涙と首絞め

結菜さんの家に泊まり目を覚ますと、隣には制服姿の結菜さんが横になりながら僕を見つめていた。


「おはようございます。なんか、いつ寝たか覚えてないんですよね」

「試しに睡眠薬を使ってみました♡」


睡眠薬?まだ寝ぼけてるせいか、言ってることがよく分からない‥‥‥とにかく、僕も制服に着替えないと。

僕はベッドから出て、パジャマを脱ごうとした。


「あれ?」

「んふ♡」


僕はパジャマどころかパンツも履いていなく、丸裸だった。


「な、なんで僕裸なんですか!?」


必死に大事な場所を両手で隠すが、結菜さんはそれすらも嬉しそうに見つめてくる。


「婚約者が同じベッドに寝たんですから、それは、ねぇ♡ 輝久くんの、とても美味しかったです♡ ありがとうございます♡」

「なにがですか!?」

「はい♡ ナニがです♡」


アウトすぎるアウトー!!!!


「あ、あの、結菜さん? あれ、つけました?」

「勿論です♡」


てことは、僕‥‥‥そこまでやってしまったのかー!?

僕の初めては‥‥‥【無】でした‥‥‥。


「輝久くん、なにか勘違いしてませんか?」

「なにがですか?」

「美味しかったのは唇で、付けたのはキスマークですよ?」


大きすぎる勘違いに、急に恥ずかしくなった僕は、とにかく急いで制服を着て、結菜さんの家を出ようとしたが、結菜さんは僕を呼び止めた。


「輝久くん! 朝ごはん食べないとダメですよ!」


結局、一緒に朝ごはんを食べることになって茶の間へ移動した。

朝ごはんは、昨日残った刺身だ。

朝から刺身‥‥‥金持ちっていいな。


朝ごはんを食べ終え、その日は初めて二人で登校することになった。


「そういえば結菜さん、なんか喋り方とかたまに変わりますよね。最近、表情も明るくなった気がします」

「嬉しい時とかは、たまに変わっちゃうかもしれません」


怒った時も変わるってことは、今は言わないでおこう。


「最初の頃は、なんだか冷めてるって言うか、いろんなことに無関心って言うか、最近の結菜さんは、人間っぽくて好きです!」

「そ、それじゃ、輝久くんの前では、なるべく素でいようかな‥‥‥です」


結菜さんが珍しく恥ずかしがり、少し動揺している。


「はい! 僕達、敬語やめてみませんか?」


「家でも基本は敬語なので、たまに敬語になってしまうかもしれません」

「それじゃ、敬語使ったら罰ゲームを受ける! はい、今から敬語禁止スタート!」


「罰ゲームって、なにするんで‥‥‥なにするの?」

「結菜さんが敬語を使ったら、体を十分くすぐります」

「それは、輝久くんが私に触れてくれるってこと?」

「まぁ、考え方によっては」

「輝久くん、今日は天気がいいですねー。空気が美味しくて素晴らしいです! あー! 私、敬語を使ってしまいました! ました!」

「わざと敬語使ったら、その日は僕と話せない罰ゲームね」

「え? マ、マジでー?」

「使い慣れてない言葉は使わなくて大丈夫です」

「あっ、輝久くんも敬語使った。輝久くんも罰ゲームがないと不公平です‥‥‥だよ」

「確かにそうだね、僕の罰ゲームはどうする?」

「私の私服を着せて写真撮ります。あ‥‥‥やっぱり敬語に慣れてしまっていて‥‥‥」

「そうだね、しょうがないね! それじゃ今の話は無かったことにしますか」

「ありがたいです。でも、輝久くんは敬語使わないでほしいです。その方が嬉しいです」

「わかった! 僕も、たまに敬語になると思うけど気にしないで」


憂鬱な登校も、話し相手がいると楽しいし、あっという間に学校に着く。


M組に入ると、美波さんと真菜さんは既に席に座っていた。

教室に入った途端、結菜さんは、いつもの無表情に戻ってしまい、美波さんが僕と結菜さんを疑いの眼差しで見てきた。


「あれ? 一緒に登校してきたの?」

「い、いや! そこでたまたま会っただけで」


僕は、結菜さんの家に泊まったのがバレたらヤバイと思い、とっさに嘘をついてしまった。


「へー」

「いえ、輝久くんは昨晩、私の家にお泊まりしたんです」


結菜さん!? それ言っちゃう!?


