起きてください

そろそろ莉子先生が教室に来る時間だけど、柚木さん今日は休みかな。

昨日寒かったし、風邪でも引いたのかも。

そんなことを考えていると、暗い表情の莉子先生が、教室に入ってきた。


「皆んな、落ち着いて聞いてね」


なにやらただ事ではない。

そんな雰囲気を全員が感じ取ったに違いない。


「昨日夜、柚木さんが事故に巻き込まれて、意識不明の重体らしいの」


それを聞いた瞬間、結菜さんは口を押さえて体を震わせた。


「せっ、先生! 結菜さんが体調悪そうなので、トイレに連れて行きます!」

「わ、わかりました」


結菜さんの体の震えを心配してトイレに連れてきた。

トイレに着くと、結菜さんはすぐに嘔吐してしまい、僕は優しく結菜さんの背中を撫で続けることしかできない。


「大丈夫ですか‥‥‥?」

「ごめんなさい‥‥‥汚いところを見せてしまいました‥‥‥」

「そんなの気にしなくて大丈夫ですよ」

「意識不明の重体って言ってましたけど、助かりますよね‥‥‥」

「助かります! 絶対に!」

「‥‥‥」


あの時、無理矢理にでも家まで送っていれば‥‥‥。

柚木さんが事故にあったのは、僕のせいだ‥‥‥。


結菜さんはハンカチで口を拭き、僕の方を振り返ったが、僕が今にも泣きそうになっているのに気づいたのか、結菜さんも辛いはずなのに、すぐに優しい表情を見せてくれた。


「輝久君も辛いですよね」

「ぼ、僕のせいなんだ」

「なにがですか?」

「昨日、皆んなが帰った後、柚木さんがまた僕の家に来たんです。それで‥‥‥僕のことを好きな気持ちと、結菜さんを悲しませないようにって、結菜さんを気遣うようなことを言われたんです。時間も時間だったから、家まで送ろうとしたんですけど断られてしまって‥‥‥無理にでも送っていれば、こんなことには‥‥‥」


