。輝久を独り占めしたい! 輝久に恥ずかしいところを見られると興奮する! 今もさ、輝久が咥えたパンツを履いて、さっきからずーっと興奮しっぱなし♡」
愛梨さんは手の痛みではなく、心の痛みに涙を流しているように見える。
すると芽衣さんが僕に向かって言った。
「輝久!? この女のパンツ咥えたの!?」
続く様に美波さんが言った。
「最低だ!」
そして真菜さんが顔を赤くして言った。
「私のも咥えて!!」
そして、一樹君はなんとも言えない表情で言った。
「輝久君、羨ましいよ」
なんか最後二人、変な人いた気がする。
「とにかく、輝久君と別れる気は一切ありません」
「じゃ、死ぬ覚悟があるってことだね」
「まぁ、貴方は友達を失う覚悟をしましたもんね。私は死ぬ覚悟で輝久君を譲らないと誓います」
「じゃ、死ね!!」
沙里さんがカッターで結菜さんに襲いかかろうとした時、愛梨さんが沙里さんの制服を引っ張って足を掛け、沙里さんを床に倒すと、愛梨さんは沙里さんの上に馬乗りになった。
「沙里はそんな子じゃないわ!」
「だから、これが本当の私なんだってば‥‥‥」
「違います! 私の知ってる沙里は、とってもいい子です!」
「悪い子とは友達でいられない?」
「私は沙里の友達です! ずっと!」
「いいよ、無理しなくて」
沙里さんが愛梨さんの首に向かってカッターを振ろうとした時、結菜さんがカッターの刃を素手で掴んだ。
「ッ‥‥‥」
「結菜さん!!」
その手からは止まることなく血が流れ出てくる。
沙里さんは力を緩めることなくカッターを持つ手を動かそうとしているが、結菜さんもカッターの刃を離そうとしない。
結菜さんは痛みに耐え、苦痛の表情を浮かべていた。
「ゆ、結菜! 離しなよ!」
「そうだよ! あと残っちゃうよ!」
みんなが慌てて心配していると、愛梨さんが驚いた様子で言った。
「貴方‥‥‥なにをしているの‥‥‥」
「愛梨さんは、沙里さんがどんな人でも友達でいたいんですよね」
「‥‥‥もちろんです‥‥‥」
「こんな状況でも沙里さんの味方をしてあげたい。違いますか?」
「違わないわ‥‥‥」
「だったら、貴方が沙里さんの周りに責任を持つか、貴方が沙里さんを変えてみせなさい」
「変えるって、どうやってですか‥‥‥」
「そんなの自分で考えなさい」
愛梨さんは沙里さんの顔を掴み、沙里さんを見つめた
「な、なにすんだ!」
「沙里、ごめんなさい」
次の瞬間、愛梨さんは沙里さんの唇にキスをした。
すると沙里さんはカッターから手を離し、結菜さんもカッターから手を離して、ハンカチを握りしめた。
M組の全員が唖然としている‥‥‥。
そして沙里さんは当たり前のごとく驚いた。
「な、なに!?」
「ず、ずっと好きでした!」
結菜さんと莉子先生以外の全員が声を揃えた。
『えぇ〜!?!?!?!?』
沙里は顔をしかめ、真っ直ぐ愛梨さんを見つめる。
「す、好きって‥‥‥愛梨って、女が好きなの?」
「いいえ、沙里だから好きなんです」
「それは友達としてだよね」
「はい、そうです」
全員が思ったに違いない。
あー、なんだ、そっちか。ちょっとガッカリと。
「なら、なんでキスしたの!?」
「好きだからです」
「でもキスって、恋愛的に好きじゃないと、なんていうか、その‥‥‥」
「そんなの関係ありません!」
沙里さんは動揺を隠せないでいるが、沙里さんは落ち着きを取り戻し、愛梨さんは少し恥ずかしそうに結菜さんにお礼を言った。
「結菜先輩、怪我をしてまで助けてくれてありがとうございます」
「プライドの高い貴方が私にお礼ですか? 気持ち悪いですね」
すると愛梨さんの表情が無表情に戻ってしまった。
「別に助けなくてよかったですのに、そのまま手が切り落とされればよかったですね」
「もしそうなったら、貴方の手も同じ様にしてました」
二人は見つめ合い、自分の傷口を押さえながら不気味に静かに笑った‥‥‥。
結菜さんと愛梨さんが仲良くなるのは永遠に無理そうだ。いや、こう見えても結構仲良い方なのかもしれないけど。
沙里さんは起き上がり、愛梨さんに抱きついて言った。
「私も明日から本校舎に通う〜!」
「いいですけど、何故ですか?」
「愛梨と同じ校舎に通いたい。学年は違うけど、その方が会える確率も上がるし」
「そうですね、先生に話は通しておきます」
そして沙里さんは、結菜さんを見てあっかんべーをしたが、愛梨さんはそれを見逃さず、沙里さんの頬を引っ張った。
「沙里が一番結菜先輩に謝らなきゃいけないのよ」
「ごめんごめん! 痛いー! 謝るから離してー!」
もうどっちが先輩で、どっちが後輩か分からないなこの状況。
沙里さんは引っ張られた頬を押さえながら、不機嫌そうに結菜さんを見つめた。
「ごめんなさい」
「友達は大切にしなさい。なにかを失ってから気づくというのは、とても辛いですよ」
「べー!」
結局沙里さんは、また結菜さんに向かってあっかんべーをして、M組から走って逃げていった。
「こら! 沙里! 待ちなさい!」
愛梨さんはそれを追いかけるようにしてM組を後にした。
***
莉子は結菜の怪我心配し、結菜を保健室に連れて行った。
「結菜さん、あなた本当に変わったわね」
「どこがですか?」
「前の結菜さんなら、友達は大切になんて言葉、絶対に言わなかったじゃない」
「失礼ですね。宮川さんに言付けますよ」
「ごめんごめん!」
「でもそうですね、M組の皆んなと仲良くなってから、私自身変わったなって実感します」
「そうでしょ? 前より表情が明るい時も多いし、先生嬉しい」
するといきなり、結菜の表情が暗くなった。
「先生、気になることがあるんですけど」
「なに?」
「柚木さん、一緒に三年生になれるんですか?」
「もう単位はバッチリ取ってるから、問題ないわよ!」
それを聞いて結菜は安心して、すこし嬉しそうな表情をした。
「良かったです」
「早く目を覚ますといいわね」
「はい」
***
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