「は? なんで?」

「なんでって、貴方には関係ないですよね」


美波さんは、すごい勢いで結菜さんに近づいた。


「どうして輝久に近づくの!!」

「お付き合いしているのだから当然ですよ」


結菜さんは冷静だが、美波さんはどんどんエスカレートしていく。


「輝久は? 輝久は本当にこんな女が好きなの?」

「僕は‥‥‥」


その時、真菜さんが立ち上がり、ゆっくり僕に近づいてきて、僕の胸に手を当てながら僕を見つめた。


「輝久くんは私のこと‥‥‥」


真菜さんが何かを言おうとした時、結菜さんが真菜さんの腕を強く掴んだ。


「輝久くんに触らないでください」


真菜さんは腕を掴まれたまま俯いた。


「結菜ちゃん、輝久くんね‥‥‥私のことが好きだと思うの」


僕はその言葉に驚きを隠せなかった。


「真菜さん? どういうことですか!?」


真菜さんは、とろけた目で僕の顔を見つめて、ゆっくり顔を近づけてくる。


「だって、輝久くんは私に下着を選んでくれました♡ 今日も、あの下着着ています♡ 私があれを着たら、輝久くんは嬉しいですよね♡ 想像しちゃいますよね♡」

「あれは、たまたっ」


美波さんが、僕の言葉をかき消すように大声を出した。


「私だって選んでもらったもん!!!! 私も今日着てるよ? ほら輝久、想像して? 私だけを見て?」


僕がおどおどしていると、結菜さんが俯いたまま、真菜さんの手を離した。


「輝久くん、私‥‥‥今日は帰ります」

「え?」


結菜さんが教室を出た瞬間、教室に入ろうとした柚木さんと鉢合わせになった。

柚木さんは、明らかに怒りながら結菜さんの胸ぐらを掴んで睨みつける。


「久しぶりだね結菜。帰ってもらっちゃ困るよ」


俯いたまま無言の結菜さんに、柚木さんは思いっきりビンタをした。

痛そう‥‥‥。


「あの日のこと、絶対に許さない!!」


柚木さんは何も言わない結菜さんの顔を見つめ、そっと手を離す。


「結菜? あんた、なに泣いてんの?」


結菜さんは何も言わずに走って帰ってしまった。


結菜さん、今確かに泣いてた‥‥‥。

いつもの結菜さんなら、怒ってみんなが静かになるところなのに、どうしたんだろう。


「輝久くん! 久しぶりー! 会いたかったよー!」


柚木さんが教室に入ってきて、僕を見るや否や、いきなり抱きついてきが、僕は結菜さんのことで頭がいっぱいだった。


「結菜さん‥‥‥」

「輝久くん? もうあんな女どうでもいいじゃん!」


その時、芽衣さんが教室に入ってきた。


「そうだよ輝久、あんな女‥‥‥って! 柚木!! なに抱きついてんの!? 輝久から離れて!!」

「いいじゃーん! 輝久は私だけの物だー!」