結菜さんは優しく僕を抱きしめ、頭を撫でてくれた。


「輝久君が罪悪感を抱くことはないです。輝久君、言ったじゃないですか‥‥‥柚木さんは絶対に助かるって、だから大丈夫です」

「‥‥‥ありがとう‥‥‥」


二人が教室に戻ると、莉子先生も含め、一樹くん以外はは皆んな泣いていた。

一樹くんは泣くのを我慢しているようで、辛そうな表情をしている。


莉子先生が戻ってきた僕達を見て、涙を拭いて言った。


「今から皆んなで、お見舞いに行きましょう」

「学校はいいんですか?」

「こういう理由で学校を抜け出して怒る大人は、私が怒り返します!」


初めて先生をカッコいいと思った‥‥‥。


僕達は学校を出て、莉子先生の車で病院に向かった。

莉子先生の車は、お父さんから貰った車らしく、いつ家族ができてもいいようにと、大きな車だった。

そのおかげで、M組の生徒全員がお見舞いに行くことができたのはラッキーだ。





病院に着き、看護師さんに柚木さんの病室を聞いて、みんな早歩きで病室に向かった。

病室は広めの個室で、柚木さんは顔に擦り傷があり、酸素マスクのような物もしていなく、ただ眠っているだけに見えた。


みんなが静かに柚木さんを見つめていると、莉子先生は柚木さんの手に優しく触れた。


「柚木さん? 皆んな来たわよ‥‥‥起きて。みんなも声かけてあげて?」


最初に声をかけたのは、美波さんだった。


「クリスマスパーティーするんじゃなかったの? 早く起きないと、プレゼントあげないよ?」


そう言った美波さんは泣いていた‥‥‥。

続くように真菜さんが言った。


「そうだよ‥‥‥皆んなで遊園地とか、動物園にも行きたいって言ってじゃん。置いていかれたくないなら早く起きてよ‥‥‥」


真菜さんも泣き出してしまった。

さすがに僕ももらい泣きしてしまい、言葉が出て来ず、次は一樹君が声をかけ始めた。


「柚木さん、起きてください。また柚木さんの元気で皆んなを明るくしてくださいよ」


芽衣さんは柚木さんの肩に優しく触れ、自分の腕で目を押さえながら言った。


「やっと友達になれて‥‥‥これからは沢山遊ぶんだって、柚木言ってたよね‥‥‥なのになんで寝てるの? 早く遊ぼうよ‥‥‥」


芽衣さんは、柚木さんが眠るベッドに顔を埋めて泣き出してしまい、まだ僕と結菜さんが声をかけてないが、病室に一人のお婆さんが入ってきた。

すると莉子先生は、お婆さんに頭を下げて挨拶をした。


「お久しぶりです」

「先生じゃないですか。この子達は? 柚木ちゃんの友達ですか?」

「そうです。皆んなでお見舞いに来ました」

「ありがとうね皆んな」


お婆さんは、どこか安心感のある雰囲気の、とても優しそうな人だ。

そしてお婆さんは、結菜さんがプレゼントした白いリュックを持っていた。


「ほら、柚木ちゃん、また元気に背負う姿を見せておくれ」


結菜さんがお婆さんに聞いた。


「そのリュックをですか?」

「そうです。昨日の夜、リュックを背負った写真を送ってくれてね‥‥‥『お婆ちゃん見て見て!』って、友達に貰ったんだって、とても嬉しそうだったわ。柚木ちゃんのあんな可愛らしい笑顔を見たのは数年ぶりだったから、私嬉しくてね‥‥‥」


お婆さんは感極まり涙を流し、リュックをテーブルに置き、涙をハンカチで拭きながら言った。


「このリュックをくれた方は、ここにいるの?」

「私です‥‥‥」

「貴方の名前は?」

「橋下結菜です」

「貴方が結菜さんね。柚木ちゃんが嬉しそうに話してたわ‥‥‥友達ができたんだって。‥‥‥柚木ちゃんはね、両親を亡くしてるのよ」

「え‥‥‥」

「それで私とお爺さんと一緒に暮らしているんだけど、私達を気遣って、ずっと笑顔を絶やさない子だったわ、だけど、無理して笑ってるのが伝わってくるのよ。きっと心では孤独を感じていたと思う。でも、友達ができたーって、この前は牧場に行ったんだって、心から笑って話すようになったの‥‥‥友達になってくれてありがとうね」


結菜さんは拳をグッと強く握りしめ、泣くのを我慢している様子で俯き、ハッキリと言った。


「柚木さんとは、これからも友達です」

「本当にありがとう。ごめんね、せっかくくれたリュックなんだけど、拭いても汚れが残ってしまったの」


白いリュックには、地面と擦れた黒い跡と血の跡のようなものが残っていた。


「気にしないでください」


そこにお医者さんが来て、柚木さんの状況を説明してくれた。


「お婆さん、柚木さんですが‥‥‥今はしても大丈夫ですか?」

「構いません。みんな柚木ちゃんのお友達ですから」

「分かりました。ハッキリ言いますと、現在、植物状態となります」


それを聞いて、美波さんと真菜さん、芽衣さんと莉子先生はまた泣き出した。

一樹くんと僕も、我慢できずに更に涙が溢れ、お婆さんはショックを受けて、お医者さんの手を握って言った。


「でも、柚木ちゃんは起きますよね? 大丈夫ですよね」

「柚木さんが目を覚ますのは一分後かもしれない、明日かもしれない、来年かもしれない。もしくは、もう目を覚まさないかもしれない。これは私達医者でも分からないことなのです。ですが私達も希望を捨てたりしません。なのでお婆さんも、皆さんも、柚木さんが目を覚ますように、沢山声をかけてあげてください。きっと聞こえています」


皆んなは柚木さんのベッドを囲んで声をかけ続けた。



***



みんなが柚木に声をかけ続ける中、結菜は静かに病室を出て、病院の入り口付近にあるソファーに座り、我慢していた涙が一気に溢れ出てしまった。


その後、お婆さんは改めてお礼を言って帰っていった。



***



僕達も病院を出ようと、結菜さんと合流したが、結菜さんは目の下を赤くして、莉子先生にお願いをした。


「少しだけ待っていてくれませんか」


莉子先生は目の下が赤くなった結菜さんを見て、優しく答えた。


「皆んなで車にいるわね」

「ありがとうございます」


結菜さんはそう言うと、柚木さんの病室に向かっていった。



***



結菜は、柚木の右手を両手で優しく包み込みながら、柚木に声をかけ始めた。


「両親のこと、どうして話してくれなかったんですか? 知っていたら、私はもっと‥‥‥貴方に優しくすることができました。それも自分勝手な話ですが‥‥‥それに、初詣とか、貴方が皆んなで行こうって提案したんですよ? 来年は体育祭も学園祭も出ようって、貴方が言い出したんです。柚木さんがいないと始まらないじゃないですか‥‥‥早く‥‥‥起きてください‥‥‥」



***

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