生徒会長
僕は午前に退院し、午後のお昼休憩が終わる時間に着くように学校へ向かった。
※
学校に着くと、教室に近づくにつれて、なにやら揉めているような声が聞こえてきた。
「いきなり皆んな仲良くなっちゃってさ! マジ意味わかんない! 皆んな結菜のこと嫌いだったじゃん!!」
その声は柚木さんの声だった。
恐る恐る教室に入ると、自習の時間で莉子先生はいなかった。
「結菜さん、なにがあったんですか?」
「最近私達が仲良くしてるのが気にくわないみたいです」
「仲良いのはいいことじゃないですか? 柚木さんも仲良くしましょう!」
「そうですよ。柚木さんが良ければ仲良くしてあげますよ」
「なんで上から目線なの? ムカつく‥‥‥」
「人の恋人を奪おうと必死な貴方の方が、よっぽど腹が立ちます」
結菜さんの言葉を聞いて、美波さんと真菜さん、そして芽衣さんは、一斉に顔を背けた。
すると柚木さんは、自分の鞄に手を入れて言った。
「全部奪ってやる」
「奪う? どうやってですか?」
「学校ごと、お前ら全員燃やしてやるんだよ!!」
柚木さんが鞄から取り出したのは、ジッポライター用のオイルとライターだった。
それを見て、思わず全員一歩下がったが、一樹くんが、柚木さんを説得し始めた。
「みんな死んじゃうよ? 柚木さんも死んじゃうかもしれない、輝久くんもだよ? 輝久くんと会えなくなっちゃうよ!」
「私も死ぬつもりに決まってるじゃん!! 輝久くんも殺して、次は家族にでも生まれ変われたら、絶対輝久くんを離さない!! 家族じゃなくても、絶対に輝久くんを見つけ出して、絶対に絶対!! 私だけのものにする!!」
「それなら俺達は関係ないじゃないか! 輝久くんだけ燃やしてよ!」
「僕だけ!? なん!? 一樹くん、友達だよね!?」
結菜さんは無言で一樹君に本気でボディーブローをかまし、一樹くんは苦しんでうずくまってしまった。
「うっ!」
「一樹さん? 輝久くんを燃やしてと言いましたか? 柚木さんに燃やされないことに賭けるのと、今すぐ私に殺されるの、どちらがいいですか?」
「すいません、もう言いません」
「ならいいんです。それより真菜さん、こういう時こそスタンガンの出番だと思うのですけど」
「あれ、もう使わないと思ってオークションに出しちゃった」
「脳無しですね」
「結菜ちゃん酷い!」
「護身用で持っておく分にはいいんですよ」
「あっ、そっか! 結菜ちゃん頭いい!」
柚木さんはいらいらした様子で、大きな声を上げた。
「なんでそんな冷静なの!!」
「焦っても仕方ないですから。それに、本当に学校を燃やす勇気があるんですか?」
「私は、合宿の後からずっと計画してた!! 周りの皆が結菜と仲良くなっていって、私は一人になっちゃったんだ! だからもう、死ぬのも怖くない!!」
「輝久くんは逃げてください」
「でもみんなが!」
「あの目は本気の目です。早く逃げてください」
「結菜さんを置いていけません!」
「なら、一樹さんと一緒に先生を呼んできてください」
一樹くんが僕の手を引っ張って、教室を飛び出した。
「輝久くん! 行くよ!」
***
柚木は教室にオイルをばら撒いて、皆んなを脅した,
「いいの? 床に火つけたら、みんな死ぬよ!!」
結菜以外の皆んなは、教室から出て廊下から様子を見ていた。
だが、結菜はまだ冷静だった。
「柚木さんは一人が嫌なんですか? それとも、輝久くんが自分の物じゃないのが嫌なんですか?」
「どっちもだよ!! 皆んな仲良しって訳じゃなかったし、絶妙な距離感はあったけど、それで上手くやってたじゃん!! なのに私だけ仲間外れみたいにして!!」
「仲間外れにした覚えはないのですけど、そんなに寂しかったなら、柚木さんの方から歩み寄ればよかったじゃないですか」
「分からないの!? 歩み寄れない空気感とかあるじゃん!!」
「ありますね。だから私達の方から声をかけるべきだった。そう言いたいんですか?」
「そうだよ!!」
「何故自分から一歩を踏み出さないんですか? なんでも人頼みで、なのに思い通りにいかないと文句を言う。気持ち悪いです」
「輝久くんの為に可愛くなろうとか、変わろうと思った。私は一人で頑張ってた」
「それでなにか変わりましたか? 見た目も、夏休み前と変わらない気がしますけど。口だけならなんとでも言えます。貴方の頑張りは、輝久くんに認めてもらえました?」
柚木はなんにも言い返せなかった。
そんな柚木に、結菜は追い討ちをかけるように言った。
「認めてもらえてないうえに、後になってそんなことを言って、貴方は同情してもらいたいだけでしょ? 頑張ってたのに周りから人がいなくなり、一人になってしまった。そんな自分を可哀想って思ってほしい。そうですよね」
柚木は言い返せず怒りに震えた。
そしてついに、床に火をつけてしまった。
だが、ライター用のオイルでは、思うように火が広がらなかった。
***
本校舎の廊下を走っている時、一人の女子生徒に声を掛けられた。