柚木さんがそう言うと、真菜さんが珍しく大きな声を出した。


「輝久くんは物じゃない!!」

「ごめん、みんな‥‥‥僕、結菜さんを追いかけます」


僕が教室から出ようとした時、次は芽衣さんに抱きつかれ、芽衣さんは静かな声で囁いてきた。


「結菜ね、他にも彼氏いるよ? ずっと輝久を騙してたの。だからさ、もうほっときなよ、ね? 輝久」

「嘘ですよね」


芽衣さんは、おどおどしながら僕から離れた。


「う、嘘つくわけないじゃん! ね? 私を信じて?」

「そうですか‥‥‥」


結菜さんの過去を考えると、結菜さんはそんなことをする人じゃないと思う。

こんなこと思うのは失礼すぎると思うけど、結菜さんは‥‥‥可哀想な子なんだ。


そんなことを考えていると、教室に莉子先生が来てしまった。


「はーい、みんな席に着いて。あれ? 柚木さん! 退院おめでとう!」

「あ、ありがとうございます!」

「あ! 芽衣さん、黒髪になってる! そっちの方が似合うよ!」

「あー! 莉子先生! それ、輝久に最初に言ってほしかったのに!」


本当だ。似合いすぎて全く気づかなかったけど、芽衣さんが黒髪になっている。


莉子先生はニヤニヤしながら芽衣さんを見つめた。


「あららー? 芽衣さん、輝久くんのことが好きなのー?」

「大好きです!」


その言葉に続くように、美波さんと真菜さん、そして柚木さんが、一斉に口を揃えて言った。


『私も!!』

「はい!?!?!?!?」


すると何故か、莉子先生がいきなり真顔になってしまった。


「輝久くん、先生ね、モテる人間って死ねばいいと思うの」

「教師が言っていい言葉じゃないよね!?」

「そういえば、結菜さん休み? 珍しいわね」

「あー‥‥‥そうですね」


そして、いつも通りに授業が始まった。



***



みんなが授業を受けている間、結菜は宮川と庭の鯉を眺めながら話をしていた。


「宮川さん、私‥‥‥また大切なものを失ってしまうんですかね」

「どうしたんですか?」

「多分なんですけど、クラスのみんなが輝久くんのことを好きみたいなんです。それに輝久くんも、他の女の子に下着を選んであげたりして‥‥‥輝久くん、私のこと好きじゃないのかもしれません。私が教室から出た時も、追いかけてきませんでしたし‥‥‥大切なものは、何かに奪われる運命なのかしら‥‥‥」

「結菜お嬢様は、下着を選んでいるところを見たんですか?」

「見てません‥‥‥」

「ちゃんと話してみた方がいいです。結菜お嬢様の勘違いかもしれませんよ? 追いかけて来なかったのも、何か理由があったんだと思います。私には、輝久さんがそんなに酷い方ではないと思うんです」

