罪悪感
「真菜さん‥‥‥」
「なに?」
「僕は真菜さんが嫌いです」
真菜さんは、その言葉に唖然とした。
「結菜さんを傷つける真菜さんが嫌いです! 大嫌いです!!」
真菜さんは俯き、泣き出すかと思ったら、急に笑い出した。
「ハハハ‥‥‥ねぇ、輝久くん? そんなに結菜ちゃんが好き?」
「好きです」
真菜さん新しい武器でも取り出すのか、ポケットに手を入れた。
すると武器ではなく携帯を取り出して、結菜さんの写真を見せてきた。
「結菜ちゃんが裏でなにやってるか知らないなら教えてあげる」
「なんですかこれ‥‥‥」
「結菜ちゃん、浮気しまくりなんだよ。本当に最低だよね。さっきも拓海くんとキスしてたしー。輝久くん以外の男子六人とだよ? それでも好きなの?」
次の瞬間、美波さんが怒りながら、真菜さんの胸ぐらを掴んだ。
「結菜が浮気するわけない!!」
「でも証拠があるんだよ? お姉ちゃんも騙されてるんだよ、結菜ちゃんに」
「そんな‥‥‥」
その時、拓海くんが目を覚ましてしまい、真菜さんを見てすぐ、怯えて逃げてしまった。
「あいつら、結局一人じゃ何もできないんだ。情けない」
「真菜さんだってそうじゃないですか。卑怯ですよ」
「浮気するぐらい男好きな結菜ちゃんに、ご褒美をあげただけだよ?」
「結菜さん、泣いてたじゃないですか」
「泣くぐらい嬉しかったんじゃない?」
僕は拳をグッと握りしめて、怒りの感情を堪えた。
「もう結菜さんに関わらないでください」
そう言い残して、僕と美波さんは校門に走った。
校門前では、うずくまっている結菜さんを芽衣さんが励ましていた。
「ほら結菜、輝久来たよ」
「結菜さん! 大丈夫ですか?」
結菜さんはうずくまりながら俯いていて、表情がまったく見えない。
僕が話しかけても返事をしてくれないし、このままだと心配だ。
「芽衣さん、美波さん、今日結菜さんの家に泊まってあげてくれませんか?」
「もちろん! 美波も泊まるでしょ?」
「当たり前じゃん!」
すると結菜さんは立ち上がって、小さな声で言った。
「ごめんなさい‥‥‥しばらく一人にしてください」
結菜さんはゆっくり歩きながら帰ってしまった。
芽衣さんはやっぱり優しくて、美波さんのことも気にかけていた。
「美波、しばらく私の家泊まる?」
「いいの?」
「いいよ!」
「ありがとう! 輝久は? 大丈夫?」
「う、うん! 大丈夫です」
ダメだ‥‥‥無理矢理だったとはいえ、他の人とキスしたって考えただけで、胸が苦しくなる。
でも、一番辛いのは結菜さんなんだ。
僕が辛くなってちゃいけないんだ。
そもそも本当か分からないし。
そんなことを考えていると、突然芽衣さんが前屈みになり、僕の顔を覗き込んできた。
「大丈夫じゃないじゃん」
「僕は本当に大丈夫です」
「嘘ついたって、どんどん心が辛くなるよ? 今の気持ち、私達に話してみてよ」
「ありがとうございます‥‥‥」
「それじゃ、ファミレスでも行こっか!」
※
三人でファミレスにやってきて、ドリンクバーを頼んだ。
僕は麦茶、美波さんはオレンジジュース、芽衣さんはメロンソーダを持って席に着く。
芽衣さんは少しメロンソーダを飲んだ後、僕の顔を見て小さな溜息をついた。
「はぁー」
「どうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃないよ、で?今 の気持ちは?」
「辛いです‥‥‥」
「なにが?」
「無理矢理だったって分かってるんですけど、結菜さんが他の人とキスしたことです」
「え、そんなことされたの?」