「あら? 貴方達、M組の生徒ですよね。そんなに焦ってどうなさいました?」
その女子生徒は、綺麗にまとめた黒髪で、淑やかな雰囲気を醸し出していた。
「あっ、火! 火を! つけて!」
焦って言葉が出てこない僕の代わりに、一樹くんが説明してくれた。
「M組の生徒が、 教室に火をつけようとしていて! 先生を呼びにきました!」
「なるほど、私が行きます」
「そ、それじゃ僕は先生を呼びに行くよ!」
「私だけで結構です」
僕が先生を呼びに行こうとすると、その女子生徒に止められた。
そして僕達は三人でM組に向かうと、結菜さんと柚木さん以外が廊下に出ているのが見えて、僕は皆んなに声をかけた。
「大丈夫!?」
僕達に気づいた美波さんが状況を説明してくれた。
「大丈夫だった! 火はすぐに消えた! 先生は?」
「いや、なんかたこの人が‥‥‥」
声をかけてきた女子生徒はM組に入り、結菜さんと柚木さんを見て、表情は常に淑やかなままで口を開いた。
「どちらが火をつけたのかしら?」
「そこにいる柚木さんです」
するとその女子生徒は、ゆっくりと柚木さんに近づいた。
「部外者が何の用?」
女子生徒は、柚木さんの顎を指で持ち上げて、柚木さんに顔を近づけた。
「貴方、明日から学校に来なくていいわ」
「な、なに言ってるの? あんた誰?」
「私はこの学校の生徒会長。
結菜さんと柚木さん以外の全員は驚いて、声を合わせた。
『生徒会長!?』
生徒会長?
それはおかしい‥‥‥生徒会長って確か‥‥‥。
「この学校の生徒会長って三年生の
愛梨さんは僕の方に振り向いて言った。
「そう思うのも当然ですね。私は今日転校してきたばかりですから」
「転校初日で生徒会長ですか?」
「そうです。それに輝久さん、私と貴方のお父さんは同じです。私達は半分ですが血が繋がっています」
「‥‥‥え?」
皆んな驚いた表情で僕達を見ている。
「貴方のお父さんは、私のお母さんと不倫をして私が生まれました。浮気というのはDNAに本能として刻まれているらしいですが、お父さんとお母さんは円満で、私が生まれてから一度も浮気をしたことがありません。何故だと思います?」
この人、なに言ってるんだ?
頭が追いつかない‥‥‥。
「わ、わかりません」
「私の家系はお金持ちなんです。もちろんお母さんもです。お父さんはそのお金に縋っているのでしょう。お金があればDNA、そう、本能すら操れる。そして私のお爺様は、この学校を作った人です。それもあり、あとはお金の力で私は生徒会長になりました。この学校はもう私の城です。これから卒業まで、先輩方は私に操られてください」
「愛梨さん、一年生なんですか?」
「はい。それと、貴方達のことは色々調べさせてもらいました。橋下結菜、男子生徒の首を絞めてM組に移動。長谷川美波、妹の長谷川真菜の暴力の罪を被りM組に移動。その後、長谷川真菜は暴力を繰り返し結局M組行き。山下芽衣、恋人の浮気相手の女子生徒に学校を辞めさせてM組に移動。坂口柚木、好きな男子生徒と無理心中しようとしてM組に移動。林輝久と小野一樹は男子生徒にはめられてM組に移動」
結菜さんは、愛梨さんを無表情のまま見つめた。
「愛梨さんだったかしら、年上には先輩か、さんをつけなさい」
「分かりました。結菜先輩」
愛梨さんは不気味なほどに素直だった。
「あと、拓海先輩にも退学を言い渡しました。そしたら拓海先輩の口から真菜先輩の名前が出てきまして」
愛梨さんは真菜さんの目の前に立つと、人を蔑むような目で言った。
「真菜先輩も退学です」
それを聞いた美波さんは怒ってしまい、二人の間に割り込むように、愛梨さんの前に立った。
「いきなり現れて調子乗るなよ一年!! 真菜が退学とかふざけるな!!」
美波さんがそう言うと、愛梨さんは僕達全員の顔を見渡した。
「よく考えれば、輝久先輩、一樹先輩、美波先輩以外、M組の皆さんは退学に値しますよね。美波先輩も今私に暴言を吐いたので退学にしましょう。五人の方は明日から来なくていいです。それと、M組というシステムを辞めましょう。輝久先輩と一樹先輩は明日から前通っていたクラスに通ってください。それでは私は仕事がありますので、これで失礼いたします」
愛梨さんは淡々と話し、M組を後にした。
みんなが唖然とする中、芽衣さんだけは張り切った様子で言った。
「よーし! 今日の放課後、結菜の家で作戦会議だ!」
「なんで私の家なんですか」
「広いから! 柚木、あんたも来なさい!」
芽衣さんはきっと、柚木さんに助け舟を出したつもりなんだろうが、柚木さん嫌そうな顔をした。
「行くわけないじゃん」
「こっちから手を差し伸べてるうちに、黙って握っときな」
「‥‥‥うん」
そして、僕と一樹君を除いたM組の女子全員で、結菜さんの家で作戦会議することになった。
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