「どうして‥‥‥そう思うんですか?」


宮川は結菜を見て、ニッコリ微笑んだ。


「大人の勘ってやつです!」


結菜は、宮川の表情を見て少し心が落ち着いた。


「私、学校に戻ります! 輝久くんには悪いことをしました。なにも聞かずに教室を飛び出した私は、ただの愚か者です!」

「結菜お嬢様! 私にお任せください!」

「頼みます!」


宮川は、ポケットからトランシーバーを取り出してスイッチを押した。


「大至急、結菜お嬢様を学校へお連れしたい。大至急だ!」


その言葉から三十秒後、結菜家の庭の上にヘリコプターが現れ、そのヘリコプターからハシゴが下された。

すると結菜が凄いスピードでハシゴを登り始め、宮川は下から結菜を見上げた。


「結菜お嬢様! 今日はピンクですか! 張り切ってますね! 頑張ってくださーい!」


結菜はハシゴを登りながら、それに答えた。


「宮川さん! 帰ってきたら絶対に殺しますので、最後の晩餐でもしておいてください!」


その言葉に宮川は焦って空を見つめた。


「あー! いい空だなー!」


そしてしばらくして、結菜を乗せたヘリコプターは、学校のグラウンドに着陸しようとしていた。



***



僕達はヘリコプターの音に気づいて外に出ていた。


グラウンドに着陸したヘリコプターのドアが開き、そこから結菜さんが髪をなびかせて降りてきたのだ。


「結菜さん!?」


金持ちは派手好きって噂は本当だったのか。

結菜さんが僕達の所に歩いてきて、僕の手を掴み、男子トイレへ走った。

そして男子トイレに入ってすぐ、結菜さんは深々と頭を下げてきた。


「ごめんなさい!」

「ど、どうしたんですか!?」

「私、輝久くんの言い分も聞かずに輝久くんを疑って、それでいきなり帰ってしまいました。ごめんなさい」

「いいんですよ! 頭を上げてください!」


結菜さんは頭を上げると、不安で泣き出しそうな表情をしていた。


「あの‥‥‥ 二人に下着を選んだっていうのは本当ですか?」

「選んだっていうか‥‥‥」


結菜さんは拳をグッと握りしめた。


「なんですか? (輝久くんが、本当に2人のこと好きだったらどうしよう‥‥‥)」

「結菜さんが試着してる間、なにもしないのは気まずかったから、似合う服を選んで時間を潰そうとしたんです。それで、適当に手に取った物が下着だったんですよ。下着を選ぶつもりはなかったんだけど、二人が勘違いして‥‥‥で、でも、買ったのは真菜さんだけで、美波さんは買ってなかった気がするんですけどね‥‥‥」


結菜さんは、それを聞いて安心したように息を吐いた。


「ふぅー‥‥‥輝久くんが二人に着て欲しいものを選んだのかと思って、輝久くんはあの二人が好きなのかなって、勝手に考えてしまって‥‥‥」

「服を選ぼうとしたことは怒らないんですか?」

「気まずくて、適当に選んだんですよね?」

「うん‥‥‥」

「それなら今回は許します」

「ありがとう」


なんか、結菜さんのヤンデレ感が少し無くなったような気がするな。

そう感じた瞬間、いきなり結菜さんが顔を近づけてきた。

結菜さんのこの目を見開いた表情‥‥‥嫌な予感が‥‥‥。


「ですが輝久くん、たまたまだとしても、輝久くんが触った下着をあの二人が着ているのは事実です」

「そ、そうだけど」


結菜さんは僕の耳元で囁いた。


「罰ゲーム♡」


はい、全然ヤンデレでした。

普通にヤンデレでした。

鬼畜なヤンデレでした、はい。


結菜さんが僕の制服に手をかけた。


「結菜さん!! それだけは!! やめっ!!」


この後、僕が男子トイレでどうなったかは、墓場まで持っていきます。





その後、全ての授業が終わり、あっという間に放課後になった。


放課後、僕は結菜さんの目を盗んで、芽衣さんを男子トイレに呼んだ。


「輝久から呼び出してくれるなんて! どうしたの?」

「芽衣さん‥‥‥一度、僕と別れてください‥‥‥」

「‥‥‥どうして?」

「今、結菜さんと芽衣さん、二人と付き合ってるみたいになっていて、浮気したままは嫌だなって‥‥‥」


僕がそう言うと、芽衣さんいきなり僕を個室トイレに押し込み、押された拍子で、僕はトイレに座ってしまった。

そして芽衣さんは、すごい力で僕の首を締め始めた。


「ねぇ、輝久? 浮気したままなのは確かにダメだよね。でも、なんで結菜を選ぶの? なんで私じゃないの? 私なら、輝久がしたいこと、なんでもしてあげるよ? 欲しいものがあれば買ってあげるし、気持ちいいことだって、なんでもだよ? ねぇねぇ、なんか言ってよ、ねぇねぇねぇ!」


やばい‥‥‥死ぬ‥‥‥。


「ごめん! 輝久! 私‥‥‥」


芽衣さんは急に我に返り、首から手を離してくれた。


「とにかく別れてください。今のは誰にも言いませんから」


僕が男子トイレを出ようとした時、芽衣さんは落ち着いた声で言った。


「私を選ばないと後悔するよ」


僕は芽衣さんを無視してトイレを出た。

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