美波は、咥えていたストローから口を離した。
「真菜が言ってたの」
「そうなんだ‥‥‥結菜も、今が一番辛い時だね」
「そうなんですよ、だから僕が辛い顔しちゃいけないんですよ」
次の瞬間、美波さんがコップを力強くテーブルに置いた。
「バカじゃない? 私達の前でぐらい素直な気持ちでいなよ! 結菜に辛い顔見せたくないなら、それこそ今いっぱい悲しんで、言いたいこと言って、気持ち切り替えなきゃだよ!」
美波さんは、そう言ってる途中から涙を流した。
「なんで泣いてるんですか?」
「私だって辛いんだよ! 私だって輝久のこと好きなんだよ? だけど二人を応援しようって心のどこかで好きな気持ちを抑えて、なのに‥‥‥二人が辛そうなのは私だって辛いよ!」
すると芽衣さんは、涙目になりながら美波さんに言った。
「なんで今言うの? そんなのずるいよ」
「だって‥‥‥いや、ごめん‥‥‥輝久の気持ち聞かせて」
「僕はもう大丈夫です。本当に、あの‥‥‥結菜さんの家に行きませんか?」
芽衣さんはメロンソーダを飲み干して、氷をカランコロンさせながら言った。
「一人にしてほしいって言ってたじゃん」
「でも、こういう時こそ誰かと話したりして、嫌なこと忘れるのがいいと思うんです!」
「‥‥‥んー、そうだね、行こう! ね、美波!」
「うん! 行こっか!」
僕達三人は、ドリンクを飲み干して結菜さんの家に向かった。
※
家の前に着いてチャイムを押すと、珍しく結菜さんが出てきた。
少し濡れた手で口元にはハンカチを添えていた。
そして一瞬僕の顔を見た後、すぐに目を逸らされてしまった。
「どうしたんですか?」
「ちょっと、結菜さんと話したいなーと思って!」
「私、一人にしてほしいって‥‥‥」
「でも僕は一人にしたくなかったんです」
一瞬の沈黙の後、芽衣さんが少し強引に結菜さんの家に上がった。
「それじゃ上がらせてもらうね!」
「え、ちょっと‥‥‥「 」
「私も! お邪魔しまーす!」
結局強引に結菜さんの部屋に押しかけ、話をすることになった。
そして僕はこの機会に、自分の心のモヤモヤを直接晴らそうと決めた。
「結菜さん、まず、男の人と寝てた写真なんですけど‥‥‥その‥‥‥本当に浮気したんですか?」
「あれは夏休み前の写真です。真菜さんにスタンガンを当てられた時に撮られた写真に、知らない男の人を合成されたんです」
その写真を見た僕と美波さんは、安心して息が漏れた。
「ふぅー」
「信じてくれないかもしれませんが、本当に浮気なんて‥‥‥」
「信じてますよ! それと、拓海くん達にキスされたこと、そこに結菜さんの好意が無かったことは知ってます。なのでもう気にしないでください」
「気にします‥‥‥いくら水で唇を洗っても‥‥‥洗っても、洗っても‥‥‥心の罪悪感が消えてくれないんです‥‥‥」
「‥‥‥芽衣さん、美波さん、ごめんなさい」
僕は結菜さんを優しく抱き寄せて、自分から結菜さんにキスをした。
すると心なしか、結菜さんの暗かった表情が少し明るくなった気がした。
「はじめて輝久くんの方からしてくれましたね」
「そ、そうだったかな」
「そうですよ。不思議‥‥‥今の一瞬で心が軽くなった。染み付いた汚れが、一瞬で取れていく感覚‥‥‥凄い優しくて、熱くて‥‥‥好き。本当はキススレスレで、してないけど気持ち悪くて嫌だったって話は、しないでおこうかな‥‥‥)」
***
それと同時に、芽衣と美波は思った,
(もう、こんな辛いの‥‥‥嫌だ)
***
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